綺麗になる為の呪文

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
27 / 33

27(ライアン視点)

しおりを挟む
「ピオ、父から何か連絡は」

 授業が終わり寮の自室に戻ってすぐ、私は着替えを用意して待っていたピオに聞いた。
 音楽の授業の後はリナリアを害する者はいなかった。
 それは良き事で、でも自分が気が付いていない者が無かったのかと不安になる瞬間でもある。

「本日は何もございません」
「そうか」

 制服を脱ぎピオが差し出す着替えを身に着けながら考える、今日のリナリアはあれから何も問題は無かった。
 音楽室に向かう途中の陰口、あれ以外は何も無かったからある意味平和な一日だったと言える。
 少なくともリナリアの笑顔に陰りは無かった、そう思う。

「音楽室に向かう途中、わざわざ二年生の女生徒が渡り廊下でリナリアの陰口を言っていたんだ」
「若奥様、の悪口をですか」

 ピオは若奥様の後少しの間を開けてから尋ねて来た。
 ずっとずっと昔から我が侯爵家に使える家系だった家の出であるピオは、侯爵家に益の無い行いを激しく嫌う傾向がある。
 リナリアの存在はピオにとっては悪に近く、内心認めていないのは分かっている。

「そうだよリナリアの陰口というか、悪口。私の大切な妻を侮辱するのはわが侯爵家に唾を吐く行いだと思うんだけど、ピオはどう思う?」
「侯爵家に唾吐く行い等、許せるものではありませんっ!!」

 私の着替えに用意した筈のタイを、ピオはギュウギュウと握りしめて皺くちゃにしてしまう。
 面白いからそのまま見ているけれど、多分ピオの父親である本家の執事長はこの姿のピオをみたら激怒するだろうと予想する。

「私の可愛いリナリアを貶める事を、リナリアに聞こえる様に言っていたんだ。リナリアが可哀相で」
「リナリア様は、どんな反応をされていたのでしょうか」
「リナリアでは無く、若奥様だよ。ピオ。彼女は健気に聞こえない振りをして耐えていたんだ。私は品が無い行いをするなと控えめな抗議をするだけだったから、リナリアには可哀相な事をしてしまった」

 あそこで強く抗議するのは、控えめな性格のリナリアの前でするのは良く無いと判断したからあの程度で収めたけれど本心を言えばあんな陰口を吐く娘は私の視界から永久に消してやりたいという思いはある。
 だけどそういう血なまぐさい腹いせは、リナリアが望まないだろうからしないだけだ。

「ライアン様の普通の抗議では若奥様の精神が持たないでしょうから、そこは控えめが正しいかと愚考致します。リナリア様は普通の令嬢でしかありませんから、ライアン様の過剰な思いを受け止められる度量はないかと」

 ピオの言葉はある意味私への忠告だ。
 配下でしかない男の言葉等、普段の私であれば気にしたりしないが、事がリナリアに関するものだからしっかりとピオの意見を噛みしめる。
 リナリアの前では私は穏やかな男を演じているが、正確はそれなりに苛烈だと思う。
 侯爵家を継ぐ身なのだから、穏やかなだけでは舐められてしまう。
 それだけが理由では無く、元々の性格が苛烈なのだ。

「お前は分かっているだろうけれど、私はそう穏やかな性格はしていない。リナリアを、私の妻を蔑ろにする者を私は許すつもりはないよ」
「それは良く理解しております。若奥様は旦那様と奥様が認め仮婚姻を進めた方ですから、若奥様を蔑ろにする者は侯爵家の敵です」

 意外な事に、ピオははっきりとリナリアの敵は侯爵家の敵だと言い切った。
 不思議に思いピオの顔を凝視する。
 リナリアを認めていなかった筈の人間が、急にどうしたというのだろう。

「ライアン様どうかされましたか」
「いや、お前はリナリアを認めていないのかと思っていたから、驚いたんだ」

 私はつい素直な気持ちを吐露してしまう。
 ピオにはついつい自分の気持ちを出してしまいがちだけれど、それでもいつもはもう少し隠しているが今は何も隠さずに暴露してしまった。

「そんなことは、いいえ少しは思う所がありますが、でも私はライアン様に仕える従僕です。旦那様と奥様が認めたライアン様の奥様を私ごときが認めないなどありえません。それにリナリア様はライアン様の為に変わろうと努力しておいでです。リナリア様の性格を考えればそれはとても勇気が必要な行いでしょう。それでも努力しようとするリナリア様を私は尊敬しております」

 尊敬、それが本当かどうかは分からないけれど。
 リナリアの行いがピオの気持ちを変えたのだと、それが分かったから私は素直に嬉しいと思ったんだ。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

前世は大聖女でした。今世では普通の令嬢として泣き虫騎士と幸せな結婚をしたい!

月(ユエ)/久瀬まりか
ファンタジー
伯爵令嬢アイリス・ホールデンには前世の記憶があった。ロラン王国伝説の大聖女、アデリンだった記憶が。三歳の時にそれを思い出して以来、聖女のオーラを消して生きることに全力を注いでいた。だって、聖女だとバレたら恋も出来ない一生を再び送ることになるんだもの! 一目惚れしたエドガーと婚約を取り付け、あとは来年結婚式を挙げるだけ。そんな時、魔物討伐に出発するエドガーに加護を与えたことから聖女だということがバレてしまい、、、。 今度こそキスから先を知りたいアイリスの願いは叶うのだろうか? ※第14回ファンタジー大賞エントリー中。投票、よろしくお願いいたします!!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。 将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。 レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

妹よ。そんなにも、おろかとは思いませんでした

絹乃
恋愛
意地の悪い妹モニカは、おとなしく優しい姉のクリスタからすべてを奪った。婚約者も、その家すらも。屋敷を追いだされて路頭に迷うクリスタを救ってくれたのは、幼いころにクリスタが憧れていた騎士のジークだった。傲慢なモニカは、姉から奪った婚約者のデニスに裏切られるとも知らずに落ちぶれていく。※11話あたりから、主人公が救われます。

全てを義妹に奪われた令嬢は、精霊王の力を借りて復讐する

花宵
恋愛
大切なお母様にお兄様。 地位に名誉に婚約者。 私から全てを奪って処刑台へと追いやった憎き義妹リリアナに、精霊王の力を借りて復讐しようと思います。 辛い時に、私を信じてくれなかったバカな婚約者も要りません。 愛人に溺れ、家族を蔑ろにするグズな父親も要りません。 みんな揃って地獄に落ちるといいわ。 ※小説家になろうでも投稿中です

悪役令嬢、冤罪で一度命を落とすも今度はモフモフと一緒に幸せをつかむ

Blue
恋愛
 作り上げられた偽りの罪で国外追放をされてしまったエリーザ・オリヴィエーロ侯爵令嬢。しかも隣国に向かっている途中、無残にも盗賊たちの手によって儚くなってしまう。  しかし、次に目覚めるとそこは、婚約者であった第二王子と初めて会うお茶会の日に戻っていたのだった。  夢の中で会ったモフモフたちを探して、せっかく戻った命。今回は、モフモフと幸せになるために頑張るのだった。 『小説家になろう』の方にも別名ですが出させて頂いております。

処理中です...