戦国姫 (せんごくき)

メマリー

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212話

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 「そんな。それでは、私はこの手で母を殺したというのか……」

 「……」

 「うああああああ」

謙信は、荒れ狂う大海原のように蠕動する行き場のない怒りにのたうち廻り、鋭く突起した地面や洞窟壁に、頭を打ち付け始めた。 

額が割れ、鮮血がほとばしる。

幾ら肉体を痛めつけても心の傷が癒えること無く、ただただ、怒りがこみ上げるばかりだった。

「謙信!!!」

老人は小さな体からは想像できないほどの怪力で、謙信の肩を掴み、血で染めた謙信の顔を自分に向かせた。

「ラクシュミーは、己の役目が終えたことを悟ったのじゃよ。お前の成長を見 届け、自分にできることはもう何もないと。このまま、ただ漫然と生き長らえていれば、暗黒天女として妖魔を生み続けるだけだと。……だからお主を焼山に向かわせた。そして、お主に断ち切って欲しかったのじゃ。己が宿命を」

 「母上の宿命?」

「そうじゃ。ラクシュミーはアラクシュミーと戦い続けてきた。しかし、人々の憎悪がラクシュミーの放つ善導を寄せ付けなくなった。おのずとアラクシュミーが産む闇が力を持ち始めた。ラクシュミーは己の力ではもはやどうすることも出来なくなっていた。砂山が波に呑まれるようにな」

「母上は、アラクシュミーとなって、妖魔を生み続けていたというのか?母上は、自分ではもう抑えることのできないほど強大になった魔の力を僕に断ち切らせようと、焼山によんだ」

  「そうじゃ。妖魔たちは、魔道開かれ闇から生まれし憎悪の具現。アラクシュミーが産んでいた妖魔たちは、いわば人の憎悪、欲の塊。妖魔たちは人の醜悪を餌とする。お主がこれまでに殺してきた妖魔となりし豪族たちは、その欲深さゆえ、影に己が身を乗っ取られし哀れな姿」

「伯母上は母上の影……僕の影は……」

血に塗れた顔で虚空を見つめ、吐息だけの声を漏らす。

「お主の影は……わしじゃ!!!」

叫ぶと同時に、老人は風のように消えた。洞窟内に暗雲立ち込め、稲妻を放って、天を衝く巨大な龍が目の前に現れた。人々の畏怖を欲しいがままにする鬼の形相。数百、数千もの人馬を一撃でなぎ倒す刺々しい巨大な尾。

龍は歯を剥き出し、鋭い爪を誇張させて、謙信を威嚇した。
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