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追憶

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ーー私がまだ幼かった頃。

熱が出て寝込んだり、なかなか寝付けなかった時に側に居てくれたのは、お母様では無く王妃様だった。

熱に浮かされる私をベッドの脇で一晩中看病をし、夜中に眠れないと泣き喚く私の頭を優しく撫で添い寝をしてくれたのはいつも王妃様だった。


私の幼い頃の記憶に、お母様は存在しない。

あの侍女長に教えられるまで、私の母は王妃様ただ一人だった。


思えば、あの頃が一番幸せだった。

王妃様が居て、お兄様が居て、ごくたまに公務の無いお父様が居て、その皆の周りを無垢な笑顔で元気に走り回るルーカスが居て。私は家族揃って過ごすそんな時間が嬉しくて楽しくて、ずっとずっと笑っていた。…………本当に、本当に幸せだった。





朦朧とする意識の中、薄っすら目を開けると霞む視界の中に人影が見える。


「…………っ……。」


声を発しようとしたけれど、上手く声が出せずに口をパクパクとしてしまう。

口から漏れる息が熱く、息苦しく感じる。


ヒタッと心地良い感触が額に触れて目を彷徨わせると、その感触が頭に移動しそっと撫でられる。

その心地良い感触は昔、私によくそうしてくれた王妃様の優しい手に似ていた。


「お………ひ…さ……ま。」

「無理に喋らないで。……目が覚めて良かった。」


ボ~ッとする頭に、王妃様の柔らかな声が響いてくる。
段々と焦点の合ってきた視界の先で王妃様が心配そうに私を覗き込んでいた。



ーー王妃様だ。私の願望が創り出した幻でも、夢を見ているわけでもない、本物の王妃様がここにいる。


昔のように、私を心配して看病してくれていたのだろうか。

いつも私が不安な時は、王妃様が側にいてくれた。
我が子でも無いあんなお母様の子供だというのに、何故王妃様は私とルーカスにこんなにも良くしてくれるのだろう。
何故こんなにも可愛がってくれるのだろう。


ーー生まれてくるのなら、王妃様の子供が良かった。
王妃様の子供として生まれてきたかった。

そうだったなら、私は声を大にして王妃様を「お母様」と呼べるのに。


ただ血の繋がりがあるだけのお母様よりも遥かに私を愛してくれる王妃様を、昔のように「お母様」と呼べたなら、どれ程幸せなのだろう。


ーーそんな日は、もう二度と訪れはしないだろうけど。


それでも、私が心の中で王妃様を「お母様」と呼び、慕うことは許してほしい。

私にとってのお母様は、ただ血の繋がりがあるだけのあの人ではない。いつも愛情を注いでくれた王妃様なのだから。


王妃様にとっては、きっと邪魔な存在だったであろう私とルーカスにも、お兄様と分け隔てなく愛を与えてくれた優しい王妃様。
私とルーカスの存在が王妃様を苦しめた時も絶対あるはずなのに、そんな事を私達に微塵も感じさせない優しい王妃様。


王妃様の役に立てるなら、私はどんな事でもするつもりだ。

王妃様を苦しめる者は誰であろうと排除する。 
たとえそれが血の繋がった母であっても例外ではない。
王妃様と……そして王妃様と同様に優しいお兄様の為なら、私はどんな事でもする。してみせる。



「もう少し寝なさい。私はここに居ますからね。」


王妃様に再び頭を優しく撫でられ、私はうつらうつらと寝に入っていった。

浅い眠りの中、まだ毒が抜け切らず体は辛い筈なのに、王妃様の存在をずっと近くに感じる事が出来ていて…………私は幸せだった。













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