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【1話】

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 彼女には、いつまで経っても色褪せない記憶があった。
 その男に初めて会った瞬間に「ああ多分私はこの人とずっと一緒に居るんだろうな」なんて、運命論めいた思いを浮かべてしまう人が居た。

 彼女の生涯は、不幸続きであったに尽きる。

 生まれ落ちてすぐに自分が他者とは少し違うのだと感じて、それから長い時間を掛けて丁寧に丁寧に、もう必要無いと叫び出してしまいたくなる程に思い知らされたのだ。



 この世界には魔法があって、種族関係無しに誰でも魔力を持っているとされる。
 けれど平等なのはただそれだけで、人間社会に出てしまえばそこには、差別も迫害もひと通り余すこと無く存在していたのだ。

 彼女はエルフの村に生まれた。
 森の番人、高潔なる種族等と言われてはいるが、時代が進むと共に、森の中だけではとてもじゃないがやっていけなくなっていて。
 人里に下りて共存の道も有るのでは無いのか?と、度々議論が交わる程度には、歩み寄る姿勢を見せる者も何人か居た。
 むしろ昨今では、どうにかして共存をする道を選ぼうとする方が常で、この小さな集落に好き好んで留まろうとする方が厄介だと思われていた。

 彼女の親が、厄介者の方にカテゴリーされていたのが一つ目の不幸だった。

 高貴な血筋とやらに拘る頭の硬い両親の元で、雁字搦めにされながら生きていたから、彼女は世間の厳しさを何一つ知らないまま、ただひたすらに外に出たいと望んでしまったのだ。

 第二の不幸は、反対を振り切って逃げる様に魔法学校に入学してしまった事。
 
 人間ばかりが居るその学び舎は、亜人差別が酷かった。
 幾ら人と殆ど同じ姿をしていても、彼女の長い耳が彼女を周りと同じ者だとは扱ってくれなかった。
 何百年も前の魔王の配下に、亜人が多く居たから。
 或いはそもそも亜人とは、交配した魔族の血筋であるのだろう、と。
 そんな根も葉もない根拠が、十分に差別に値するらしいのだった。

 彼女にとって学校生活は、お世辞にも価値のある物だとは言い難い。
 それでも卒業まで逃げなかったのは、単に逃げる様に出て来てしまった手前、帰る場所が無かったから。
 理由はそれではなく、唯一居た彼女の泣き虫でお節介焼きで真っ直ぐな友に、ただ会いたかったから。
 それだけだった。

 暖かな陽だまりの様に笑う友は、その雰囲気通りに火属性であって、属性そのままに明るい友の周りには絶えず人が居た。
 彼女はそれが酷く羨ましくて、自分の吊り上がった目を見ては、到底友の様に朗らかに笑う事は出来ないのだろうと落胆していた。

 第三の不幸は、そんな彼女が聖属性だった事だ。

 彼女の髪は暗い赤色をしていて、金や銀が主流のエルフの中でも殊更浮きに浮きまくっていた。
 瞳の色だけはらしくも翠色だったが、それも比較をすれば暗め寄りで。
 属性鑑定の儀式まで「どうせお前は闇属性だろう」と囃立てられていたから、尚更「どうしてお前が」と言う目が後を絶たなくなってしまったのだ。

 自分には癒えぬ傷ばかりが増えていく一方なのに、他者を癒す力を持っている。
 これはどんな皮肉なのだと泣きたくなった。
 けれどそれもすぐに、こんな些細な事で泣いて等居られないと思う様になった。

「どうせ」
「どうせ」
「どうせ」

 彼女の周りには、その言葉ばかりが蔓延っている。

「どうせエルフだから」
「どうせ見下しているのだろう」

 中でも一番多かったのは、

「どうせ聖属性なんだから、怪我をしても治せるだろう」

 だった。

 人はどこまでも、自分と違う者には冷酷になれる生き物だ。
 例えばその対象に、心とか感情があるかないかなんて、至極どうでもいいのだ。
 「自分と違うから」そんな粗末な言い訳を、さも正義だと振りかざす。
 彼女はそれを身を持ってよく知っていて、とっくに諦め切ってもいた。

 御伽噺の様な世界なんてある筈が無い。

 みんなが手と手を取り合って平等に、笑い合う世界なんかある訳も無い。

 どれだけ逃避をしたくとも、傷みもあって苦しみもあって、それら全てが彼女を悲しいまでの現実に突き落としては目を覚ませと言うのだ。



 優しい優しい彼女の友だけは、彼女も諦めた理不尽な暴力に対抗しようとしてくれた。
 「意味が無いから」だとか「あなたも巻き込まれるから」だとか、色々な理由を付けて断っても、彼女の友だけはいつも納得が出来ないと声を上げていた。

 圧倒的なまでに輝いていて、眩しくて。
 恐らく陰りも絶望も一切した事が無いだろうその友の姿は、あまりにもただ光っていたから。
 だからやっぱり自分には、誰かを癒す力なんて分不相応だと彼女は思った。
 憧れてはいても、到底同じ者にはなれないのだと思い知った。
 だってこんなにも自分は、日陰の色を知っていたのだから。



 卒業先の進路について、友は王立魔法騎士団に所属する事が決まった。
 幼い頃からの夢であったらしく、国を守る盾の一人になれるのだと嬉しそうに笑っていた。

 片や彼女はと言えば、目指す道の一つも無い事に気が付いて、より一層自分の惨めさに笑う毎日だった。

 教会に入って、聖女になればどうかと言われた。
 希少なだけであって何人か居る聖属性の聖人達は、見事な迄に人間しか居なかった。
 救護団に入る手も考えた。
 今までずっと自分を治すばかりで、他者に対して癒しの手を差し伸べる事に、少しだけ抵抗感を持ち始めてしまっている事に気付かれて、向いていないと断られてしまった。

 もういっそたった1人で旅でもしてやろうかと、半ば自暴自棄になり掛けていた頃、彼女に声を掛ける集団が現れた。

 何処かで彼女の噂でも聞いたのか、彼女の元に届いた文書には、曰く「自分達は個人ギルドである」事。
 「ギルドとは名ばかりで、言わば少し人数が多いパーティーみたいな物である」事。
 「拠点の近くにダンジョンがあって、そのせいでギルドの規模の割には依頼数が多い」事。
 そして、「回復役は常に足りていないので、もしもまだ勤め先が決まっていないのならば、是非ともうちに来てはくれないか?」と、そう書かれていた。

 その文書を見せた友は、何だか自分の事のように喜んでいて、友が笑ってくれるのならば滅多に会えなくなってしまうけれど、行ってみても良いんじゃないかと思える理由になった。
 まぁ別に、どこに居ても変わりが無いのなら、どこに行った所で結果は同じだろう、とも思ってはいたが。
 そう皮肉めいた事を思ってはいても、必要とされる経験がそんなに無かった彼女が、わざわざ遠い地からのその打診に対して、嬉しくなかったかと言えば答えは嘘になってしまうのだ。

 文書を受け取ってから寮に戻って、少しずつ荷物を纏め始めた彼女には、間違いなく擽ったい様な笑みが浮かんでいた事だろう。













そんな事を、ふと思い浮かべていた。
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