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キアム
しおりを挟むどれだけ撒こうと先回りするという小賢しい真似を使って付いてくるので、諦めてキアムに街の案内をさせる事になった。
「アニキ! こっち! こっちですー!」
市場価格より少し高めだが、ぼったくりまではいかない居酒屋やバー、土産屋、ラブホのような短時間休憩だけのホテルなどなど。
現地民だけあって、キアムは色々な店の情報を知っているので案外使える。
「アニキ! ここの通りがトロニカ通りって言って、闇オークションで競り落とされた奴らが試しに売りに出されたりする店です。オークション自体はこの店の裏手の通りにあります。でも、そこの通りは特殊な能力を持った人だったり、危険な人たちで溢れかえってるので通らない方が良いです! 人の思考読む奴とかいるんで!」
「へえ。なら、ここじゃねーのか?」
「ここだろうな」
最後に案内された建物を見上げて啓介に視線をやると、啓介も頷き返す。
しかし、流れた月日を考えると別所に移されている可能性もあるから、情報収集のみになりそうだ。
オークション自体もどんなものか覗いてみるのもいいか、と考える。
「サンキュ、キアム。助かった」
「どういたしまして! あ、でもここの店もオークションも招待制もしくは紹介制でその後審査通らなきゃ入れないので、一般参加は出来ませんよ」
満面な笑顔が眩しい。カイルにもこんな時期があったなと遠い目をする。いつからか駄犬になっていた舎弟が懐かしい。
——審査まであるとか、ここのオークションも店もキナ臭すぎるな。よっぽど外部に漏らしたくない事をやってるのか。
人の口に戸は建てられぬ。どんなに秘密にした所で外部には漏れるというのに。やはり何かがあると直感が告げている。
キアムに向き直って、口を開いた。
「キアム。俺らヤバい案件追ってるからお前はもう付いてくるな。悪いな。守ってやれるほど余裕ねえんだ。これ持って家に帰れ。マジでありがとうな」
財布を開いて、啓介に貰った札束の中からゴッソリ抜き取る。キアムの掌に握らせてやると酷く驚いた表情をされ、突き返される。
「こんな大金オレには不釣り合いですよ!」
「いいから持ってけ。もう引ったくりや泥棒はするなよ」
その手を金ごとポケットに入れてやり、健全そうな街中へと送っていく。足が止まりそうになっているキアムの背中をトンッと押した。
「嫌です!」
「キアム」
「大丈夫ですよ。もしヤバくなったらオレは見捨てて行って下さい。オレ、どっちみちもう手遅れなんですよ。ちょっと事情があって、売れるだけの臓器も全て売ってるんで長生きしません。見てくださいこの発疹」
無造作に服の裾を捲り、腹を見せられる。そこには赤い発疹が広がっていた。
「オレが死んだ所で喜ぶ人が居ても、悲しむ身内はいません。恋人もいないです。なので大丈夫です!」
ハの字に眉を作ったキアムを見つめた。
いつだってそうだ。当たり前のように与えられる環境で育てば、普通の人生を歩めたかも知れないのに〝普通〟を選択する事さえ出来ない人たちがいる。
真面目で馬鹿正直な奴程、真っ先に搾取されて壊されていくのを嫌という程見てきた。
極道をしている時点で己も壊す側の人間と一括りにされるんだろう。
でも不知火会の組長はそんな事はしなかった。外で行き場のない人間を拾っては仕事を与えた。
「お前な……。あーーー、もう……くそ」
ハア、と息を吐いて髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「ちょっと来い」
「はい……。どうかしましたか?」
裏路地に連れ込んで左右を確認した。それからキアムの腹に触れる。
やがて手のひらから発光し始め、キアムの腹部、そして全身を光が覆っていって全身に回っていく。
「お人よし」
「しょうがねえだろ」
微かに笑みを浮かべながら言った啓介を睨んだ。
「アニキ?」
「悪いとこも無くなったとこも全部治してやる。だから俺を信じてジッとしてろ」
内臓が欠落している分、普通の怪我よりも時間がかかっているようだ。中々光が収まらない。
「え、はい……っす。う……、なんか腹ん中がモゴモゴ動いてて……っ、気持ち悪い、です」
「もう少しだ。我慢しろ」
好転反応で吐き気が出てきたみたいだが、それもすぐに落ち着いてきたようだった。
さっき転んだ所の怪我も全て治っていく。
キアムは目を瞠ったまま微動だにしない。漸く光が収まった。
「え、え……嘘。本当に痛い所が全部消えました! 発疹も、痒みもなくなった!」
懸命に自身の腹や腕を擦りながらキアムが呆然としていた。
「まさか……これ、さい、せい……?」
答えはせずに曖昧に笑ってみせる。
「これで大丈夫だろ。売った内臓も戻ってると思うぞ。けど、もう売ったりするなよ。そこまでしなきゃ生きていけないなら、こんな物騒な街は出ろよ。家族ももういねえんだろ。んじゃ、またな。これで本当にさよならだ」
ゆっくり瞬きしながら今の驚きと喜びを噛み締めているキアムを尻目に、啓介と共に闇オークションに向けて足早に進んでいった。
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