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第1章

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「む。何の騒ぎだ?」

海からの帰り、その日宿泊する予定の宿の付近で、荒れる声が耳に入る。

冷たい男の声と、それにすがりつくような感情的な女性の声。

「さぁ?痴話喧嘩かなんかじゃない?」

そんな事よりも、早く宿に戻ろうよ。僕、もうくたくたなんだけど…っとセシル君は、げんなりさせた顔で呟いている。

「しかし…宿の前で騒いでいるからな…」

どうしたものか…とルドルフさんが、顎に手をあて思案している。私も、そちらへと目をやる…

「あれ?ヴォルフ?」

先に戻った筈のヴォルフの姿。男の声は、ヴォルフだった。…私は、ヴォルフのあんなに冷たい声を、聞いた事がない…。

「それに…」

すがりつくように泣いているのは…女性というより…少女?私より、背中姿しか見れないけれど、少し下の…金色のふわふわとした長い髪が、街灯の下でキラキラと光輝いている。

「…ヴォルフ?…何?別れ話のもつれとか何か?ほんっと…いい加減にしてよね。」

イライラとした様子で、セシル君が顔をしかめる。

「このままでは、中に入りずらい上に、宿にも迷惑がかかるな。私がなんとかしてくる。二人は此処で待っていてくれ。」

ルドルフさんが、私とセシル君をその場に残し、ヴォルフと少女?の元に行ってしまった。

「此処。あいつの生まれ育った街だからね。大方、昔の恋人の一人に見つかって詰め寄られてるんじゃないの?」

呆れたように話すセシル君。
ヴォルフの生まれ育った街。
そうなんだ。だから、この街の案内をかってでてくれたり、常連なお店があったりしたんだ。

街を見て、時折、眉をしかめていたヴォルフの横顔が思い出された。

「ほら。行くよ。なんとかなったみたい。」

ぼーっとしていた私の腕を、セシル君が手に取り歩きだす。少女は、お付きの人らしき初老の男性に手を引かれ、馬車に乗り込むところだった。そしてヴォルフは…

無感情な顔を少女に向け、直ぐに踵を返し宿へと入っていく。

「…。捨てた女には、興味がない…ていう事か。ほんっと…酷い奴。」

苦々しくセシル君が呟いた。
私は、黙ってそれを聞き。

ヴォルフの背中を目で追った。



◇◇◇


眠れない。
昼間の出来事や、宿の前で目にした光景が気になって…とてもじゃないけど眠れそうにない。

優しかったり、蠱惑的だったり、軽い軟派男かと思えば、悲痛な面持ちで拒絶や懇願をしてくる…。

気遣ったりチャラけたりする姿ばかり見てきたけど…あんな風に冷たく…無感情な顔で人を見る事もあるんだ…。

この街に着いてから、ヴォルフの知らない顔ばかり目にしている。

…ううん。

私、ヴォルフの事…何も知らない。


ー知りたい。



そう心で呟くとともに、私の足は、ヴォルフの部屋へと向かっていた。





ーコンコン。

扉を軽くノックしてみる。


返事は、ない。
もう寝ちゃったのかな。

自分の部屋に戻ろうかと、手を卸した時

ーヴッ…ヴぁああぁ!!

っと呻く声が、聞こえた。

「ヴォルフ?どうしたの?」

扉に手をかけ、中にいるヴォルフに問いかける。

ーヴぅううっ… ああぁああ!!

返事の代わりに聞こえてくるのは、苦しそうな呻き声。

ー扉に鍵は…かかって…ない!

「ヴォルフっごめん!勝手に入るよ!」

ガチャっと扉を開け、中に入る。
部屋の中の明かりは、消えていて、閉ざされたカーテンの隙間から、微かに月の光が零れている。


「…っじょう…さん?」

掠れるように聞こえるヴォルフの声。

「ヴォルフ?どうしたの!?すごく苦しそうな呻き声が聞こえて…それで私…」
「帰れ。」

底冷えのするような冷たさを孕んだ声が、静かに落とされた。

「…ヴォルフ?」

「何故、此処に…きた。」

ーそれは…。此処に来てしまった理由。それを思い浮かべ、私は言い淀む。

「そんな事よりヴォルフ、どこか悪いんでしょ!?大丈夫なの!?」

ベッドの端に座り呻く、ヴォルフの影にソッと手を伸ばす。

「…ッ!来るな!俺に触れるな!ほっといてくれ!!」

拒絶の声が、部屋に響く。暗がりの中でも、荒々しく肩で息をし、苦しんでいる様子が伺える。


「そんなに苦しそうにしてるのに…ほっとけるわけないでしょ!!」

ヴォルフの肩に手をおき、その顔を確認しようと覗き込んだ。

「止めろ!」

そう呻き、手を払われた時…カーテンも共に開く。


そこにあったのは、卸された銀髪に…警戒されたようにピンと立つ2つの獣の耳…そして外された眼帯と、私を見つめる金色と銀色の瞳。


美しい銀狼が、苦悶の表情を浮かべ、私を見つめていた。
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