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努力の前に工夫も大切です

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「お姉様、どうしてこんなに糸を短くされたのですか?」

 王都に向かう途中に泊まったのは、お父様と親しくしている大商人のお屋敷でした。
 いつもは街にある貴族向けの宿に宿泊しますが、カレンのドレスを注文をする為に店に立ち寄ったところ、是非泊まって欲しいとお誘いをうけたのだそうです。

「カレンの刺繍の仕方を見ていてね、気になったのよ」
「気になる、ですか?」
「そう、だから試してみようかと、その糸でいつものように刺してみて貰えるかしら」

 カレンと私に割り当てられた部屋はソファーセットがある部屋を挟んで左右に寝室がある客間で、調度品も可愛らしく居心地良く整えられています。
 私達はメイドに晩餐で着るドレスの指示を出してから、ソファーに二人並んで座り刺繍の練習を始めました。
 馬車に長時間乗って疲れていましたが、練習はいくらやっても足りませんから、休んでいる暇はありません。

「糸が短いとすぐに刺せなくなってしまいませんか?」
「そうね」

 何故こんな? と悩みながらカレンは馬車の中で刺していた練習用の布に刺繍を始めました。

「あら?」
「どうかしら」
「どうしてでしょう、絡まりませんね」

 針目は揃っていないものの、カレンがいつも悩んでいる様に布の裏に糸が絡まってしまう、というのは無いようです。

「続けて糸が無くなるまで刺してみて」
「ええ」

 すいすいとカレンは針を刺し、糸が無くなればまた同じような長さに糸を切り針に通します。

「お姉様っ!」
「出来たわね。カレン!」

 針目はお世辞にも綺麗とは言えませんが、簡単な模様とはいえ一つの模様を完成させ、尚且つどんな模様か分かるものが出来たのです。

「凄いわカレン」

 何故でしょう、カレンが初めてまともに刺繍出来たというのに、何故か私の気持ちが沈み始めています。

「ありがとうございます。でも糸を短くしただけなのにどうして?」

 嬉しい反面戸惑いが隠せないカレンに、私は自分の気持ちに蓋をして考えを述べました。

「カレンは糸を引く時の勢いが良すぎる様に思ったの。そして糸を長くし過ぎている様に見えたのよ」
「勢いが良すぎる?」
「ええ、カレンがいつも使っている糸の長さは、さっき使った糸のほぼ倍だと思うのよ」

 上手く説明できませんが、同じ一針でも糸が長い方が絡まり易い様に思うのです。

「ほら、こうして糸を擦ると、糸の艶が無くなって細い繊維みたいなものが見える様になるでしょう?」
「そうですね」
「この細い繊維が糸が絡まる原因じゃないかしらと、そう思ったのよ」
「でも、使っていく内に糸は短くなりますし、それでも絡まる理由はあるのでしょうか」

 カレンに聞かれて、私はさっき馬車の中で使っていた針に通したままの糸をカレンに見せました。

「ほら、カレンがさっき使っていた糸を見てご覧なさい。全体的に細かい繊維の様な物が出ているわ。こうなるときっと糸が短くなっても絡まってしまうんじゃないかしら」

 絡まった糸をほどく、また続きを刺して、また絡まってを繰り返す内に糸が弱くなり途中で切れてしまうのでその上から指し直す。
 絡まった糸がほどけずに、その上から誤魔化しながら刺す、そんなことを繰り返していく内に出来上がるのが、何を刺したのか分からない物になるのだと思います。

「凄いわ、お姉様」
「糸を頻繁に替える必要はあるけれど、これなら少なくとも糸が絡まってしまうのを防げる筈よ。暫くはこの方法で練習してみましょう」
「はい。お姉様はやっぱり凄いわ、家庭教師だって教えてくれなかったもの」
「偶然気がついただけよ。あと狭い場所で練習していたのが良かったのかもしれないわね」

 狭い馬車の中で見ていたせいか、糸を引くカレンの動作が自分が刺繍をする時よりも大きく動いているように見えました。
 けれど、動きが大きいのではなく、勢い良く糸を引きすぎているのだと気がついたのです。

「狭い場所が良かったというのは分かりませんが、お姉様が凄いというのは分かりました。私は何度練習しても気がつきすらしなかったというのに、お姉様はすぐに分かってしまうのですもの」
「自分ではないから気がつくという事もあるものよ」

 カレンが落ち込んでしまったのを感じて、私は慌てて慰め始めました。

「カレンは自分は駄目だと言うけれど、姉である私の目から見るとね、カレンは努力出来る凄い子よ」
「努力しても実を結ばなければ意味はありませんけれど」
「そんなこと無いわ。ちょっと糸の長さを変えただけでここまで刺せる様になったのは、今までカレンが練習を頑張っていたらからよ」
「そうでしょうか」
「ええ、カレンは凄い子よ。私の自慢の妹よ」

 カレンは自慢の妹です。
 大好きな妹が胸を張って嫁げる様に、協力するのは姉の務めだと思います。
 でも、なぜ気持ちがざわつくのでしょう。それが分からないまま、私はカレンを抱きしめたのです。
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