上 下
9 / 13
Season.01 戒晴

Diary.08 色香に弟──teenage dream,

しおりを挟む
 ──眠りから覚めると、隣で姉が眠っていた。
 僕を抱き枕か何かだと勘違いしているのか、僕の頭を自分の胸の谷間へと抱き寄せている。柔らかい。良い匂いがする。誰が今の僕と同じ状況になったとしても感じるだろう感想しか浮かばない。欲情なんてもっての他。とにかく抱き寄せる力が強すぎて窒息しそうだ。
 またかよ。
 そんな感じ。美しくて麗しい姉は弥生やよいの一時のみで、もうそれも終わってしまった。今は卯月うづきが始まり、姉も卯月と化している。もうそれはただの比喩なんかではなくて、八日前から事実として刻まれ続けている。
「卯月、起きて。その、苦しいから」
 そろそろ限界と臨界が見え始めている。バタバタ、ドンドンととりあえずのたうち回ってみる。そこはさすがに素直に解放してくれた。卯月の卯月はとにかく優しいから。
「……ん。……おはよう、あおい。今日も元気だねぇ」
 目を瞑ったまま口の端を上げて卯月が言う。容姿は年中変わらずこのただのモデルやアイドルよりも可愛い顔と最高のスタイル。いやその、全っ然気にしてないから。実の姉のルックスなんか正直どうでもいいから。
 ダメだ、またこの無防備なことを咎めるのを忘れていた。というか無防備以前にわざわざ僕の部屋まで入ってきてその上ベッドの中に入ってくるなんて。
「だからさ、何回も言ってるでしょ」
「ごめんごめん。朝ご飯でチャラね。あーさごーはんつっくりましょー」
 自由の女神か。マジで自由すぎる。
 僕のベッドに正座を崩したような座り方で大きく欠伸あくびを一つ。ボサボサの天然パーマの短髪を掻く。この女はアロマディフューザーかよと思うくらいまた良い匂いがする。そして立ち上がって部屋を出て階下へ下りていってしまった。まるで一人の動物をウォッチングしているみたいだ。巷では女優やモデルのモーニングルーティーンとやらが流行っているが、こんなもの見せられない。いや、これもまたギャップというやつなのか?
 少しの間ボーっとした後、僕も部屋着姿のまま階段を下りていった。いつもより早めな起床は、完全になんとなくだ。別に今日が入学式だからというわけではない。確かに、高校生になることには胸を高鳴らせてはいるが。
 もう高校生だと言うことを考えると、気分が高揚する。卯月の作る朝ごはんの香りが鼻腔を掠める。卯月の朝ごはんがあればさらに上乗せして気分が高鳴る。それが空野そらの卯月の料理であり、かつ空野卯月である。
「眠たいわね~、ふぁぁ~。今日が入学式なんだっけ? はい、おみそ汁」
 カウンター越しにみそ汁の入ったお椀を受け取り、ダイニングに着席した。
「お母さんもお父さんも帰って来れなくて残念。でも安心して、私がいるわ」
 卯月は自分の分のみそ汁を掬うためにおたまを持っていたのに、それをぶんぶん振って僕に突き付けてくる。お行儀が悪いからやめような。気持ちは確かにありがたいけど。
 お母さんもお父さんも同じ職場で働いているのに、二人とも海外で働いているからなかなか帰って来ない。二つ年上の卯月がいてくれるし、必要なものは全部勝手に銀行に振り込まれているから心配はない。それに卯月がいてくれていることで、僕はなんというか。……寂しくはない。空野卯月という人物が騒がしくて喧しくてけたたましいから、こっちも全く暇はしない。
「昨日はお姉ちゃん、眠れなかったわ……」
「いやめっちゃ寝てたじゃん」
 そう、僕のベッドでな。
 ああいうのが毎日続くと、「今日もか」という呆れの方が勝ってしまい、15歳に標準装備されている煩悩もはたらいて許してしまいそうになるが、ダメだ。相手は実の姉。手を出そうもんなら僕が自分で命を絶つ。でもまあ。僕からはお触り禁止を守っているので、向こうから来られる分には──いやダメだろ。
「碧ももう高校生なんだって思ったら感慨にふけっちゃってね。私もお姉ちゃんとして、ちゃんとしなきゃね!」
 ふんす、と息を巻いた音がしたような気がした。にへらと口元が緩む、あるいは綻ぶ感じの笑顔が卯月の笑顔だ。見ているとこちらまで笑顔が綻んでしまいそうになる。改めて卯月の顔を正面からちゃんと見ると、やっぱりこの人はそこらの女子とはステージが違うことが分かる。凛々しくてクール系な顔をしているのに、起こす言動がいちいち天然で可愛らしい。ってあれ。めちゃくちゃ僕、卯月のこと好きじゃん。
「ど、どうしたの? 歯に何か付いてる?」
「うん、わかめが挟まってるよ」
 見惚れている時にあんまり本当に顔に何か付いていたり歯に何か挟まっていたり……などしないものだが、そういうドジさも卯月の個性。でもめちゃくちゃ優しい。本当のお母さんをそう呼んでいた時期の記憶がないのにも関わらず、卯月のことをママと呼んでしまうことがある。その時のことを思い出して恥ずかしくなり、しれっと話題を逸らす。
「そうは言ってもさ、卯月も高校三年生になるんだよ。受験だよ」
 卯月が箸を一瞬止める。僕には気付かれまいと思ってすぐにまた食事を再開したが、その一瞬を見逃すわけがなかった。
「どうしたの」
 いたずらがバレた幼い子どものような困り顔をして、卯月が話してくれた。
関係ないことだなーって思っただけだよ。それに、三年生になるって自覚も全然ないや」
 とても寂しそうに、自分の存在自体を蔑むように卯月は笑った。こんな思いをさせてしまうなら、僕が余計なことを言わなければ良かった。こんな、卯月を困らせて悲しませて、はっきりと自覚させて何が楽しいのか。
「大丈夫、まだ時間はあるから!」
 そんな言葉で卯月が救われたとは思わなかったが、卯月は社交辞令的に「ありがとう」とまたにへら、とはにかんだ。その笑顔がどうしても痛々しく思えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

処理中です...