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矢島さんと渡辺さん

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「羽琉……何でそんなにソワソワしている?」
「そいつ……さ。誰にも言ってなかったけど、続きがあんだわ。実はその後も言い寄られてて、マジでストーカー化しててな。いい加減鬱陶しいのも面倒でよ、一回寝たら諦めるって言うからよー……」
 言い難い。またベッドの上に転がった。
「言うから? 羽琉、まさかとは思うがお前……」
「あーーー、うん。…………寝た」
「「……」」
 室内の気温が氷点下になった気がした。
「「はああああ!?」」
 耳を劈きそうな程の声量に耐えきれなくて耳穴に指を突っ込んだ。こんな時だけ意気投合しないで欲しい。
「もうマジで面倒だったんだよ。その日は三日間寝てなくて睡眠不足もピークだったし。寝てるからその間に勝手に済ませて帰れって言ったら、本当にその通りにしてたぞ。朝起きたら全身死ぬほど精液かけられてて臭くて堪らんかったけど。それ以来見かけなくなったからな……三年くらいは」
 二人の顔を見れなくて明後日の方向を見ながら言うと、長い長い沈黙が落ちた。
「BGMに昭和の有名曲かけて乗り込みますか? テレビで見ました。確かYa-Ya-yahっすね」
「殴るだけじゃ済まないだろ。細切れにして海に捨てる」
 二人に賛同するように、ソッと目を瞑った。
 本当にいるなら今度は確実に葬る自信がある。
「それでも三年っすか! その後ヤツはどうしたんっすか? おれがいた時にはそんな変な奴見かけませんでしたよ」
「その頃にはお前が俺に付きっきり行動してたし送迎もしてたろ、カイル。それに夜はほぼ啓介んとこに居たから接触はして来なくなっていたぞ。非通知の無言電話はかかってきてたけど、本人かどうかは分からん。いつも遠くから見てたのは知ってる」
「遠く……。マジでストーカーじゃないすか。この世界でそいつ見かけたら今度は海棲爬虫類の餌にしましょ」
「だからストーカーっつってんだろ。まさか極道が男からストーカー受けて警察頼るわけにもいかんしな。寧ろアイツらからすれば、ザマァて感じだろうし」
「その三日間寝てない睡眠不足さえも計算のうちだろう。まあ、それなら少し分かるかもな。組長が羽琉にやった和装一式いくらか知ってるか? 軽く三千万は超えるぞ。その時、羽琉は組長の情夫って噂も出たくらいだ。なのに自分は過去に破門にもされてて、羽琉から引き離されるように奪われて、その羽琉にはカイルと俺が付きっきりで、夜は自宅には帰らず俺に抱かれてるっていう図式だ。相当頭にキタんだろ。うちに盗聴器があったのもそれが原因かもな」
 ウンザリする。
「そんなもんあったんか……あの人ピッキング技術やたら高かったからな……いや、でもさ、だからって異世界に来てまでするか? ないわー。別案はないのか? それに前田はもう破門されていたから〝ユダ〟という呼び方には値しない気がするんだよな」
 また振り出しだ。
 コンコン、と扉がノックされる。
「ケーキ出来ましたよー!」
 今のままでは堂々巡りしかしない気がして、一旦考えるのをやめてリビングへと移動する。
 皆んなで談笑を交えながら、キアムの作ったケーキを頬張った。



 ***



「うえ、暇……」
 姿を変えてオークション会場へ向かい、出入りしている下働きっぽいサングラスをかけた黒服の男たちを眺めていた。
 これと言った収穫はない。近くにある小さな原っぱで、ヤンキー座りをしながら頭を抱え込んでいた。
 首からかけたネックレスについている黒曜石が太陽の陽射しを反射して光る。
 魂の形を認識するのを阻害する魔法道具だ。念の為に、と啓介が己とカイルに持たせた物だった。
 ——あ? この世界にもマンホールとかあるのか?
 会場内にいくつか丸い蓋のようなものが嵌っているのが確認出来る。すぐに視線を逸らして、黒服の男たちへと向けた。
 ——矢島さんと渡辺さんの生存くらいは確認しておきたかったんだけどな。
 何せもう日がない。頭の中で考えていると、背後にいた啓介に思いっきり抱き寄せられた。
「うわ、危ねっ」
「ねえ、お兄ちゃんたち何してるの?」
 ——ガキ? いつからそこに居た?
 気配も何もしなかった。
 啓介に引き寄せられて居なければ、数センチしか開かないくらい近くに居た筈だ。
 こんなに見晴らしが良いのに視界にさえ入って来なかったのを考えると、瞬間移動して来たとしか思えない。
「よく僕が来るって分かったね、そこのお兄ちゃん?」
 銀髪に淡い紫色が混じった毛色をした十五歳くらいの少年が人当たり良さそうにニコニコと笑っている。
 無邪気にしながらも、どこか得体が知れない。
 メインの毛色がシルバーだからか、どこかレヴィに似ている気がして瞬きもせずに見つめた。
「何の話だ? イチャつこうと抱き寄せただけだが? ガキがいたらイチャつけないだろ。邪魔をするな」
 啓介に抱えられるように、すぐに腰を上げて立ち上がった。
「観光に来てるだけだ。オークションていうのがあるって聞いたんだけどやってねえの? やってないなら暇だし帰ってイチャつこうかって話してたとこ」
「ふーん、そうなんだあ。残念だったね。ここね、観光客や一般人は入れないんだよ」
 探るような目で見つめられる。
「そうなのか? じゃあここにいても意味ないじゃねえかよ。行こうぜ、ダーリン」
「そうだな」
 啓介に目配して歩き出したが、即座に足を止める事になってしまった。
 後ろに居た筈の少年が目の前にいたからだ。
「ふふふ、ねえお兄ちゃんたち。本当は何しに来たの?」
 いつの間にかサングラスをかけた黒服の男たちに周りを取り囲まれている。
 ——コイツら一体どうやって現れた? 魔法か?
 どうやって脱出するか考えていると、同じように変装したキアムが走ってきた。
「あーー! やっと見つけました! いくらイチャイチャしたいからって、こんなとこで迷子になっちゃ駄目ですよー! 叔母さんたちカンカンになって怒ってますからね! あ、すみません。この人たち観光ついでにうちに泊まりに来てるんですけど、目を離した隙にいなくなってて探してたんですよ。もしかして、この人たち何かやらかしちゃいました? 問題児過ぎて困っちゃいますよね…………はぁ」
 キアムにグイグイと背中を押される。
「そうなんだ。なーんだ。つまんない。何でもないよ~早く連れてってくれる? オークションが終わるまでここには近付けさせないで」
「はい! 本当にすんませんでしたー!」
 キアムの名演技に救われた。設定に合わせてされるがままにしていると、黒服の男が二人近付いてきた。
「ほら、さっさと行け!」
「ここには二度と近付くな!」
 ——え?
 聞き覚えのある声をした男たちにも背を押されて、若干つんのめった。
 胸元にあるポケットに折り畳まれた紙を忍ばされ、顔を確認しようとしたが、サングラスもしていて良く分からない。
 ただ、啓介だけは口端を吊り上げ、一瞬楽しそうに笑った。
「あそ……「はい! 叔母さんからの買い物リストです」」
 言葉を重ねられて遮られる。
 小さな紙を手渡されて視線を向けると〝暫くの間、合わせて喋ってて下さい〟と書かれていた。瞬きだけで合図する。
「あの叔母さんたち人使い荒いから嫌なんだよ」
「そんな事言ってるとご飯作って貰えなくなりますよー?」
 しょうがねえな、と髪の毛をかき混ぜ〝架空の叔母さん達〟の話を交えつつ、商店街まで歩いて行く。
「これ何処に売ってんだよ」
「あ、それは向こうにある店ですよ」
 色々な店を回りながら食料品を買っていると、啓介が足を止めた。
「もう良さそうだ」
 ホッと息を吐き出す。
「一号は家か?」
「はい。何かラーメンていう食べ物を作るって張り切ってましたよ」
「ラーメン、だと!?」
 立ち止まってキアムをガン見する。
「はい……、え、どうしたんですかアニキ?」
 急激にお腹が空いてきた。
「俺今すぐ家に帰りたい」
 口早に告げる。
 啓介からの視線が痛い気がするが、優先すべき事項はカイルが作るラーメンだった。
「おい……シルバー。お前俺からの求婚を断って一号の所に嫁ごうとしてた理由はまさかラーメンか?」
 ——まずい。啓介がブチ切れる寸前の顔をしている。
 左右に視線を流す。
「え? あー……。違うぞ……ほら、ルドさんもいる!」
「へぇ……」
 啓介の目が「元の姿に戻ったらお前絶対死ぬ程犯すから覚悟しとけ」と物語っていた。



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