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Period 1 ならまちを知りましょう。
第1話 葛まんじゅう
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「はぁ、はぁ、ふぅっ。はぁ、はぁ、ふぅっ」
息を切らしながら自転車を漕ぐ。息を吐くたびに白い煙が現れ、すぐに姿を消す。
「あと、もうちょっと……」
変速を変えようなどと意識したことは自転車に乗り始めてから一度もない。ずっと「3」表記のままだ。程よい足への負担と、それに比例する一漕ぎの進みがなんとも表現し難い心地良さなのだ。
「あれ、待って。なんでないの……?」
目的地が見えない。道は確か間違ってはいないはず。なら、なんで? いや、単純に道を間違えただけか。いつもの私の謎の小反抗。絶対私は悪くない、間違ってなんかなかった、と。思い返してみればスマホの経路検索では一直線だったはずなのに何回も曲がり角で曲がった記憶がある。
「やらかした」
誰かに聞いて欲しかったわけでもなく、ぐるぐると大蛇のように絡みついたモフモフの毛糸のストールの中で呟く。どうやって来たのかもう完全に忘れてしまった。これはいわゆる「迷子」というやつなのか。だけど、このままじゃ家に帰ることすらもままならない。私が方向音痴なのはついさっき再確認した。とにかく覚えている道まで帰ろう、その道中で誰かいたら、道を尋ねることにしよう。
まぁ……こんな田舎の山の夕方に誰かがいるとは思えないけど……。
数分自転車を走らせていると、第一村人を発見した。「フラグ回収が早い」とはよく友達に言われる。第一村人の女の子はヘッドホンをしていて、防寒対策ばっちりと言わんばかりに上着を着込んでいた。背は私よりの肩くらいしかなく、小さい。可愛い。
「あの、ここってどこですか?」
ヘッドホンの少女は私の声に気付かない。
「あーのーー!」
迷惑になるほど大声を出して、ようやく少女はヘッドホンを外した。露骨に嫌そうな顔を貼り付けながら。
「なに?」
「ここってどこですか?」
「どこって、奈良」
「知ってるよ」
私がそう言うと、また少女は眉間に皺を寄せた。もしこの子が女の子じゃなくて、可愛くないような子ならばイライラしていたろう。けど、可愛さが癒しを与えてくれるから良し。人間がやったらヤバいようなことを犬や猫がしても可愛いと思うだけの、そんな感じに似ている。だから、普段はみんなから「イケメン」と形容される私の言動や仕草、口調もいつもとは若干違う。
「私さ、つい最近あの、なんて言うんだっけ。ほら、修羅場がいるところ!」
「えらい物騒だな。阿修羅でしょ。興福寺の」
「そうそれ! その近くでお母さんとお父さんが定食屋さんを開くんだ。で、そこが新しい家になるわけなんですが……ここはどこでしょう」
恐らく年下の少女にこうべを垂れるのは我ながら何やってんだと思うが、帰れなくなって鹿の餌になるよりはマシだ。
「ここは若草山なんだけど。どう頑張ったら道に迷うの」
「あれ? なんだぁ、じゃあ合ってたんだ。一つだけ色が違う山があるなって思って気になって来てみたんだよ。でも着いたら無くて……って、着いたら見えないのは当たり前か! そうだ君、名前は?」
少女はうんざりした様子でスマホを取りだして、音楽を切ったようだ。ヘッドホンを完全に外して首にかけた。真面目に話を聞く気になってくれて嬉しい。
「私は……秋月紗穂。ここのちょっと上に行ったところで家がお土産屋やってる」
「へー凄いね! 行ってもいい? お金はちゃんと持ってるから!」
「えぇ……まあお金落としてくれるんならいいけど……」
小学生くらいなのにずる賢いな、こやつ。けど、可愛い子にはお金を落とすというのは自然の摂理だ、と教えてくれたのはお妃だ。
「ここからどのぐらいなの?」
私は自転車を押しながら舗装された道を歩き出した。秋月さん(一応案内してくれるし敬称でいこうや)も私の前を歩きだした。
「五分もないんじゃない?」
「そうなんだ。秋月さんは何してたの?」
「散歩。家にいて自分のことやってたら婆ちゃんが『店を手伝え』ってうるさいから」
おばあちゃんっ子なのだろうか。ドラマのような壮絶な過去があったら申し訳ないし何も触れないでいた。彼女に気を遣わせたくない。
「あなたは……名前教えてよ。話しづらい」
「あっ、ごめんね。私は夕凪春夏ですっ」
「春夏、ね。それで春夏は高校入学だから奈良に来たとか?」
今は三月中旬だ。そう思われても仕方ない。まぁ合ってるんだけど。
「そうだよ。金幹高校なんだ」
「金幹……賢いんだね。県外……だったら公立受けれないから、どこから越して来たの?」
「御所だよ。奈良市って意外と都会なんだね。近くにイオンないのが残念だね。買い物とかどこ行ってるの?」
「買い物……あんまり行かない」
オウ……。そっか、別にそういう子もいるよね。
「そっか。お店に鹿ってよく来るの?」
「うん、それは毎日たくさんいらっしゃるよ」
こんな涼しい、というより寒い夕方なのに、心がポカポカしてきた。あ、そうだ。お母さんに連絡しておかないと。スマホを開いて電話する。
「お母さん、今道に迷って若草山にいるんだけどね」
『またやってんのかいアンタ。それで、迎えに来い、と』
「違う違う。なんか女の子がいたからさ、ちょっと匿ってもらってから送ってもらう」
『迷惑かけないようにしてよね。晩ご飯は大和ポークを使ったカレーよ』
「わーい」
そう一言言い残して電話を切った。お母さんもお父さんもこんな風に適当な人だ。だからこんな適当な子どもが生まれたのだと納得している。
「ちょっと……送るって何?」
「えっ、ダメだった?」
「いや……、別にいいけど。もう見えたよ」
秋月さんが指差した方に、小さな建物があった。本当に普通の一軒家と同じぐらいの規模だった。看板には「土産屋 あき月」と書かれていた。
「婆ちゃん、ただいま」
「もう、どこ行ってたんや。……おや、どこの嬢ちゃんかな?」
店の中から杖を突くこともなく元気にお婆ちゃんが出てきた。白髪にはクルクルとパーマがかかり、老眼鏡と思わしきレンズの奥からは鋭くも優しい眼光が覗く。
「そこで拾った。なんか御所から引っ越してきたみたいなんだけど、興福寺の近くの定食屋の娘らしい。お茶一杯飲んだら送りに行ってくるよ」
「あたしが送るからゆっくりしていきな。興福寺に着く頃には日が暮れとるやろ。そんな暗い中で女が歩いとったら危ない。自転車はトランクに積んだらええわ。わらび餅でええかな?」
「ありがとうございますっ!」
なんと親切丁寧なお婆ちゃんなのだろう。冷えた身体を溶かしてくれるほど温かい緑茶と、透き通ったわらび餅。そしてそこにきな粉がふんだんにかかっている。見た目は完全に宝石だった。この時間のお菓子は腹に毒というもの。だけど、私は素晴らしいことに太らないのだ!
「なんこれ、美味しっ!」
爪楊枝で、わらび餅をきな粉にたくさん絡めて食べる。もちゃもちゃと咀嚼していくうちに口の中に優しいきな粉の味が広がっていく。スーパーとかで買うようなわらび餅とは完全に違う。これは、本物だ……。
「秋月さん! これめっちゃ美味しいよ! スーパーのと全然違う!」
すると秋月さんは目を丸くして、それから微かに笑った。その微笑みが、普通にしている時とは違って、あまりにも上品で華麗だった。
「そりゃそうだよ。これは吉野本葛を使ってるから。葛って聞いたことあるでしょ?」
私はうんうん、と頷く。私の住んでいた御所市は葛が有名で、工場も葛製品の加工工場もあるくらいだ。
「スーパーのはあれは葛を使ってないんだよ。でんぷん、つまりじゃがいもだよ」
「えぇぇぇぇぇ!!!」
お母さんの嘘吐き。あれを本物のわらび餅と信じ切っていた己が恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「知らなかったんかい……」
「でも、教えてくれてありがとうね!」
「……別に。早く食べて家に帰るんでしょ?」
「あ、そうだっ」
堪能している時間はない。でも、また来れば良いだけの話だ。今度は絶対に道を間違えることなく来たい。
「秋月さん、ここの住所教えてよ。絶対にまた来るからさ」
「遠いよ? 割と登らなきゃなんないし」
「いいの! 今日助けてもらったんだし! あ、そうだ。何かお母さんにお土産買っていこうと思うんだけど、何が良いと思う?」
秋月さんはうーんと悩んだ。後ろから、お婆ちゃんが車のキーを持った指で一つの商品を指した。その先には葛まんじゅうが12個入った箱があった。葛まんじゅうというのは、わらび餅の食感がする大福のようなものだ。中にあんこが入っている。一回もらいものでもらったことがある。
「分かりました! 買います!」
「はいよ。一箱で800円ね」
「はい!」
「おおきに~」
手提げのビニール袋をもらって、お婆ちゃんの軽バンに乗り込んだ。何歳なのか分からないが、豪快なお婆ちゃんだなぁと思った。車の中で秋月さんと連絡先を交換した。ようやく身に覚えがある場所まで降りてきた。ライトアップされた池は確か猿沢池と言ったか。
「この辺です」
「ここまではお母さんに迎えに来てもらい。来るまで車で待っとき~」
ダジャレなのか素で言ったのか分からないが、それに相当ツボったらしく、秋月さんは声を殺して死にそうな表情で四肢をジタバタさせていた。
程なくしてお母さんが迎えに来てくれた。
「本当にご迷惑をおかけしました! うちの娘がすみません……。思い立ったらすぐ行動、って頭脳直結型の馬鹿なんで。ちゃんと言っておきます」
「アクティブな女の子はええことですよ。それにしてもええとこに店構えるんですね」
「あぁ、そうなんです。主人の知り合いに譲っていただきまして」
「また食べに行かせてもらいますね」
「是非っ! あっ、私たちもまたそちらに伺いに行かせていただきます」
お婆ちゃんと秋月さんに手を振り、軽バンが見えなくなったところで、お母さんに酷いげんこつをくらった。
「アンタ何回勝手にどこかに行くなって言ったら気が済むの?」
「すみません……これで許してください……」
伝家の宝刀、葛まんじゅうを差し出す。お母さんは中身を確認して、私を抱きしめた。
「よくやった。葛まんじゅうに免じて許してやる。宏樹くんも喜ぶだろうね~」
今日はこの美味しい美味しい葛まんじゅうが救世主になってくれた。秋月さん、楽しそうにしてくれてたな。私も一緒に話してると楽しかったし、また会いたいな。
息を切らしながら自転車を漕ぐ。息を吐くたびに白い煙が現れ、すぐに姿を消す。
「あと、もうちょっと……」
変速を変えようなどと意識したことは自転車に乗り始めてから一度もない。ずっと「3」表記のままだ。程よい足への負担と、それに比例する一漕ぎの進みがなんとも表現し難い心地良さなのだ。
「あれ、待って。なんでないの……?」
目的地が見えない。道は確か間違ってはいないはず。なら、なんで? いや、単純に道を間違えただけか。いつもの私の謎の小反抗。絶対私は悪くない、間違ってなんかなかった、と。思い返してみればスマホの経路検索では一直線だったはずなのに何回も曲がり角で曲がった記憶がある。
「やらかした」
誰かに聞いて欲しかったわけでもなく、ぐるぐると大蛇のように絡みついたモフモフの毛糸のストールの中で呟く。どうやって来たのかもう完全に忘れてしまった。これはいわゆる「迷子」というやつなのか。だけど、このままじゃ家に帰ることすらもままならない。私が方向音痴なのはついさっき再確認した。とにかく覚えている道まで帰ろう、その道中で誰かいたら、道を尋ねることにしよう。
まぁ……こんな田舎の山の夕方に誰かがいるとは思えないけど……。
数分自転車を走らせていると、第一村人を発見した。「フラグ回収が早い」とはよく友達に言われる。第一村人の女の子はヘッドホンをしていて、防寒対策ばっちりと言わんばかりに上着を着込んでいた。背は私よりの肩くらいしかなく、小さい。可愛い。
「あの、ここってどこですか?」
ヘッドホンの少女は私の声に気付かない。
「あーのーー!」
迷惑になるほど大声を出して、ようやく少女はヘッドホンを外した。露骨に嫌そうな顔を貼り付けながら。
「なに?」
「ここってどこですか?」
「どこって、奈良」
「知ってるよ」
私がそう言うと、また少女は眉間に皺を寄せた。もしこの子が女の子じゃなくて、可愛くないような子ならばイライラしていたろう。けど、可愛さが癒しを与えてくれるから良し。人間がやったらヤバいようなことを犬や猫がしても可愛いと思うだけの、そんな感じに似ている。だから、普段はみんなから「イケメン」と形容される私の言動や仕草、口調もいつもとは若干違う。
「私さ、つい最近あの、なんて言うんだっけ。ほら、修羅場がいるところ!」
「えらい物騒だな。阿修羅でしょ。興福寺の」
「そうそれ! その近くでお母さんとお父さんが定食屋さんを開くんだ。で、そこが新しい家になるわけなんですが……ここはどこでしょう」
恐らく年下の少女にこうべを垂れるのは我ながら何やってんだと思うが、帰れなくなって鹿の餌になるよりはマシだ。
「ここは若草山なんだけど。どう頑張ったら道に迷うの」
「あれ? なんだぁ、じゃあ合ってたんだ。一つだけ色が違う山があるなって思って気になって来てみたんだよ。でも着いたら無くて……って、着いたら見えないのは当たり前か! そうだ君、名前は?」
少女はうんざりした様子でスマホを取りだして、音楽を切ったようだ。ヘッドホンを完全に外して首にかけた。真面目に話を聞く気になってくれて嬉しい。
「私は……秋月紗穂。ここのちょっと上に行ったところで家がお土産屋やってる」
「へー凄いね! 行ってもいい? お金はちゃんと持ってるから!」
「えぇ……まあお金落としてくれるんならいいけど……」
小学生くらいなのにずる賢いな、こやつ。けど、可愛い子にはお金を落とすというのは自然の摂理だ、と教えてくれたのはお妃だ。
「ここからどのぐらいなの?」
私は自転車を押しながら舗装された道を歩き出した。秋月さん(一応案内してくれるし敬称でいこうや)も私の前を歩きだした。
「五分もないんじゃない?」
「そうなんだ。秋月さんは何してたの?」
「散歩。家にいて自分のことやってたら婆ちゃんが『店を手伝え』ってうるさいから」
おばあちゃんっ子なのだろうか。ドラマのような壮絶な過去があったら申し訳ないし何も触れないでいた。彼女に気を遣わせたくない。
「あなたは……名前教えてよ。話しづらい」
「あっ、ごめんね。私は夕凪春夏ですっ」
「春夏、ね。それで春夏は高校入学だから奈良に来たとか?」
今は三月中旬だ。そう思われても仕方ない。まぁ合ってるんだけど。
「そうだよ。金幹高校なんだ」
「金幹……賢いんだね。県外……だったら公立受けれないから、どこから越して来たの?」
「御所だよ。奈良市って意外と都会なんだね。近くにイオンないのが残念だね。買い物とかどこ行ってるの?」
「買い物……あんまり行かない」
オウ……。そっか、別にそういう子もいるよね。
「そっか。お店に鹿ってよく来るの?」
「うん、それは毎日たくさんいらっしゃるよ」
こんな涼しい、というより寒い夕方なのに、心がポカポカしてきた。あ、そうだ。お母さんに連絡しておかないと。スマホを開いて電話する。
「お母さん、今道に迷って若草山にいるんだけどね」
『またやってんのかいアンタ。それで、迎えに来い、と』
「違う違う。なんか女の子がいたからさ、ちょっと匿ってもらってから送ってもらう」
『迷惑かけないようにしてよね。晩ご飯は大和ポークを使ったカレーよ』
「わーい」
そう一言言い残して電話を切った。お母さんもお父さんもこんな風に適当な人だ。だからこんな適当な子どもが生まれたのだと納得している。
「ちょっと……送るって何?」
「えっ、ダメだった?」
「いや……、別にいいけど。もう見えたよ」
秋月さんが指差した方に、小さな建物があった。本当に普通の一軒家と同じぐらいの規模だった。看板には「土産屋 あき月」と書かれていた。
「婆ちゃん、ただいま」
「もう、どこ行ってたんや。……おや、どこの嬢ちゃんかな?」
店の中から杖を突くこともなく元気にお婆ちゃんが出てきた。白髪にはクルクルとパーマがかかり、老眼鏡と思わしきレンズの奥からは鋭くも優しい眼光が覗く。
「そこで拾った。なんか御所から引っ越してきたみたいなんだけど、興福寺の近くの定食屋の娘らしい。お茶一杯飲んだら送りに行ってくるよ」
「あたしが送るからゆっくりしていきな。興福寺に着く頃には日が暮れとるやろ。そんな暗い中で女が歩いとったら危ない。自転車はトランクに積んだらええわ。わらび餅でええかな?」
「ありがとうございますっ!」
なんと親切丁寧なお婆ちゃんなのだろう。冷えた身体を溶かしてくれるほど温かい緑茶と、透き通ったわらび餅。そしてそこにきな粉がふんだんにかかっている。見た目は完全に宝石だった。この時間のお菓子は腹に毒というもの。だけど、私は素晴らしいことに太らないのだ!
「なんこれ、美味しっ!」
爪楊枝で、わらび餅をきな粉にたくさん絡めて食べる。もちゃもちゃと咀嚼していくうちに口の中に優しいきな粉の味が広がっていく。スーパーとかで買うようなわらび餅とは完全に違う。これは、本物だ……。
「秋月さん! これめっちゃ美味しいよ! スーパーのと全然違う!」
すると秋月さんは目を丸くして、それから微かに笑った。その微笑みが、普通にしている時とは違って、あまりにも上品で華麗だった。
「そりゃそうだよ。これは吉野本葛を使ってるから。葛って聞いたことあるでしょ?」
私はうんうん、と頷く。私の住んでいた御所市は葛が有名で、工場も葛製品の加工工場もあるくらいだ。
「スーパーのはあれは葛を使ってないんだよ。でんぷん、つまりじゃがいもだよ」
「えぇぇぇぇぇ!!!」
お母さんの嘘吐き。あれを本物のわらび餅と信じ切っていた己が恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「知らなかったんかい……」
「でも、教えてくれてありがとうね!」
「……別に。早く食べて家に帰るんでしょ?」
「あ、そうだっ」
堪能している時間はない。でも、また来れば良いだけの話だ。今度は絶対に道を間違えることなく来たい。
「秋月さん、ここの住所教えてよ。絶対にまた来るからさ」
「遠いよ? 割と登らなきゃなんないし」
「いいの! 今日助けてもらったんだし! あ、そうだ。何かお母さんにお土産買っていこうと思うんだけど、何が良いと思う?」
秋月さんはうーんと悩んだ。後ろから、お婆ちゃんが車のキーを持った指で一つの商品を指した。その先には葛まんじゅうが12個入った箱があった。葛まんじゅうというのは、わらび餅の食感がする大福のようなものだ。中にあんこが入っている。一回もらいものでもらったことがある。
「分かりました! 買います!」
「はいよ。一箱で800円ね」
「はい!」
「おおきに~」
手提げのビニール袋をもらって、お婆ちゃんの軽バンに乗り込んだ。何歳なのか分からないが、豪快なお婆ちゃんだなぁと思った。車の中で秋月さんと連絡先を交換した。ようやく身に覚えがある場所まで降りてきた。ライトアップされた池は確か猿沢池と言ったか。
「この辺です」
「ここまではお母さんに迎えに来てもらい。来るまで車で待っとき~」
ダジャレなのか素で言ったのか分からないが、それに相当ツボったらしく、秋月さんは声を殺して死にそうな表情で四肢をジタバタさせていた。
程なくしてお母さんが迎えに来てくれた。
「本当にご迷惑をおかけしました! うちの娘がすみません……。思い立ったらすぐ行動、って頭脳直結型の馬鹿なんで。ちゃんと言っておきます」
「アクティブな女の子はええことですよ。それにしてもええとこに店構えるんですね」
「あぁ、そうなんです。主人の知り合いに譲っていただきまして」
「また食べに行かせてもらいますね」
「是非っ! あっ、私たちもまたそちらに伺いに行かせていただきます」
お婆ちゃんと秋月さんに手を振り、軽バンが見えなくなったところで、お母さんに酷いげんこつをくらった。
「アンタ何回勝手にどこかに行くなって言ったら気が済むの?」
「すみません……これで許してください……」
伝家の宝刀、葛まんじゅうを差し出す。お母さんは中身を確認して、私を抱きしめた。
「よくやった。葛まんじゅうに免じて許してやる。宏樹くんも喜ぶだろうね~」
今日はこの美味しい美味しい葛まんじゅうが救世主になってくれた。秋月さん、楽しそうにしてくれてたな。私も一緒に話してると楽しかったし、また会いたいな。
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