陽の光の下を、貴方と二人で

珂里

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社会人編

新生活

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「ねえ立花、僕の話し聞いてる?」


おーいと目の前で手をヒラヒラと振りながら岡田が顔を覗き込む。
突然の再会に頭が追いつかず現実逃避気味に岡田と出会ってからのことを思い出していたら、久しぶりに見る綺麗な岡田の顔が間近にあって思わず顔を押し退けてしまった。


「痛い痛いっ!!」

「あ、すみません。つい条件反射で……」


久しぶりなのにそんなに顔を近づけてくるなよ。心臓に悪いわ。


「フフッ、立花は相変わらずだねー」

「……先輩も変わってませんよ。もう少し人との距離感を学んでください。大学の頃からちょっと距離が近いです」


岡田にその気がなくても相手が勝手に勘違いして面倒な事になりかねないじゃないか。……昔の俺みたいに。


「えー?僕の距離が近いのは昔も今も立花だけだよ」

「ちょ……!」


クスクス笑いながら岡田が俺の頬をスルリと撫でる仕草に背中がゾクゾクとして反射的に仰け反ってしまった。


「フフッ。これからは会社の先輩としてもよろしくね」

「…………」


なんでこうなった。せっかく連絡を絶って忘れようとしたのに。



会社内で俺は岡田と同じ部署に配属され、俺達が大学の先輩後輩という間柄を知った上司によって俺の教育係にも岡田が任命されてしまった。…………正直、そんな気遣いは要りませんでした。

大学で優秀だった岡田はやはり会社でも優秀らしく、仕事をテキパキとこなしつつ俺の指導も丁寧にわかりやすく行うというハイスペックぶりを存分に発揮していた。


「じゃあ今日はここまでにしようか。もう終業時間だしね」

「はい」


岡田に声をかけかられ時計を見ると18時を少し過ぎていた。
初日ということもあって緊張しまくりで仕事を覚えるのに頭をフル稼働させていたからか時計を見た途端ドッと疲れが押し寄せ、ハァ、と深い溜息を吐く。


「頑張ったね、立花。1日目だから疲れたでしょ」

「はい、まあ……」


アンタのおかげで倍は疲れた気がするよ。……おもに精神的に。
でも今日はもうひと踏ん張りしなくちゃいけないからなぁ。……ハア、頑張ろ。


「じゃあ、俺ちょっと急いでるんでお先に失礼します」


いそいそと机の上を片付けて立ち上がると岡田も一緒に立ち上がった。


「うん、僕も一緒に帰るよ」

「…………」


なんでだよ。急いでるって言ったじゃん。……まあいいや。今の俺は岡田にかまっているヒマはないんだ。


「失礼します」


後について歩いてくる岡田を無視してフロアにいる社員達に挨拶をしながら会社を出た。
スタスタと早歩きで歩いているのに岡田も俺にピタリとついて来る。


「あの先輩。俺、本当に急いでるんで」

「うん、知ってる。今から引っ越し業者が来るんだよね?」

「え……なんでそれを……」


そうなのだ。会社で社宅を利用できると聞いて俺はそれにすぐさま申し込んだ。
会社は今までのアパートからでも十分に通えるくらいの距離だったのだが、大学に来なくなった橋本が最近になって俺の家のある最寄り駅周辺を夜にウロウロしているのに気付いてしまった。
家の住所までは教えてなかったけれど、俺が降りる駅は知っていたからな……。家バレするのも時間の問題だと悩んでいたところに社長から社宅の話を聞いたのだ。
すぐに申し込んだけど、色々と事情があって入社してからじゃないと入居出来ないと言われ入社当日の今日に引っ越しとなった。
住んでいたアパートの方は義兄にお願して、俺が終業する頃にダンボールに詰めた荷物を業者に引き渡してもらう手はずになっている。
新居の住所とカードキーは今日直接社長から手渡しでもらったので、終業してすぐに義兄に電話して新しい住所を伝えた。

……今日、社長に呼び出されてカードキーをもらった時に岡田は俺の側にいなかった筈。なのになんで岡田がそれを知っているのか。


「ほら、着いたよ」

「…………え?」


立ち止まった岡田が指差した建物を見て、混乱中の俺は更に混乱し口をポカンと開けたまま暫くフリーズしてしまった。

そこには、何処からどう見ても社宅というには程遠い豪華な造りのマンションが建っていて、もう何が何だかわからない。

俺は何度も社長からもらった新居の住所が書かれた紙と携帯のナビ画面を見比べてみたが、どうやら間違いでも無いらしい。

呆然とマンションを見上げる俺は目の端で岡田が満足そうに微笑んでいるのを捉えてしまい、嫌な予感がしながらも恐る恐る岡田に目を向けた。


「僕もここに住んでるんだよ」


そう言ってうっとりするくらい綺麗な笑みを浮かべ俺を見つめる岡田を、フリーズ中の俺はしばらく呆然としたまま見つめ返すことしか出来なかったのだった。









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