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「仮婚姻、ですか?」
「そう、それが今のライアンとリナリアの関係だ。婚約者同士ではなくお披露目していないが正式な夫婦になっている。正式に国に認められている婚姻であるから、親だろうと誰だろうと勝手に関係を解消出来ない」
談話室で昼食を頂きながら、私はお義父様の説明を聞いていた。
談話室は、私の屋敷にあった応接間の様な華美な飾りは無いけれど落ち着いた家具が置かれ、薄緑色の壁紙と濃い緑色のカーテン、窓も床もよく磨かれていて埃一つ見つけられなかった。
昼食は略式で食後のお茶とお菓子以外がテーブルに運ばれた状態で、給仕達は部屋を出ている。
食事というものは使用人達が側にいる状態で行うものという認識しか無かった私には、違和感を覚えるけれど居心地が悪いわけではないとも感じるから不思議だ。
「あの、何故急に」
先程お義母様と挨拶回りをした際に、ライアン様の妻として紹介されてはいたから、そうなったのだと理解したけれど私は仮婚姻の制度は知らなかった。
だから、正式な婚姻と仮との違いも分からない。
「驚かせて悪かったね。申請はしていたのだが承認されたのが昨日だったんだよ。出来るかどうかはっきりしていなかったからリナリアには伝えられなかったんだ」
夫婦になるということは、お母様から離れる事が出来るということだ。
学校の長期休暇の際に家に帰らなくていい。
数日寮で過ごしただけでも、お母様の怒鳴り声を聞かなくていい環境にホッとしていたのだから、嫁ぐ事で休みの日にも戻らなくて良くなるのかもしれない。と期待してしまうだろう。
それなのに承認されなかったとすれば、どれだけ気落ちするか分からない。
「承認されない場合もあるのですか」
「そうだね、仮婚姻の場合はそうなる時もある」
「そうでしたか。でも、承認されたのですね。良かった」
ライアン様の妻になれた。
それは私が今まで生きてきた中で、一番嬉しい事だ。
私のような者とライアン様が本当に結婚したいと思って下さるなんて、どうしても思えなかったのだから。
「良かった? リナリアそう思ってくれる? その、勝手に決めたこと嫌だと思わない?」
「ライアン様の妻になれる以上の幸せは、私にはありませんから。突然で驚きましたけれど、嬉しいです」
「本当に? よ、良かったっ」
ライアン様は不安そうに私を見つめた後、深く息を吐き脱力したように姿勢を崩した。
「ライアン様?」
「仮婚姻を勝手に決めたって、リナリアが怒っていなくて良かった。本当に良かった。リナリアありがとう」
「ライアン、姿勢が崩れている。みっともないぞ」
「申し訳ありません。ですが、今だけお許し下さい」
ライアン様は私の方に体を向けると、そっと手を伸ばして私の手を握った。
「ライアン様?」
「順番が逆になって申し訳ない。リナリア、私の妻になって下さい。私と夫婦になってくれる?」
「ライアン様、はい。勿論です」
嬉しい。
ライアン様やお義父様お義母様がどうして急に借りて婚姻なんて言い出したのか分からないけれど、ライアン様の妻になれたのだから順番なんてどうでもいいとすら思う。
「あの、でも父の手紙にも何も話が無かったのは」
私をがっかりさせない為なのだろえか。
でもそんな気遣いを、あの父様がするとは思えない。
父様なら、腹違いの姉の話のついでに私とライアン様の仮婚姻の手続きを進めているくらい書いてきそうだ。
「突然手紙で報告されたら、リナリアも戸惑うだろうから私が止めたんだよ。そうしないと彼は何でも書いてしまいそうだからね」
「なんでも、そうですね。父はそういう人です」
「リナリアは、もう彼女には会ったのかな」
「彼女、私の姉ですか」
「姉、そうだね書類上は君のお父さんの妹だけどね」
困ったような顔で私を見ているお義母様の視線に、複雑な関係なのだと改めて思いながら、私は小さく首を横に振った。
「まだ会っていません。会って何を話したらいいのか分かりませんし、向こうが何を思っているのかも分かりませんから、自分から会いに行こうとは思っていません」
「そうか、今はそれでいい。向こうから何か言ってきたらライアンと共に会いなさい」
「はい」
会いたくは無いけれど、いずれ会わないといけないのかもしれない。
少なくとも父は同じなのだから。
気持ちは複雑だけれど、仕方ないのかもしれない。
「あの、仮婚姻の件ですが。私の弟が何か関係しているのでしょうか」
お義母様が言っていた事が気に掛かり、お義父様に勇気を出して尋ねてしまう。
あの時、お義母様話していたマトーヤ夫人、そしてその周囲にいた人達はお義母様の言葉を正しく理解していたように今更だけれど思う。
あの時、理解していなかったのは私だけだ。
何を理解出来なかったのか、それを私は知らなくてはいけないと思う。
もしかしたら、ライアン様とお義父様とお義母様は私を守ろうとして下さっているのかもしれない。
お義母様は自分を信じてと言った。
私を害さないし、傷付けないと約束してくれた。
でも、それはつまり私が傷付く可能性を思っての言葉なのではないだろうか。
「私は弱い人間でした。でも、ライアン様の妻になり、お義父様お義母様の娘になりました。私はムーディ家に、ライアン様の妻に相応しい人間になりたいのです。誰かに怯えて影に隠れて逃げるままではいたくありません。強くなりたいのです。私に関係する事だとしたら、どうか教えて下さい。お願い致します」
ライアン様は私の手を握ったまま、心配そうに見つめている。
その優しい瞳に、私はしっかりと視線を合わせてから頷いた。
長い前髪で目元を隠すリナリアはもういない。
お母様に醜い娘だと蔑まれて泣いていた、惨めなリナリアはもういない。
「リナリア、君には酷な話になるがそれでもいいんだね」
「はい。お義父様に覚悟は出来ています」
決心して答える事が出来たのは、ライアン様が私の手を握ってくれているから。
頷いた私にお義父様が話してくれたのは、恥ずかしさで顔が上げられなくなる程酷いお母様の話だった。
「そう、それが今のライアンとリナリアの関係だ。婚約者同士ではなくお披露目していないが正式な夫婦になっている。正式に国に認められている婚姻であるから、親だろうと誰だろうと勝手に関係を解消出来ない」
談話室で昼食を頂きながら、私はお義父様の説明を聞いていた。
談話室は、私の屋敷にあった応接間の様な華美な飾りは無いけれど落ち着いた家具が置かれ、薄緑色の壁紙と濃い緑色のカーテン、窓も床もよく磨かれていて埃一つ見つけられなかった。
昼食は略式で食後のお茶とお菓子以外がテーブルに運ばれた状態で、給仕達は部屋を出ている。
食事というものは使用人達が側にいる状態で行うものという認識しか無かった私には、違和感を覚えるけれど居心地が悪いわけではないとも感じるから不思議だ。
「あの、何故急に」
先程お義母様と挨拶回りをした際に、ライアン様の妻として紹介されてはいたから、そうなったのだと理解したけれど私は仮婚姻の制度は知らなかった。
だから、正式な婚姻と仮との違いも分からない。
「驚かせて悪かったね。申請はしていたのだが承認されたのが昨日だったんだよ。出来るかどうかはっきりしていなかったからリナリアには伝えられなかったんだ」
夫婦になるということは、お母様から離れる事が出来るということだ。
学校の長期休暇の際に家に帰らなくていい。
数日寮で過ごしただけでも、お母様の怒鳴り声を聞かなくていい環境にホッとしていたのだから、嫁ぐ事で休みの日にも戻らなくて良くなるのかもしれない。と期待してしまうだろう。
それなのに承認されなかったとすれば、どれだけ気落ちするか分からない。
「承認されない場合もあるのですか」
「そうだね、仮婚姻の場合はそうなる時もある」
「そうでしたか。でも、承認されたのですね。良かった」
ライアン様の妻になれた。
それは私が今まで生きてきた中で、一番嬉しい事だ。
私のような者とライアン様が本当に結婚したいと思って下さるなんて、どうしても思えなかったのだから。
「良かった? リナリアそう思ってくれる? その、勝手に決めたこと嫌だと思わない?」
「ライアン様の妻になれる以上の幸せは、私にはありませんから。突然で驚きましたけれど、嬉しいです」
「本当に? よ、良かったっ」
ライアン様は不安そうに私を見つめた後、深く息を吐き脱力したように姿勢を崩した。
「ライアン様?」
「仮婚姻を勝手に決めたって、リナリアが怒っていなくて良かった。本当に良かった。リナリアありがとう」
「ライアン、姿勢が崩れている。みっともないぞ」
「申し訳ありません。ですが、今だけお許し下さい」
ライアン様は私の方に体を向けると、そっと手を伸ばして私の手を握った。
「ライアン様?」
「順番が逆になって申し訳ない。リナリア、私の妻になって下さい。私と夫婦になってくれる?」
「ライアン様、はい。勿論です」
嬉しい。
ライアン様やお義父様お義母様がどうして急に借りて婚姻なんて言い出したのか分からないけれど、ライアン様の妻になれたのだから順番なんてどうでもいいとすら思う。
「あの、でも父の手紙にも何も話が無かったのは」
私をがっかりさせない為なのだろえか。
でもそんな気遣いを、あの父様がするとは思えない。
父様なら、腹違いの姉の話のついでに私とライアン様の仮婚姻の手続きを進めているくらい書いてきそうだ。
「突然手紙で報告されたら、リナリアも戸惑うだろうから私が止めたんだよ。そうしないと彼は何でも書いてしまいそうだからね」
「なんでも、そうですね。父はそういう人です」
「リナリアは、もう彼女には会ったのかな」
「彼女、私の姉ですか」
「姉、そうだね書類上は君のお父さんの妹だけどね」
困ったような顔で私を見ているお義母様の視線に、複雑な関係なのだと改めて思いながら、私は小さく首を横に振った。
「まだ会っていません。会って何を話したらいいのか分かりませんし、向こうが何を思っているのかも分かりませんから、自分から会いに行こうとは思っていません」
「そうか、今はそれでいい。向こうから何か言ってきたらライアンと共に会いなさい」
「はい」
会いたくは無いけれど、いずれ会わないといけないのかもしれない。
少なくとも父は同じなのだから。
気持ちは複雑だけれど、仕方ないのかもしれない。
「あの、仮婚姻の件ですが。私の弟が何か関係しているのでしょうか」
お義母様が言っていた事が気に掛かり、お義父様に勇気を出して尋ねてしまう。
あの時、お義母様話していたマトーヤ夫人、そしてその周囲にいた人達はお義母様の言葉を正しく理解していたように今更だけれど思う。
あの時、理解していなかったのは私だけだ。
何を理解出来なかったのか、それを私は知らなくてはいけないと思う。
もしかしたら、ライアン様とお義父様とお義母様は私を守ろうとして下さっているのかもしれない。
お義母様は自分を信じてと言った。
私を害さないし、傷付けないと約束してくれた。
でも、それはつまり私が傷付く可能性を思っての言葉なのではないだろうか。
「私は弱い人間でした。でも、ライアン様の妻になり、お義父様お義母様の娘になりました。私はムーディ家に、ライアン様の妻に相応しい人間になりたいのです。誰かに怯えて影に隠れて逃げるままではいたくありません。強くなりたいのです。私に関係する事だとしたら、どうか教えて下さい。お願い致します」
ライアン様は私の手を握ったまま、心配そうに見つめている。
その優しい瞳に、私はしっかりと視線を合わせてから頷いた。
長い前髪で目元を隠すリナリアはもういない。
お母様に醜い娘だと蔑まれて泣いていた、惨めなリナリアはもういない。
「リナリア、君には酷な話になるがそれでもいいんだね」
「はい。お義父様に覚悟は出来ています」
決心して答える事が出来たのは、ライアン様が私の手を握ってくれているから。
頷いた私にお義父様が話してくれたのは、恥ずかしさで顔が上げられなくなる程酷いお母様の話だった。
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