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人間諦めが肝心です

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「あなたが努力家なのはよく知ってるわ」

 デビューの夜会を、ダンスを一回踊っただけで帰ってくる令嬢などいません。
 ですがあのまま会場にいたらカレンの事情を知らない令息からダンスに誘われて断るなんて出来ませんし、そうしたら大惨事になるのは明らかなのですから帰る以外の選択肢はカレンにはありませんでした。
 あの夜、カレンは馬車の中で泣いたのでしょう、目元を真っ赤にして馬車を降りたカレンはそのまま部屋に籠ってしまいました。
 一晩泣いて泣いて夜が明けて、カレンは今まで以上にダンスの稽古をし、相手の足を踏まずにダンスが出来るようになるまで夜会には出ないと宣言し、その許可をお母様からもぎ取ったのです。

「私の能力はすべて治癒魔法に行ってしまいました。貴族令嬢失格の私は誰とも結婚しない方がいいのです。ですからお父様このお話はお断りして下さい。私は持病があり王子殿下には嫁げないと言えば納得されるでしょう」

 カレンは少し考えた後でそう言うと、「お姉様もそれが良いと思うでしょう?」と私に問いました。

「持病があると断ることは出来るかもしれないが、そんな事をすればお前は誰とも結婚できないぞ」
「私はお姉様が結婚したら神殿に居を移し、神に仕えながら治療師として生きていこうと考えています」

 毎日どれだけ練習を重ねても全く上達が見られないカレンは、最近では結婚を諦めたと言い始め治癒師として生きる道を模索し始めていましたが、まさか王家からの求婚を断る程の決意だったとは思っていませんでした。

「カレン、あなた本当にそれでいいの?」

 確かにカレンは聖女の生まれ変わりかと領地で言われる程、治癒魔法が得意で領地の神殿に併設されている治療院に毎日通い働いています。
 可愛いけれど、ちょっと抜けているカレンは領民にとても愛されています。
 治療院に勤めている治癒師も患者達も、カレンを大切にしてくれています。
 治療師というのはとても素晴らしいお仕事です。カレンがその仕事を一生の職としたいというなら、それは勿論良いことなのですが、残念ながら今はそれを喜んでいられません。

「お断りしてくださいじゃない。相手は王族だぞ断れるわけないだろう」
「どうしても駄目でしょうか?」
「諦めて婚約を……お前が見た目と違うと分ければ、殿下も諦めてくださるやもしれん」

 王子殿下と婚約して、婚約を解消されたらカレンに大きな傷がついてしまいますが、お父様はそれを望んでいると言わんばかりです。
 カレンの性格で王子妃なんて務まるとは思えませんが、婚約解消される前提で婚約させるのはどうなのでしょう。

「それはそうですが、そうしたら家の評判が落ちてしまいます。そうだっ、お姉様が婚約すればどうでしょう!」

 何を言い出すんでしょう。
 そんなこと、出来るわけありませんっ! 私がカレンを叱ろうと口を開くより早くお父様の雷が落ちました。

「馬鹿者っ! 王家からの婚姻を気軽に変更等出来るわけがないだろうがっ!」
「お、お父様。だって私が殿下と婚約なんてしたら、我が侯爵家が後ろ指を指されてしまいますっ! 行儀作法は何とか身に付いていますが、やっと身に付いた程度です。それに私に社交は無理だってお父様だって仰っていたじゃありませんか。私は夜会もお茶会も出席出来ないのです。私は欠点だらけの、この家の恥なんです」

 カレンの反論に、私は悲しくなって来てしまいました。
 カレンだって、本当は華やかな場所が嫌いではありません。
 カレンは普通の令嬢と同じく、おしゃれが大好きな年相応の女の子です。
 お茶会や夜会に気兼ねなく出られる日が来ると信じて、努力を続けて来たのです。
 それでもダンスが下手すぎて、夜会への参加を避け続けて来ました。
 
「カレン、王家からの求婚は断れ無いのよ。諦めなさい」

 カレンは第三王子殿下との出会いに悪い印象を持ってはいないのです、ダンスが出来なくて残念だと思ったのはきっとお世辞ではなく本心です。
 だとしたら、これはカレンにとって良い話。心を鬼にして、姉である私がカレンに決心させるしかありません。

「お姉様、でも」
「これから今まで以上にダンスの特訓すればきっと大丈夫よ」

 不安しかありませんが、そう言うしかありません。
 婚約者の御披露目で第三王子殿下と踊らないわけにはいかないのですから、死ぬ気でダンスが出来る様に、下手でもせめて相手の足を踏まない程度にならなければいけないのですから、道のりは遠いでしょう。

「私運動神経は悪くないと思うのですが、どうして下手なのかしら」

 カレンの呟きに思わず大きく頷きそうになりますが、カレンは一人で動きを練習していていても、足をもつれさせて転んでしまいますし、相手がいれば足を踏みまくるのは、最早違った意味での才能としか言えません。

「いやダンスの練習だけでは駄目だ。刺繍も出来る様にならなければ」

 どうやってダンスの練習をさせたらいいのかと頭を悩ましていると、お父様は深刻そうな顔で恐ろしい事を言い始めました。
 カレンの刺繍は、糸をぐしゃぐしゃに絡めさせただけのものが出来上がるだけと知っていてそんな事をいうのでしょうか。

「刺繍ですか?」
「そうだ、せめて第三王子殿下の紋章を刺繍出来るようにならねばならない。婚約式で殿下に刺繍した守り袋を差し上げるのだから」

 そういえば、そんな仕来たりが王家にはありました。
 婚約者となる女性が紋章を刺繍した守り袋を、婚約式の最後に王子殿下に手渡すのです。

「確か刺繍の最後の仕上げは王子殿下の目の前ですると聞きました。ちなみに、殿下の紋章は……」

 仕上げを王子殿下の前でするとなれば、私が代わりに刺繍するわけには行きません。
 せめて簡単な紋章だったらいいと願いながら問えば、がっかりする答えが返って来ました。

「月桂樹の冠の中に一羽の鷹だ」
「そうでしたね。王太子殿下は月桂樹の冠の中に双頭の鷲、第二王子は冠の中に虎ですから、比較的簡単かもしれませんね」

 何の気休めにもならない事を何とか絞り出せば、お父様は私の努力を無にするような追い打ちを掛けて来ます。

「冠となっている月桂樹の葉は十二枚だぞ」
「むりむりむりっ!」

 しゃがみこみカレンが叫びました。
 月桂樹の葉一枚すらまともに刺繍できないであろうカレン、それが十二枚の葉の中に一羽の鷹、どう考えても無理としか思えません。

「むーーりーーっ!」

 現実を拒否するとばかりに叫び続けるカレンの気持ちが分かるだけに、先程の様な肩を掴んで落ち着かせる戦法は取れずに腰を屈めて背中を撫でるしか出来ません。

「これから毎日一緒に練習しましょう」
「死ぬまで練習し続けても出来るようになる気がしません。無理です、出来ませんっ」

 興奮しすぎて涙まで出ているカレンにハンカチを渡しながら、何とか宥め無ければと策を練ります。

「カレン」
「はい。お姉様」
「カレンが刺繍をする横で、社交に必要な知識は私が教えてあげるわ。家庭教師に習うだけでは時間が足りなすぎるもの」

 婚約が決まったとして、すぐにお披露目とはならないでしょう。
 王太子殿下の婚約がお披露目されたばかりで、第二王子殿下にはまだその話がないのですから、先に第三王子殿下の婚約者をお披露目とはならないのでは無いかと思います。
 それならまだ時間はあります。

「刺繍しながら勉強なんて、どうして難易度が上がるんですかっ!」
「それはね、あなたが最短で色々なことを身に付けなければならないからよ」

 カレンは、自分に能力がないから無理だとは言っても、殿下が嫌だとは言っていないのですから、問題が解決すればこの婚約は上手くいくかもしれません。
 結婚出来ないと諦めているカレンが、それなりに気に入った方に嫁げる最初で最後の機会かもしれないのですからカレンの幸せの為に、私は鬼になりましょう。

「大丈夫、あなたは努力が出来る子よ。諦めず今まで頑張ってきたのだから、きっと何か切っ掛けがあれば上手く出来るようになるわ」
「無理です、無理です、無理ですーーっ!」

 カレンの悲壮な声が響きますが、聞こえない振りをして私とお父様は話を進めることにしたのです。
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