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カイルの本当の気持ち

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 仕事が終わり、カイルの部屋のベッドの上で転がる。労働がこんなに神経を使うなんて思わなかった。
 見事に引き攣った笑顔しか出なくて、どうしようかと思ったくらいだ。
「疲れた。ラーメン食いてえ。たく……カイル、ラーメン」
「ここでラーメンは見た事ないっすね」
「日本に帰りてぇ……」
 ラーメンが無いと知った途端にやる気が失せた。
 店は思っていた以上に大繁盛で、客が途切れる事なくやってきた。
 カウンターに座って一杯やりながら、ルドと会話を楽しむだけの人もいたくらいだ。
 面倒見の良い強面親父は、皆んなからも人気だった。
 ——組長……みたいな人だな。時に厳しいけど優しくて、気さくで頭も良く回る。
 初めて誰かの下につきたいと思ったたった一人の人だ。
 オートで回り続けている再生能力で節々の痛みや筋肉痛が取れていく。
「そういえばカイル」
「何すか?」
 人差し指を動かして、来いと合図する。目の前迄きたカイルの両頬を、それぞれの手で包み込んだ。
「え? え? ええっ? 兄貴?」
「何顔赤くしてんだお前。違えよ、治癒かけてるからじっとしてろ。お前屋根から落ちたり、どつかれたり、病院の付き添いだったり、仕事やらで大変だったろ。その礼だ」
「あ……そっすね…………」
 瞑想するように目を閉じてカイルが般若心経を唱えだす。
「何してんだ? お前……」
「誘惑に負けないまじないっす」
 大きくため息を吐き出す。
 マジでアレを潰してやろうかなと思いながら口を開いた。
「聞きたい事がいくつかある。龍人族ってのは何だ?」
 問いかけるとカイルが目を開いた。
「龍人族は龍と人の合いの子で、基本的には人型を保っている奴らの事っす。たまにドラゴンになっている姿を見かけるんすけど、戦争とかそういう時だけっすね。ガタイは良いし身長も高ければ容姿端麗の奴も多くて力も強いです。拳で地面を割るとか普通に出来ますし、剣士としての腕前も技術も高いっすね。正に超人です。奴らは奴らだけのアジトがあって『攻撃されない限りは争わない』と、人間との間に協定を結んでます。さっき言ったようにここと隣り合わせなんで、この村にもたまに来るんすよ。奴らは全員アルファなので関わっちゃダメっすよ。王族や貴族はアルファだったりベータだったりと混ざってますが」
「成程な」
 そんな種族がいる事には驚いたが、一つは謎が解けた。
「この世界は全員お前がやってたような魔法が使えるのか?」
 さっきカイルがしたようなドライヤーの件といい、客が魔法で食器を浮かせて洗い場に運ぶという珍場面にも出会した。
「はい。人によって強弱はありますけど使えると思いますね。使えないって奴に会った事ないっす。大体大まかに分けて、五つの属性ってのがあって、火・水・土・風・光ですかね。光は治癒魔法なんで、これを使えるのはほんの一握りしかいないのでかなり貴重です。他の属性は皆大体使えるっす」
「ふーん。なら俺も出来るって事か」
 ベッドの上に立てた己の膝をリズムをつけて指で叩く。深く考え事をする時のクセだった。
「出来ると思いますよ。兄貴は前世で魔法とかに触れる機会が無かっただけで、この国では元々〝レヴイ〟として使ってた筈っすからね。その再生能力もそうじゃないっすか」
 少し不思議そうな顔をしてカイルが問いかけた。
「そうなんだろうが、これは意識して使ってない。オート機能になってるから触れれば勝手に再生するんだよ」
 やろうと思ってやってなかった。だからこそカイルの合わせ技的な魔法を見て驚いたのだ。
「そうなんすね。その再生能力なんすけど、魔法の中でもかなり特殊な能力なんすよ。ヒエラルキーでいうてっぺんに位置します」
「ヒエラルキーのてっぺん」
 返答を聞いて顎に手を当てる。
 カイルのように組み合わせて使えば、身を守る武器になりそうだ。
 早目に教えて貰って、実戦でも使えるようにしておこうと逡巡する。
「さっき考えてたけど、この世界の俺って既に闇オークションにかけられて誰かに買われたんじゃねえのか? しかも買い取った奴が類を見ない程のゲスで、毎晩マワす奴らから金を取ってこの体に売りをさせてる。そっちの可能性が高いと思ったんだが……いや、考えすぎか?」
 口にすると、カイルが神妙な面持ちで口元を隠すように手を当てた。
「でも、一理ありますね。もしそうなら今すぐここを離れた方が良いかもしれないっす。なんなら、おれと駆け落ちとかどうっすか? 今度こそおれが一生かけて面倒見ますよ」
 ——いま何で当たり前のように口説かれた……? コイツまさか本当に俺が好きなのか?
 うーん、と唸りながら悩んだ。
 そう考えると前世から思い当たる節は結構あった。
 憧憬と恋愛は向ける視線の熱さまでもが似ている。今までは憧憬だと思っていた。
 もし、恋愛だったのならちゃんと言っておいた方が良いかも知れない。期待を持たせるのは好きじゃない。
「いや、いい」
 カイルを撃沈させてから、ベッドの背もたれに深く身を倒して座り込んだ。
 昔っからヤンチャばかりしていて、そのまま裏社会にいったってのもあるのかもしれんが、どうも色恋沙汰からくる感情には心が揺れ動かない。
 日本で二十九年生きたというのに、初恋すらないっていうのはおかしいだろう。きっと己は元々の情緒的感情が死んでいると思っている。恋愛感情だけが欠如したアロマンティックと呼ばれるマイノリティ。
 どれだけ女を抱こうが、啓介に抱かれようが同じだったのを考えるとそれが妥当だろう。
 ただ親愛と友愛はちゃんと感じ取れるのもあり、前世では拓馬と啓介の側は居心地良かった。隣にいるのが当たり前だったくらいには心を置いている。
「お前この世界で会ってからずっと仄めかしてばっかいるけど、もし本気なら俺だけは止めとけ。俺にはそっち方面の感情は欠落してるから応えらんねーぞ。お前は傷付けたくない」
 自らの首の横に手を当てて、一度視線を落とした後でカイルを見た。
 困ったような顔をしているのが分かって「ああ、コイツ本当に俺が好きなのか」と悟った。
 今の見目なのか、過去の自分なのかは分からないが。
「須藤さんには、頻繁に抱かれてたのにっすか?」
「知ってたのか」
 浅く息を吐いた。
 ——啓介の名前を出すって事は前世からか……。
 それなら話が早い。
「そりゃ、同じ匂いさせてる時多かったし、その度にうなじに噛み跡やらキスマついてたら嫌でも気がつくっすよ」
 ——あんのクソ男、俺にそんなもんつけてたんか……。


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