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第62話 正当な手続き

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 エリカは、動揺を悟られまいと、静かに息をのんだ。
 その目の前には、くしゃくしゃの、一枚のクエスト受注書が、投げ出されるように置かれていた。

「……このクエストを、お受けになるんですか。」
「ああ。」

 エリカの言葉に、アドノスは間髪入れずに返した。

「ルール上の問題があるか?」
「……っ」

 激昂するでもなく、厭味ったらしく言うのでもなく、アドノスはただ冷たくそう言い放った。

 エリカは焦っていた。
 確かに、ルール上は問題ない。それが問題だった。

「このクエストが、どういうものか……把握は、されていますか?」
「……」

 極めて慎重に、言葉を選ぶ。
 それに対し、アドノスは腕を組んだまま、しばし口を閉ざした。


 ――『サボン第二遺跡に住み着いた、魔物の討伐』――

 通称、『残留クエスト』。
 それはギルドランク制の制定前から存在する、唯一のクエスト。

 このクエストには、不審な点がいくつもある。

 クエストの失敗理由は、『負傷による撤退』が最も多い。しかし、このクエストに関しては記録上、『メンバーが全滅し、一人も戻らない』か、『魔物が見つからず、撤退した』かの、二通りしかなかった。
 その死亡率の高さから、ギルドランク制の制定後にはSランクに分類されたが、その直後の王国騎士団の視察は何故か拒否している。
 つまり、現状ギルド側は誰一人として、実際の魔物の姿を見ていないのだ。

 そして何より、このクエストの発注主が、ギルド制に自体に異を表している『聖竜教会』であるということ。
 彼らの主張は『神聖な遺跡に立ち入るな』というものなので、このクエストの存在自体がそれと矛盾しているとすら言える。

 もっとも、そのためか、クエスト受注の催促などはない。とはいえ先方から取り下げられるということもなく、長らく保留扱いとなっていたクエストなのだ。


 エリカは必死に頭を回した。

 目の前にいるのは、ルーンブレードの現ギルドマスター――通称、『無敗のアドノス』。
 彼は少数である三人パーティーでありながら、数多のAランククエストを受注し、その全てを達成している。実力者であることは、間違いない。

 しかし、如何に強くあろうとも、このクエストの問題点はそこではないのだ。
 どうにか、この危険性を理解してもらい、手を引いてもらう必要があった。

 しかし――

「説明をさせてください、このクエストは……」
「必要ない。」

 アドノスはその提言を、冷たく切り落とした。
 そして、そのまま受注書をつまみあげると、動揺するエリカの目の前に突きつけた。

「これは、クエスト受注書だ。道端で拾ってきたとでも思っているのか。」
「そ……そういうわけでは……!」
「であれば、お前はこれを受理するのが仕事だ。そうだな?」
「っ、それ、は……」

 汗が頬を伝う。

 ダメだ。
 とても話を聞いてくれそうにない。

 そもそも、彼がどうやってこのクエストを知ったのか――さらに言えば、教会側とどういう関係なのかも、わからないのだ。
 下手に誤魔化したり、こちらの都合でこの受注を却下したりすれば、思わぬ火種を生む可能性がある。それほどに今、ギルド協会と聖竜教会の関係性は悪い。

 この件はこれ以上、追求すべきではない。理屈ではそうだ。

 それでも、エリカは長年の勘から、アドノスの身の危険を感じていた。
 このままでは、『失敗する』。そういった、確信めいた予感があったのだ。

 エリカは身を乗り出し、意を決して口を開いた。

「このクエストは、危険なんです! どうか、少しだけでも話を――!!」

 ――ごおん、と、鈍い音が部屋中に響いた。

 思わず、息が止まる。
 周りにいた他の冒険者も、受付嬢達も、会話を止めた。

 それは、目の前にぶら下げていた受注書ごと、拳を机に叩きつけた音だった。

「いい加減にしろ……。俺はルールを守った。今度は、お前の番だろうが。」
「っ、ぁ……」

 アドノスの言葉は、冷たく、鋭く、まるで喉元に突きつけられたナイフのようだった。

「――受注を、承認しろ。」


 もはやエリカは、何も言うことができなかった。
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