28 / 65
矢島さんと渡辺さん
しおりを挟む「羽琉……何でそんなにソワソワしている?」
「そいつ……さ。誰にも言ってなかったけど、続きがあんだわ。実はその後も言い寄られてて、マジでストーカー化しててな。いい加減鬱陶しいのも面倒でよ、一回寝たら諦めるって言うからよー……」
言い難い。またベッドの上に転がった。
「言うから? 羽琉、まさかとは思うがお前……」
「あーーー、うん。…………寝た」
「「……」」
室内の気温が氷点下になった気がした。
「「はああああ!?」」
耳を劈きそうな程の声量に耐えきれなくて耳穴に指を突っ込んだ。こんな時だけ意気投合しないで欲しい。
「もうマジで面倒だったんだよ。その日は三日間寝てなくて睡眠不足もピークだったし。寝てるからその間に勝手に済ませて帰れって言ったら、本当にその通りにしてたぞ。朝起きたら全身死ぬほど精液かけられてて臭くて堪らんかったけど。それ以来見かけなくなったからな……三年くらいは」
二人の顔を見れなくて明後日の方向を見ながら言うと、長い長い沈黙が落ちた。
「BGMに昭和の有名曲かけて乗り込みますか? テレビで見ました。確かYa-Ya-yahっすね」
「殴るだけじゃ済まないだろ。細切れにして海に捨てる」
二人に賛同するように、ソッと目を瞑った。
本当にいるなら今度は確実に葬る自信がある。
「それでも三年っすか! その後ヤツはどうしたんっすか? おれがいた時にはそんな変な奴見かけませんでしたよ」
「その頃にはお前が俺に付きっきり行動してたし送迎もしてたろ、カイル。それに夜はほぼ啓介んとこに居たから接触はして来なくなっていたぞ。非通知の無言電話はかかってきてたけど、本人かどうかは分からん。いつも遠くから見てたのは知ってる」
「遠く……。マジでストーカーじゃないすか。この世界でそいつ見かけたら今度は海棲爬虫類の餌にしましょ」
「だからストーカーっつってんだろ。まさか極道が男からストーカー受けて警察頼るわけにもいかんしな。寧ろアイツらからすれば、ザマァて感じだろうし」
「その三日間寝てない睡眠不足さえも計算のうちだろう。まあ、それなら少し分かるかもな。組長が羽琉にやった和装一式いくらか知ってるか? 軽く三千万は超えるぞ。その時、羽琉は組長の情夫って噂も出たくらいだ。なのに自分は過去に破門にもされてて、羽琉から引き離されるように奪われて、その羽琉にはカイルと俺が付きっきりで、夜は自宅には帰らず俺に抱かれてるっていう図式だ。相当頭にキタんだろ。うちに盗聴器があったのもそれが原因かもな」
ウンザリする。
「そんなもんあったんか……あの人ピッキング技術やたら高かったからな……いや、でもさ、だからって異世界に来てまでするか? ないわー。別案はないのか? それに前田はもう破門されていたから〝ユダ〟という呼び方には値しない気がするんだよな」
また振り出しだ。
コンコン、と扉がノックされる。
「ケーキ出来ましたよー!」
今のままでは堂々巡りしかしない気がして、一旦考えるのをやめてリビングへと移動する。
皆んなで談笑を交えながら、キアムの作ったケーキを頬張った。
***
「うえ、暇……」
姿を変えてオークション会場へ向かい、出入りしている下働きっぽいサングラスをかけた黒服の男たちを眺めていた。
これと言った収穫はない。近くにある小さな原っぱで、ヤンキー座りをしながら頭を抱え込んでいた。
首からかけたネックレスについている黒曜石が太陽の陽射しを反射して光る。
魂の形を認識するのを阻害する魔法道具だ。念の為に、と啓介が己とカイルに持たせた物だった。
——あ? この世界にもマンホールとかあるのか?
会場内にいくつか丸い蓋のようなものが嵌っているのが確認出来る。すぐに視線を逸らして、黒服の男たちへと向けた。
——矢島さんと渡辺さんの生存くらいは確認しておきたかったんだけどな。
何せもう日がない。頭の中で考えていると、背後にいた啓介に思いっきり抱き寄せられた。
「うわ、危ねっ」
「ねえ、お兄ちゃんたち何してるの?」
——ガキ? いつからそこに居た?
気配も何もしなかった。
啓介に引き寄せられて居なければ、数センチしか開かないくらい近くに居た筈だ。
こんなに見晴らしが良いのに視界にさえ入って来なかったのを考えると、瞬間移動して来たとしか思えない。
「よく僕が来るって分かったね、そこのお兄ちゃん?」
銀髪に淡い紫色が混じった毛色をした十五歳くらいの少年が人当たり良さそうにニコニコと笑っている。
無邪気にしながらも、どこか得体が知れない。
メインの毛色がシルバーだからか、どこかレヴィに似ている気がして瞬きもせずに見つめた。
「何の話だ? イチャつこうと抱き寄せただけだが? ガキがいたらイチャつけないだろ。邪魔をするな」
啓介に抱えられるように、すぐに腰を上げて立ち上がった。
「観光に来てるだけだ。オークションていうのがあるって聞いたんだけどやってねえの? やってないなら暇だし帰ってイチャつこうかって話してたとこ」
「ふーん、そうなんだあ。残念だったね。ここね、観光客や一般人は入れないんだよ」
探るような目で見つめられる。
「そうなのか? じゃあここにいても意味ないじゃねえかよ。行こうぜ、ダーリン」
「そうだな」
啓介に目配して歩き出したが、即座に足を止める事になってしまった。
後ろに居た筈の少年が目の前にいたからだ。
「ふふふ、ねえお兄ちゃんたち。本当は何しに来たの?」
いつの間にかサングラスをかけた黒服の男たちに周りを取り囲まれている。
——コイツら一体どうやって現れた? 魔法か?
どうやって脱出するか考えていると、同じように変装したキアムが走ってきた。
「あーー! やっと見つけました! いくらイチャイチャしたいからって、こんなとこで迷子になっちゃ駄目ですよー! 叔母さんたちカンカンになって怒ってますからね! あ、すみません。この人たち観光ついでにうちに泊まりに来てるんですけど、目を離した隙にいなくなってて探してたんですよ。もしかして、この人たち何かやらかしちゃいました? 問題児過ぎて困っちゃいますよね…………はぁ」
キアムにグイグイと背中を押される。
「そうなんだ。なーんだ。つまんない。何でもないよ~早く連れてってくれる? オークションが終わるまでここには近付けさせないで」
「はい! 本当にすんませんでしたー!」
キアムの名演技に救われた。設定に合わせてされるがままにしていると、黒服の男が二人近付いてきた。
「ほら、さっさと行け!」
「ここには二度と近付くな!」
——え?
聞き覚えのある声をした男たちにも背を押されて、若干つんのめった。
胸元にあるポケットに折り畳まれた紙を忍ばされ、顔を確認しようとしたが、サングラスもしていて良く分からない。
ただ、啓介だけは口端を吊り上げ、一瞬楽しそうに笑った。
「あそ……「はい! 叔母さんからの買い物リストです」」
言葉を重ねられて遮られる。
小さな紙を手渡されて視線を向けると〝暫くの間、合わせて喋ってて下さい〟と書かれていた。瞬きだけで合図する。
「あの叔母さんたち人使い荒いから嫌なんだよ」
「そんな事言ってるとご飯作って貰えなくなりますよー?」
しょうがねえな、と髪の毛をかき混ぜ〝架空の叔母さん達〟の話を交えつつ、商店街まで歩いて行く。
「これ何処に売ってんだよ」
「あ、それは向こうにある店ですよ」
色々な店を回りながら食料品を買っていると、啓介が足を止めた。
「もう良さそうだ」
ホッと息を吐き出す。
「一号は家か?」
「はい。何かラーメンていう食べ物を作るって張り切ってましたよ」
「ラーメン、だと!?」
立ち止まってキアムをガン見する。
「はい……、え、どうしたんですかアニキ?」
急激にお腹が空いてきた。
「俺今すぐ家に帰りたい」
口早に告げる。
啓介からの視線が痛い気がするが、優先すべき事項はカイルが作るラーメンだった。
「おい……シルバー。お前俺からの求婚を断って一号の所に嫁ごうとしてた理由はまさかラーメンか?」
——まずい。啓介がブチ切れる寸前の顔をしている。
左右に視線を流す。
「え? あー……。違うぞ……ほら、ルドさんもいる!」
「へぇ……」
啓介の目が「元の姿に戻ったらお前絶対死ぬ程犯すから覚悟しとけ」と物語っていた。
15
お気に入りに追加
245
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
市川先生の大人の補習授業
夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。
ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。
「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。
◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC)
※「*」がついている回は性描写が含まれております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました
湖町はの
BL
バスの事故で亡くなった高校生、赤谷蓮。
蓮は自らの理想を詰め込んだ“追放もの“の自作小説『勇者パーティーから追放された俺はチートスキル【皇帝】で全てを手に入れる〜後悔してももう遅い〜』の世界に転生していた。
だが、蓮が転生したのは自分の名前を付けた“隠れチート主人公“グレンではなく、グレンを追放する“無能勇者“ベルンハルト。
しかもなぜかグレンがベルンハルトに執着していて……。
「好きです。命に変えても貴方を守ります。だから、これから先の未来も、ずっと貴方の傍にいさせて」
――オレが書いてたのはBLじゃないんですけど⁈
__________
追放ものチート主人公×当て馬勇者のラブコメ
一部暗いシーンがありますが基本的には頭ゆるゆる
(主人公たちの倫理観もけっこうゆるゆるです)
※R成分薄めです
__________
小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にも掲載中です
o,+:。☆.*・+。
お気に入り、ハート、エール、コメントとても嬉しいです\( ´ω` )/
ありがとうございます!!
BL大賞ありがとうございましたm(_ _)m
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる