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【本編に繋がる番外編・一人になった拓馬編とロアーピス国転生編】

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【本編に繋がる番外編・一人になった拓馬編とロアーピス国転生編】


『美辞麗句なんてぶち壊せ!』


◇◇◇



 須藤啓介が五十嵐羽琉の遺体ごと消えて数ヶ月が経っていた。
 二人の部屋を片付けて引き払わなければならないが、拓馬は未だに前に進めずにいる。
 マンションの下から羽琉の住んでいた部屋を見上げてスマホを取り出す。羽琉が使っていたスマホに発信して、拓馬は己のスマホを耳に押し当てた。

『どうかしたのか、拓馬?』

 そう言って玄関の扉からひょっこりと顔を出しそうな気がして、一連の動作をずっと繰り返している。
 もうこの世には存在していないのだと分かっていても「もしかしたら……」と願ってしまうのを止められなかった。
 留守電に切り替わったのを合図に歩き出し、扉に鍵を差し込む。生前、羽琉に合鍵を持たされていたのをそのまま預かったままだ。
 埃っぽい室内は羽琉が最後に使用したまま残っている。
 ベッドの前まで行って、拓馬は床に腰を下ろしてベッドの上に頭を預けた。
 最初で最後の睦み合いがこのベッドの上だった。
「兄貴、あんたに……会いたいっす」
 呟くように発した拓馬の声が静寂に溶ける。
 昔っから彼を独占して最後まで離して貰えなかった。おかげでこっちは死に顔すら拝めていない。
 庇った筈だったのに、逆に守られたのだというのは下っ端の組員に聞いた。
 空笑いが溢れる。
「二人でどこか行くんなら、おれも連れて行って下さいよ。置いて行くなんて酷いっす」
 どうして己だけ生きているんだろう。
 出会った時から、拓馬の中の全ての指針は羽琉を指し示している。
 例え羽琉の中で己が一番じゃなくても、せめて近くには居たかった。
 また、羽琉にとっての一番は己じゃなくても良いと拓馬は思っていた。
 その気持ちに偽りはない。
 初めは憧れから始まった想いが恋愛に変わるまでそこまで時間はかからなかったように思える。
 あの日あの時、強烈な嫉妬心と独占欲が生まれたのも本当の気持ちだった。
『けい、すけ』
 己に抱かれながら何度も繰り返して啓介の名を呼ぶ羽琉の口を、拓馬は口付けで無理やり覆って黙らせた。
 二人の間に肉体関係があるのは昔から知っている。
 ずっと気が付かないふりをしていたが、一度甘い蜜を味わってしまうと欲望だけが膨れ上がった。
 快楽に溺れて力すら入っていない体をうつ伏せにして、うなじに己の噛み跡をつけた。
 元々ある噛み跡とは態とずらしてつけたのはほんの意趣返しだったのかもしれない。
 痛みさえ快感に変わるくらいに仕込まれていた体に嫉妬した。
 このまま自分の抱き方を覚えるくらいに抱き潰してやろうかとか、態と『兄貴』と呼んでみようかとか、『須藤さんじゃないっすよ?』と言ってみようかとか、何度も考えては自嘲するように小さく笑みをこぼす。
「羽琉」
 結局、羽琉のあの不敵な笑顔を曇らせるのが嫌で、拓馬は〝須藤啓介〟を最後まで演じ続けた。
 ——ねえ、兄貴。今だけでいいからおれだけを見て……。
 間違われているのを承知の上で、つけ込むようにこのベッドで羽琉を抱いてから、己の中にある欲求は満たされるどころか増して行った。
 恐らくアロマンティックであるこの人の心が欲しいなんて無理だと分かっていても、心が酷く乾いてくる。
 欲しくて欲しくて堪らない。
 腹の奥底に禍々しいくらいに黒い気持ちが広がって隠しきれなくなっていった。
「好きです。あんたが……っ、どうしようもなく好きっす。何でおれじゃ……、ダメだったんすか? せめて側に……ッ居たかった」
 溢れた涙はシーツに吸い込まれていく。
 忘れようとして何人も彼女を作って誤魔化していたのに、羽琉に対する想いを超える存在はとうとう現れなかった。
 現れないまま永遠に感情をとらわれてしまって離して貰えない。何処にもいけない。
 想いだけが燻ったまま二度と会えなくなった事に絶望している。
 もう居ないと分かりつつもこうして此処に足を運んでいるのだから、まだ当分の間はここも引き払えないだろう。
 好きだからこそ忘れたい。好きだからこそ忘れたくない。相反する気持ちが、胸の奥と頭の中で綯い交ぜになっている。
「ねえ兄貴。今度生まれ変わったら、あんたをおれにくれないっすか? おれは絶対あんたを探し出して、そしてまたあんたを好きになる。その時はあんたの半分で良いんで……おれに下さい」

 ——ずっと愛してます。

 そして運命の日、組長である榊原隆三を庇って一緒に撃たれた拓馬を含め、不知火会メンバーの命が散った。





 時は流れ、ロアーピス国第二宮に双子の男児……ハルジオンとリュクスが誕生した。
 片方はアルファとして生を受け、一人はオメガとして生を受けた。
 リュクスは何の印も持たない普通のオメガだったが、ハルジオンはアルファにも拘らずに生まれながらうなじには噛み跡がついていた。
 元々、この国では一人の人間として数えられない双子は忌み嫌われる古い風習があったが、その中でも一つの魂を分割して生まれたのを理由に凶児扱いされ、外界からも隠されることになる。
 二人の自由は殆ど無かった。
 ロアーピス国には第一宮から第十宮まであり、父母共にそれぞれ異なる変わった国だ。
 しかし、王位継承権は第一宮に生まれた男児のみが有する事になっている。
 二人が生まれた二年後に、第一宮に一人の男児……次期王としてカイルが生を受けた。三人ともすくすくと元気に育っていった。
 しかし問題はハルジオンとリュクスが十二歳、カイルが十歳の時に起こる。
 リュクスとは違い、ハルジオンは幼い頃から幾重にも認識阻害魔法がかけられていた。
 王宮内の移動中にすれ違っただけだったというのに、初めて顔を合わせたカイルを見たリュクスが突然ヒートで倒れたのだ。
 まるでそれを待っていたかの様にカイルがラットに入り、リュクスを連れてその場から転移魔法を使って姿を消してしまった。
 二人が見つかった時には全てがもう遅く、リュクスのうなじには番契約の噛み跡が残されていた。
「リュクスに近付くな」
 見つかってからもカイルはリュクスの周りに人が寄るのを極端に嫌がり、また、リュクスを片時も離そうともしない。
 リュクスはカイルとの間に一人の男児をもうけた。
 その子こそがレヴイだった。
 前代未聞の出来事に、王宮内では第一宮と第二宮の間で度々揉め事が起こるようになっていく。
 些細な揉め事がやがて大きくなっていき、とうとうカイルは第二宮側の人間と称して便乗してきた内部の人間に命を狙われるようにもなってしまう。
 その頃には前世の記憶があったルドは、王からの命令でまだ前世の記憶がないカイルを連れてレザイル国へと亡命を遂げる。
 リュクスと離れた事により、カイルが混乱して不安定にならないように、ロアーピス国での記憶を封印し、アルファとしての能力も封じた。
 さも親子のように振る舞いながらレザイル国で居酒屋を開き、隠れ住むようになる。
 それから少しして行方不明になった双子の内の一人、オメガ堕ちしたハルジオンを発見した。

 時はまた流れてゆく。

「拓馬……?」

 封印された記憶とは別の記憶が呼び起こされたのは、カイルが屋根から落ちて頭を打った衝撃もあるが、記憶を持った羽琉の魂が転移してきた事により干渉を受けたからだ。

「見つけたっす兄貴ぃいい!」

 こうして三カ国を巻き込み、それぞれの想いを乗せた前世からの因縁の歯車が三度動き始める。
 

【番外編・了】


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