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【5話】予想外の出会い/その2

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「(いや「なに?」って何?いま何に対して、「なに?」と言われたの私は?)」

 頭の中は、大混乱。
 はてなマークで埋め尽くされている。

 もしかして主語と述語とか詳細とかが、全く存在しない世界の住人とお話しているのかもって思ってしまうくらい、質問が簡潔過ぎて言っている意味が分からなかったけれど、

「ここまで変わってるのは初めて見たよ」

 レイはそんな事など気にも止めていないようで、一方的に会話を続けてきた。

「(つまり私が変わってるって言いたいの?この人)」

 いやいやいやいや、ご冗談を。
 私モブですよ、紛れもないモブですよ。
 無個性代表のモブですよ!!

 この人は何を言っているんだ?と、ついうっかり人格どころか神経すら疑いそうになったんだけれど、

「(いや待って。モブなのに自由に動いているから変わっているって思われたのかもしれない)」

 と頑張って予想してみた。
 それなら"おかしい"って言われても仕方がない。
 だっておかしいもん。

 私転生者なんですよこれでも。
 モブなんですけれど、転生者なんですよ。
 手違いかもしれないんですけどー。
 モブの分際で、チョロチョロ動いて実にすみません。

 とは、流石に言える訳がないので、

「?」

 とりあえず、"何を言われているのかさっぱり分かりませーん"アピールをしてみた。すっとぼけたとも言う。

 実際自分が何を言われたのかについて、全くもって分かっていないのは事実だ。
 この手が駄目ならば、次はAIの物真似でもしようかと思っています。「すみません、よく分かりませんでした」って。

 全力で分からないアピールをしている私を見たレイは、なんだかニヤニヤその端正なお顔を歪めて突然近付いて来た。

 もう一度言うね?突然近付いて来た、怖い。

 急に流石乙女ゲーム生まれのとんでもないイケメンが至近距離に来て、それなのに。

 私は自分でも呆れるくらいに、表情が"無"になる感覚がしたのだ。

 私だってヒロインとか悪役令嬢とか他のキャラに転生していたら、そりゃあもっと乙女な反応が出来たのかもしれない。
 顔を真っ赤にさせて、可愛らしく照れていたのかもしれない。

 でも今、尋常じゃないくらいに整った、物凄く綺麗なお顔を目の前にして、私が切に思ったのは、

「(畜生この人目あるしCV持っているし、主要キャラだし!羨ましいぃぃいい羨まし過ぎてどちらかと言えば憎いくらいに羨ましい!!)」

 俗に言う、妬み!僻み!ないものねだり!の三拍子で御座いました。

 私が欲しい物全てを手に入れた目の前のこの男が、ひたすら妬ましいし憎い。
 欲しい。私も目とCV欲しい、ずるい。

「(攻略対象ずるい!神様の馬鹿!差別だ!モブ差別!)」

 もう恨み言しか湧いてこない。
 お顔の事に関しては全くレイは悪くないのだけれども、あまりにも自分との差が酷過ぎて、くそぅやっぱり羨ましいのだ。

 そんなあらゆる面において恵まれた憎らしい主要キャラ様は、一介のモブ女Aの至近距離で口を開いた。

「君の名前教えて?」
「無いです」

 つい条件反射で答えてしまって私の感情は瞬く間に、妬み!僻み!ないものねだり!の三拍子から焦りに変わる。

 でも無いものは無いから仕方がないのだ。
 無いから、無いって言うしかないのだ。
 ゲシュタルト崩壊しそう⋯⋯。

「ない?」
「はい、無いです。無い!」

 強いて言うのならばAですかね名称!あはははは⋯⋯しんどいよぅ。

 いったいどこの誰が、モブ転生した時用の名前を考えるのだろうか?もしかしたら考える人が居るのかもしれないから一応謝っとくね、ごめんね。
 少なくとも私は考えてなんかいなかったし、思い付きもしなかったんだ。
 個人的に優先順位は、名前よりも目だったから。

 だから無いと言うしかないのだ。
 名乗れる名前が無いから。

 生前の名前を使う?
 え~⋯⋯なんか嫌じゃんそれ乙女ゲームみたいでさ。乙女ゲームなんだけれどね。

 それはそれで、これはこれなのよ。

 開き直って脳内自虐をしてしまったせいで、変にテンションが振り切れていた私は、ちょっと取り返しの付きにくいことをしたようで。

 ワンテンポ、それに気が付くのに遅れてしまった。

「ナイ、ね。名前も変わってるんだ」

 変わらず至近距離で、ふっとさっきとは比べ物にもならないくらい自然に笑ったレイ。

 もうなんか何もかもが白い人が笑った時の破壊力ってなに?!人じゃないでしょ精霊でしょっっ?!という具合に、それはもう凄まじく美しい笑顔だった。

 透けるような色素の薄いまつ毛から、綺麗に覗く紫色の目。
 顔のパーツの黄金率も、これ以上ないくらいに完璧。

 これが主要キャラとモブの間にある、埋まりようもない格差です。
 乗り越えられる気もしなければ、乗り越える気も起きない。

 いくら私がモブでもこれはちょっとうっかり?勘違いしちゃって?ドキドキしちゃうなぁ、ときめくかもしれないなぁって思って⋯⋯⋯⋯待って。

「違う違う違う!ナイじゃなくて無い!」
「うん?だからナイでしょ」
「ちがぁーう!無いの!無いんです!名前が無いの!」

 なんて事だ!ここに来て見えないメッセージウィンドウみたいなのが、不具合起こした!
 システムエラーですか?ねぇ、ちょっと勘弁してよぉ。

「ナイン?」
「無・いです!無い!無いの!」

 お願いだから漢字変換してください王子様!

 漢字と言う概念がなくてもいいから、現在お住みのお国のお使いのお言葉で、"無い"もしくはそれに類義する単語で変換でもいいです!

 私が言った通りに変換して!今だけでいいから!お願い!

 必死で「ナイじゃないの無いなの!」と、傍から見たら頭の悪い弁解をするも虚しく、

「ん~……よく分かんないからナイって呼ぶよ」

 ニコってまたひと笑いしてきて、私の記憶に芸術作品が一つ増えた。

「(嘘でしょ⋯⋯。名前"が"無いって言ったら、名前"を"ナイにされた)」

 優先順位が目よりも低かっただけで、焦がれてやまない物の一つである、固定名が"ナイ"とか嫌だ!

 ここファンタジーですよ。
 もっとさ、こうさ、ハンナとかレイチェルとかジョセフィーヌとか、如何にもな名前がわんさかいる中での、私"ナイ"???

 どうするよ?将来運良く脱モブ出来て貴族の仲間入りを果たしたとして、舞踏会とかお茶会とかでさ、

「初めまして、わたくしどこぞのなんとか家のナイと申しますの~。以後お見知りおきを~うふふふふ」

 とか自己紹介したら、周りのご令嬢達もびっくりしちゃうよ!
 「え……ナイですの?そ、そうですの~。素敵なお名前ですこと~おほほほほ」とか苦笑いされちゃうじゃんか。地味にお互い気まずくなっちゃうやつじゃんか!

 しかも私、攻略対象のThe主要キャラ様直々に、"ナイ"って認識されてしまっている。
 なんでだろう?さっきから、すっっごい嫌な予感しかしないのだ。

 あんまり考えたくないけれど、主要キャラの言う事って結構権限があると思うのだ。あとでステータス絶対に確認しておこう。

「(ただのあだ名扱いかもしれないし!)」

 道はまだある、諦めないで私!

 そう私が思っているなんて当然レイは知らない訳だから、一方的に私をナイと呼んで尚も話しかけて来た。

「ねぇ、ナイ。君、王宮に来ない?」
「殿下ぁっっ?!」

 再びの脳内「はい?」と、ヴァルデの驚愕した「殿下ぁっっ?!」が綺麗にハモった。
 この人居たの忘れてて、ちょっとだけびっくりしたのは内緒ね?
 そんな事はいいんだ。気付かれていないのならば、即ちそれは無かった事なんだから。

 それよりも、いまめちゃくちゃ「一緒にトイレに行きましょう」的なノリで王宮にスカウトされたんだが⋯⋯。

「(え、危機感って物がないのかな?この王子様は)」

 得体の知れないモブ女Aを、易々誘う普通?
 私が王子様なら絶対誘わないし、恐らくヴァルデも誘わないと思う。

 もしかしてツェルの封印さえなければ、将来は世界最強になっていたかもしれないくらいには、レイは魔力の高さで突飛出ているって設定だった筈だから、まだかなり若いけれどもう自分の身は自分で守れるのかもしれない。
 実際ツェルとかの個別ルートで、レイの強さにかなり苦戦する描写があったし。

 だからこその軽率さなのかもしれないけれど、この人いつか絶対後ろから刺されると思う。
 或いは不意打ちで痛い目を見ると思うの。

 状況だけを見たのならば、パン屋の店員よりも遥かに王宮で働く方が割には合っている。暮らしも今よりずっと良くなるのだろう。
 恐らく住み込みだろうから、素敵なお城で暮らせるのだ。

 だから、私の返答は勿論決まっていた。

「行かないです」

 一択に決まっている。

「どうして?」

 まさか断られるとは思っていなかったようで、レイが呆気に取られた表情を浮かべた。
 凄いよ、この顔すら芸術作品みたいだよ。
 主要キャラ様、凄いな。

 正直王宮へのお誘いは、かなり魅力的ではあった。
 この世界のシナリオはほとんどお城で起きていたから、普通に下町でモブとして生きているよりも遥かに脱モブへの道も広がりそうだったし。

 けれどもそんな魅力を捨ててでも、この人とはあんまり関わりたくないのが本音だった。

 見た目とか今の状況から察するに、たぶんレイは16歳で確定だと思う。
 ゲームの正式な年月ーーこれから施されるであろうレイの封印が解けて大暴れするのは、丁度この人が20歳の頃。

 つまり、あと4年後の世界。

 まだ現段階では、未来に起きる話扱いだろうし。
 そもそも本来この世界に居る筈がないモブの私と、レイが遭遇してしまっている時点で、シナリオ外の事が起きちゃってはいるから、今後確実に起きるかどうかも分からないのだけれども。

 でもレイには一方的に、同胞達(一言でお星様になったモブ達の事)の恨みがあるのだ。
 あと主要キャラだし。
 やっぱり妬ましすぎて死にそうになっているし、と言うかモブが主要キャラの近くに居るって、絶対にろくな事にならないだろうし。

 故に、極力お近付きになりたくない。
 モブ転生してしまっているけれども、せめて平和にだけは生きたい。

 「私は私で地道に他の方法で脱モブルートを探すので、あなたはあなたで他所でよろしくやっててくださいね」って事なのです。

 だから私は、

「申し訳御座いませんお客様。私にはこの仕事があるので、折角のお誘いでは御座いますが、辞退させて頂きます」

 訳「パン屋で働いているので間に合ってます!王宮には行かないです!」と返した。

 残念だったなアシュレイ・スティロアビーユ!
 半月早ければお前の誘いにも乗ってやったさ!
 でもいま私は自力で職を見付けたから、お前の提案なんかお呼びじゃないんだよ!一昨日来やがれ!

 脳内で高笑いをしていたのが、まずかったのかなんなのか。
 私は根本的な問題を、自分が置き去りにしていた事に気が付けなかった。

 このレイって王子様は、"気に入らないことはとりあえず潰す"型の人間だ、と言う事を。

「仕事ってこのパン屋で?」

 そもそも彼がここに来た当初の目的は、"パン屋を潰す"なのだ、と言う事を。

 と思い出した頃には時すでに遅し。
 
 ほんの少し私から距離を開けたレイはにっこり笑顔を作って、私の脳内美術館にまた一つ作品を展示して。

「これ邪魔だからいらないね」

 爆音、爆撃。



 "自動お着替え機能"なんて比べ物にもならないくらいに、凄まじい閃光がパン屋を埋め尽くして、私は堪らず目元付近を両手で覆った。

 勢いが良すぎて空気の塊になった風が全身を包むから、立っているのすらやっとだった。

 そして光が収まる頃には、



 "パン屋が主人ごとごっそりなくなっていた"のだ。



 一瞬だった。
 レイの思い切りの良さを舐めていたしこの世界の魔法の技術だって、実際言う程凄くないんでしょー?
 だって私転生してからまだ魔法の類見てないもん。本当に存在してるの???正直しょぼいもんでしょへへっっ、とか考えていた程度には舐め腐っていて。

 そんな私に比べると、レイの方がずっと一枚も二枚も三枚もぶっ飛んだ行動をし易くて、レイの方がずっとこの世界にも魔法にも順応しているのだ。

 この人は主要キャラなんだって勝手に脳内で喧嘩を売っていたけれど、主要キャラだからこそ、何よりも警戒しなくちゃいけなかったのだ。

 だって私、モブだから。

 シナリオ通りに、しかも呪文の類を一切言っていなかったから恐らく無詠唱で、パン屋を恐らく強烈な"光魔法"でぶっ潰したレイは、

「ナイの仕事無くなっちゃったね」

と、無邪気に言い放ったのだった。

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