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番外編
おまけ クリスマスがない世界で二人(ダニエラ視点)
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マチルディーダが七歳の頃のお話です。
「ディーン、お仕事まだかかるかしら」
タオにお茶の準備をお願いした後で、私は小さくなったくぅちゃんを肩にのせてディーンを誘いに執務室にやって来た。
「ダニエラ、仕事はもう終わりですが、休むには少し早くありませんか?」
「まだ眠るには早いわ。ディーンに夜のお茶のお誘いに来たのよ」
執務机に座り書類を読んでいたディーンは、私を不思議そうに見ながら首を傾げたけれど私は自信を持って誘う。
ディーンが私の誘いを断るわけがない。タオはもうお茶の用意をして庭に向かっているだろうからあとは私がディーンを庭に連れて行くだけだ。
「お茶の誘い、ですか? タオもメイナもいない様ですが」
私とくぅちゃんしかいないのを、ディーンは不思議そうに見ている。
「ディーンが作ってくれた雪のお家で頂きたいの。雪がやんで星がとっても綺麗なんだもの」
「外でお茶を? 確かに今夜は星が綺麗に見えていますが」
「雪のお家の中、不思議と温かいし、そもそもディーンの魔法があるからそもそも寒くないでしょう?」
雪の家というのは、前世でいうところのかまくらだ。
比較的暖かい地方であるネルツ領はあまり雪が積もらないというのに、今年はなぜか大雪になった。
雪で外に出られず退屈しているマチルディーダ達の為に、私がディーンにお願いしてかまくらを作ってもらったのだ。『雪で小さな山を作って中をくりぬいたら小さなお家みたいにならない?』その一言でディーンはかなり大きな雪の山を庭につくり、中を器用にくりぬいて寒くない様に魔物の毛皮を敷きつめ快適な場所を作ってしまった。
長身のディーンよりも高い山は、私とディーンと子供達皆が入っても余裕な程に中が広い。
雪を固めただけでは強度が弱いから、ディーンの魔法で形を維持しているそうで中で火を使っても溶ける心配は無いらしい。
「ダニエラは面白い事を思いつきますね」
「ふふ、たまにはゆっくりディーンと過ごしたいなと思ったのよ」
この世界でも一年は十二か月この世界にクリスマスというものは存在しないけれど、今年もあと六日で終わるから時期的に言えばクリスマスの頃だ。
今朝そう言えば前世の世界はクリスマスがあったと急に思い出し、前世でクリスマスの頃に良く食べていたジンジャークッキーが懐かしくなって、昼間メイナ達と一緒に作ってみた。
幼い頃に愛読していたお菓子の作り方の本にもショウガクッキーとして作り方が載っていたから、それを参考に作ってみたけれど、我ながらとても上手に作れたと思う。
型抜きしかさせて貰えなかった昔と違い、今はだいぶ私の役割も増えたから進歩していると思う。
焼き立てのクッキーは、ダニエラとしては初めて食べたのに懐かしい味がした。
幼い頃は分からなかったけれど、この本は前世で食べたお菓子が沢山載っている。
この本を書いた人はもしかして私の様に前世の記憶がある人なんじゃないかって、ちょっと疑っている。
「私もダニエラとゆっくり過ごせるのは嬉しいです」
「ふふ、じゃあお茶に付き合ってくれる?」
「ええ、勿論です。では行きましょう」
そう言うとディーンは机の上の書類を片付けて立ち上がり、私を抱き上げた。
「庭は雪で凍ってるかもしれませんからね」
「もう、私転んだりしないわ」
「雪の上を歩いたことなんかないでしょう?」
「え、ある……無いわ」
雪の家を作った時もディーンは私を抱き上げて歩いていたし、子供達はくぅちゃんの背中に乗って雪の家まで運ばれた。過保護な皆が私達が転びそうな事をさせるわけが無かった。
「私も歩いてみたいわ。雪を踏んで歩くの」
産まれてから今まで雪の上を歩いたことも、雨の中長く歩いた事も無い。
私はどれだけ過保護に守られて生きて来たのか分からない。
雪に触れたことだって数える程しかない位に過保護に育ったのが私だ。
「あなたに雨粒一滴当てる事すら私はしたくありません。あなたが歩きそうな場所は綺麗に雪を掃ってあるでしょうが、凍っているかもしれないのですから」
「過保護ね。でも子供達にはそういう経験は必要よ。学校に通う様になったら石畳以外の場所だって沢山あるでしょう? 私はあなたに守られていられるからいいけれど、子供達はもう少し逞しくなって欲しいわ」
か弱く守られているだけの私はこれから先もディーンに守られて生きるだろうけれど、子供達はそうはいかない。
これから乙女ゲームの世界をあの子達は生きるのだから。
自分で自分の身を守れる様にならないと、恐ろしい事になるかもしれない。
「ダニエラ大丈夫だ。マチルディーダ達はダニエラが思うよりも逞しく育っているぞ。主と蜘蛛達が森の中で鍛えているからな」
「そうなの?」
「マチルディーダももう七歳だ、使役獣もちぃだけでなく増えたし、アデライザ達もこの間使役獣の契約を蜘蛛の子とした。それぞれの使役獣は主である子供達を守る。だから安心しろ」
くぅちゃんは私がどういう心配をしているか知っているから、励ましてくれる。
ディーンの魔法使いの才能を受け継いだ子供達は、皆使役の魔法を使える様になってそれぞれ初めての使役獣を持った。最初の使役獣は皆くぅちゃんの子どもが良いと言ったから、今はそれぞれくぅちゃんの子が使役獣として守ってくれている。
それでも私の心配は尽きない。
「第一王子殿下が幽閉されて数年が経つけれど、心配なの。子供達は皆とっても可愛いでしょう。学校に通う様になったら狙われるんじゃないかって」
「その心配があるから、皆一緒に入学させると父上殿が決めたのだろう。それでも心配か? 主守りを強化するか」
くぅちゃんはディーンに聞いてくれるけれど、ディーンは何も言わない。
お父様はあまりに子供達を心配する私の為に、子供達四人の入学を一緒にすると決めてくれた。
学校は卒業年齢が十五歳以上と決められているだけで、入学の年齢は決められていないしそもそも入学しなくてもいい。実際私は学校には通っていなかった。
でも学校というものがあると知ったマチルディーダ達が自分が通うのを楽しみにしているから、駄目だとは言えなかった。
「まだ入学まで十年近くあります。その間に対策を考えますから、あまり心配しないで下さい」
「ディーンありがとう。私本当に心配症で駄目ね」
マチルディーダの入学時期を遅らせたら、乙女ゲームのヒロインと関わらなくて済むだろうか。
第一王子殿下と王子妃は幽閉されていても、その子どもは第二王子殿下が養育している。
第二王子殿下は悪い人ではないけれど、第一王子殿下の子はあまり良い噂を聞かないから心配でたまらない。
「あなたの不安を取り除くのは、夫である私の特権です。駄目などと言わないで下さい」
特権というのはこういう時に使う言葉だっただろうかと内心首を傾げながら、私はディーンに運ばれて外に出た。
「寒くありませんか」
「このマントが暖かいから大丈夫よ」
外に出るから毛皮のマントを身に着けて来た。
内側も外側もふかふかした柔らかい魔兎の毛皮で作られていて、保温効果の魔法を付与されたマントだから寒いわけが無い。
「あたなは寒くない?」
「私はあなたといられたら寒さなど感じません。魔法もありますし大丈夫です」
私を抱きしっかりとした足取りで雪の家までの道を歩くディーンは冬用の上着を着ただけの軽装だ。外に出た途端周囲を暖かな空気が漂い始めたからこれがディーンの魔法なのだろう。
「ディーンの魔法は凄いわ。外なのに暖炉の前に居るみたいに暖かいわ」
「褒めて頂けて嬉しいです」
「ふふ、ほらディーン見て、星があんなに。綺麗ね」
前世に見ていた冬の夜空に煌めいていた星座の形は何もない。
冬の星座はオリオン座を目印に探すと見つけやすいよ。そう教えてくれたのは前世の私の父だった。
そのオリオン座もこの世界の空には無い、それが少しだけ寂しい。
「ダニエラ」
「綺麗ね、ディーン。あなたと毎年こうして星を眺めたいわ」
違う世界に生きているのだと、星空を見上げて切なく思う。
前世の家族と、友達と、恋人と、私は何度も星空を見上げた。
クリスマスの日にケーキを食べて、窓の近くにジンジャークッキーをお皿に載せて置いた。
あれはもう遠い昔の記憶、今の私はこの乙女ゲームの世界に生きる悪役令嬢の母親になる筈だった者。
「約束ですよ。ダニエラ、毎年私とこうして星を見るって約束してください」
自分の思いに囚われていると、ディーンが真剣な顔で私を見ていた。
ディーンの肩に乗っているくぅちゃんも、私を見下ろしている。
「どうしたの、ディーン」
「……分かりません。なんだか不安になったんです。あなたをこの腕に抱いているのに、なぜか急にどこかにあなたが行ってしまいそうで」
「そうだ、ダニエラ。蜘蛛も不安になった」
二人の声はとても不安そうで、それにつられて私も不安になってきてしまう。
「やあね、二人共私はずっとディーンの妻よ。毎年一緒に星を見て幸せな時を過ごすの。そうよ、毎年同じ日にそうしましょう。約束よ」
「同じ日、分かりました。約束ですよ、ダニエラ」
約束しても不安なのか、ディーンは私を抱きしめる腕に力をこめる。
「ダニエラ、蜘蛛とも約束してくれ」
「ふふ、変なくぅちゃん。約束よ。ディーンとくぅちゃんと三人で星を見ましょう。私ねショウガ入りのクッキーをタオとメイナと焼いたのよ。上手に出来たからお茶と一緒に食べましょうね」
「さっき蜘蛛が預かったものだな。ショウガと桂皮が入っているのだったか」
「そうよ。お菓子の本に書いてあったの。冬に食べるんですって」
温めた牛の乳でいれた紅茶と一緒に食べるのがお勧めだと本には書いてあった。
前世の私もそうやって食べていた。
ロイヤルミルクティーはこの世界では珍しい飲み方だけれど、それが良いとあの本には載っていたのだ。
「楽しみです」
「あ、ディーン星が流れたわ。あれが流れ星というものかしら。私初めて見たわ」
「そうですよ。あれが流れ星です。ダニエラの初めての瞬間に私が側にいられて嬉しいです」
この世界の流れ星は、ゆっくりと流れていくみたいだ。
私は心の中で流れ星に願いを込めた。
ディーンとくぅちゃんと子供達、私の大切な人がいつも笑って過ごせるように。
どうか神様、私の大切な人達を守って下さい。
私の願いに応える様に、流れ星はきらきらと光を放ちながら流れて消えていった。
毎年同じ日にショウガ入りのクッキーを焼きディーンとくぅちゃんと星を見ながら牛の乳で入れた紅茶を飲むのを繰り返す内に、その話がネルツ家の使用人達に広まりネルツ領に広まって行った。
いつしかそれがネルツ領の領民達でも行う年末近くの行事になっていくことを、この時の私はまだ知らなかった。
※※※※※※
皆様、メリークリスマスです。
ダニエラ父の連載中ですが、クリスマスっぽい番外編です。
領民達に慕われているダニエラとディーンの行いを領民も真似て、ネルツ領では年末近くに雪が降れば雪の家を作りショウガ入りクッキーを焼く様になっていきます。
数日経ったら話の順番を入れ替える予定です。
近況ノートにも書きましたが、この度「いえ、絶対に別れます」が書籍化されることになりました。
作品を読んで下さり応援して下さった皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
詳細は後日近況ノートとXでお知らせ致しますので、楽しみにお待ち頂けると嬉しいです。
「ディーン、お仕事まだかかるかしら」
タオにお茶の準備をお願いした後で、私は小さくなったくぅちゃんを肩にのせてディーンを誘いに執務室にやって来た。
「ダニエラ、仕事はもう終わりですが、休むには少し早くありませんか?」
「まだ眠るには早いわ。ディーンに夜のお茶のお誘いに来たのよ」
執務机に座り書類を読んでいたディーンは、私を不思議そうに見ながら首を傾げたけれど私は自信を持って誘う。
ディーンが私の誘いを断るわけがない。タオはもうお茶の用意をして庭に向かっているだろうからあとは私がディーンを庭に連れて行くだけだ。
「お茶の誘い、ですか? タオもメイナもいない様ですが」
私とくぅちゃんしかいないのを、ディーンは不思議そうに見ている。
「ディーンが作ってくれた雪のお家で頂きたいの。雪がやんで星がとっても綺麗なんだもの」
「外でお茶を? 確かに今夜は星が綺麗に見えていますが」
「雪のお家の中、不思議と温かいし、そもそもディーンの魔法があるからそもそも寒くないでしょう?」
雪の家というのは、前世でいうところのかまくらだ。
比較的暖かい地方であるネルツ領はあまり雪が積もらないというのに、今年はなぜか大雪になった。
雪で外に出られず退屈しているマチルディーダ達の為に、私がディーンにお願いしてかまくらを作ってもらったのだ。『雪で小さな山を作って中をくりぬいたら小さなお家みたいにならない?』その一言でディーンはかなり大きな雪の山を庭につくり、中を器用にくりぬいて寒くない様に魔物の毛皮を敷きつめ快適な場所を作ってしまった。
長身のディーンよりも高い山は、私とディーンと子供達皆が入っても余裕な程に中が広い。
雪を固めただけでは強度が弱いから、ディーンの魔法で形を維持しているそうで中で火を使っても溶ける心配は無いらしい。
「ダニエラは面白い事を思いつきますね」
「ふふ、たまにはゆっくりディーンと過ごしたいなと思ったのよ」
この世界でも一年は十二か月この世界にクリスマスというものは存在しないけれど、今年もあと六日で終わるから時期的に言えばクリスマスの頃だ。
今朝そう言えば前世の世界はクリスマスがあったと急に思い出し、前世でクリスマスの頃に良く食べていたジンジャークッキーが懐かしくなって、昼間メイナ達と一緒に作ってみた。
幼い頃に愛読していたお菓子の作り方の本にもショウガクッキーとして作り方が載っていたから、それを参考に作ってみたけれど、我ながらとても上手に作れたと思う。
型抜きしかさせて貰えなかった昔と違い、今はだいぶ私の役割も増えたから進歩していると思う。
焼き立てのクッキーは、ダニエラとしては初めて食べたのに懐かしい味がした。
幼い頃は分からなかったけれど、この本は前世で食べたお菓子が沢山載っている。
この本を書いた人はもしかして私の様に前世の記憶がある人なんじゃないかって、ちょっと疑っている。
「私もダニエラとゆっくり過ごせるのは嬉しいです」
「ふふ、じゃあお茶に付き合ってくれる?」
「ええ、勿論です。では行きましょう」
そう言うとディーンは机の上の書類を片付けて立ち上がり、私を抱き上げた。
「庭は雪で凍ってるかもしれませんからね」
「もう、私転んだりしないわ」
「雪の上を歩いたことなんかないでしょう?」
「え、ある……無いわ」
雪の家を作った時もディーンは私を抱き上げて歩いていたし、子供達はくぅちゃんの背中に乗って雪の家まで運ばれた。過保護な皆が私達が転びそうな事をさせるわけが無かった。
「私も歩いてみたいわ。雪を踏んで歩くの」
産まれてから今まで雪の上を歩いたことも、雨の中長く歩いた事も無い。
私はどれだけ過保護に守られて生きて来たのか分からない。
雪に触れたことだって数える程しかない位に過保護に育ったのが私だ。
「あなたに雨粒一滴当てる事すら私はしたくありません。あなたが歩きそうな場所は綺麗に雪を掃ってあるでしょうが、凍っているかもしれないのですから」
「過保護ね。でも子供達にはそういう経験は必要よ。学校に通う様になったら石畳以外の場所だって沢山あるでしょう? 私はあなたに守られていられるからいいけれど、子供達はもう少し逞しくなって欲しいわ」
か弱く守られているだけの私はこれから先もディーンに守られて生きるだろうけれど、子供達はそうはいかない。
これから乙女ゲームの世界をあの子達は生きるのだから。
自分で自分の身を守れる様にならないと、恐ろしい事になるかもしれない。
「ダニエラ大丈夫だ。マチルディーダ達はダニエラが思うよりも逞しく育っているぞ。主と蜘蛛達が森の中で鍛えているからな」
「そうなの?」
「マチルディーダももう七歳だ、使役獣もちぃだけでなく増えたし、アデライザ達もこの間使役獣の契約を蜘蛛の子とした。それぞれの使役獣は主である子供達を守る。だから安心しろ」
くぅちゃんは私がどういう心配をしているか知っているから、励ましてくれる。
ディーンの魔法使いの才能を受け継いだ子供達は、皆使役の魔法を使える様になってそれぞれ初めての使役獣を持った。最初の使役獣は皆くぅちゃんの子どもが良いと言ったから、今はそれぞれくぅちゃんの子が使役獣として守ってくれている。
それでも私の心配は尽きない。
「第一王子殿下が幽閉されて数年が経つけれど、心配なの。子供達は皆とっても可愛いでしょう。学校に通う様になったら狙われるんじゃないかって」
「その心配があるから、皆一緒に入学させると父上殿が決めたのだろう。それでも心配か? 主守りを強化するか」
くぅちゃんはディーンに聞いてくれるけれど、ディーンは何も言わない。
お父様はあまりに子供達を心配する私の為に、子供達四人の入学を一緒にすると決めてくれた。
学校は卒業年齢が十五歳以上と決められているだけで、入学の年齢は決められていないしそもそも入学しなくてもいい。実際私は学校には通っていなかった。
でも学校というものがあると知ったマチルディーダ達が自分が通うのを楽しみにしているから、駄目だとは言えなかった。
「まだ入学まで十年近くあります。その間に対策を考えますから、あまり心配しないで下さい」
「ディーンありがとう。私本当に心配症で駄目ね」
マチルディーダの入学時期を遅らせたら、乙女ゲームのヒロインと関わらなくて済むだろうか。
第一王子殿下と王子妃は幽閉されていても、その子どもは第二王子殿下が養育している。
第二王子殿下は悪い人ではないけれど、第一王子殿下の子はあまり良い噂を聞かないから心配でたまらない。
「あなたの不安を取り除くのは、夫である私の特権です。駄目などと言わないで下さい」
特権というのはこういう時に使う言葉だっただろうかと内心首を傾げながら、私はディーンに運ばれて外に出た。
「寒くありませんか」
「このマントが暖かいから大丈夫よ」
外に出るから毛皮のマントを身に着けて来た。
内側も外側もふかふかした柔らかい魔兎の毛皮で作られていて、保温効果の魔法を付与されたマントだから寒いわけが無い。
「あたなは寒くない?」
「私はあなたといられたら寒さなど感じません。魔法もありますし大丈夫です」
私を抱きしっかりとした足取りで雪の家までの道を歩くディーンは冬用の上着を着ただけの軽装だ。外に出た途端周囲を暖かな空気が漂い始めたからこれがディーンの魔法なのだろう。
「ディーンの魔法は凄いわ。外なのに暖炉の前に居るみたいに暖かいわ」
「褒めて頂けて嬉しいです」
「ふふ、ほらディーン見て、星があんなに。綺麗ね」
前世に見ていた冬の夜空に煌めいていた星座の形は何もない。
冬の星座はオリオン座を目印に探すと見つけやすいよ。そう教えてくれたのは前世の私の父だった。
そのオリオン座もこの世界の空には無い、それが少しだけ寂しい。
「ダニエラ」
「綺麗ね、ディーン。あなたと毎年こうして星を眺めたいわ」
違う世界に生きているのだと、星空を見上げて切なく思う。
前世の家族と、友達と、恋人と、私は何度も星空を見上げた。
クリスマスの日にケーキを食べて、窓の近くにジンジャークッキーをお皿に載せて置いた。
あれはもう遠い昔の記憶、今の私はこの乙女ゲームの世界に生きる悪役令嬢の母親になる筈だった者。
「約束ですよ。ダニエラ、毎年私とこうして星を見るって約束してください」
自分の思いに囚われていると、ディーンが真剣な顔で私を見ていた。
ディーンの肩に乗っているくぅちゃんも、私を見下ろしている。
「どうしたの、ディーン」
「……分かりません。なんだか不安になったんです。あなたをこの腕に抱いているのに、なぜか急にどこかにあなたが行ってしまいそうで」
「そうだ、ダニエラ。蜘蛛も不安になった」
二人の声はとても不安そうで、それにつられて私も不安になってきてしまう。
「やあね、二人共私はずっとディーンの妻よ。毎年一緒に星を見て幸せな時を過ごすの。そうよ、毎年同じ日にそうしましょう。約束よ」
「同じ日、分かりました。約束ですよ、ダニエラ」
約束しても不安なのか、ディーンは私を抱きしめる腕に力をこめる。
「ダニエラ、蜘蛛とも約束してくれ」
「ふふ、変なくぅちゃん。約束よ。ディーンとくぅちゃんと三人で星を見ましょう。私ねショウガ入りのクッキーをタオとメイナと焼いたのよ。上手に出来たからお茶と一緒に食べましょうね」
「さっき蜘蛛が預かったものだな。ショウガと桂皮が入っているのだったか」
「そうよ。お菓子の本に書いてあったの。冬に食べるんですって」
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前世の私もそうやって食べていた。
ロイヤルミルクティーはこの世界では珍しい飲み方だけれど、それが良いとあの本には載っていたのだ。
「楽しみです」
「あ、ディーン星が流れたわ。あれが流れ星というものかしら。私初めて見たわ」
「そうですよ。あれが流れ星です。ダニエラの初めての瞬間に私が側にいられて嬉しいです」
この世界の流れ星は、ゆっくりと流れていくみたいだ。
私は心の中で流れ星に願いを込めた。
ディーンとくぅちゃんと子供達、私の大切な人がいつも笑って過ごせるように。
どうか神様、私の大切な人達を守って下さい。
私の願いに応える様に、流れ星はきらきらと光を放ちながら流れて消えていった。
毎年同じ日にショウガ入りのクッキーを焼きディーンとくぅちゃんと星を見ながら牛の乳で入れた紅茶を飲むのを繰り返す内に、その話がネルツ家の使用人達に広まりネルツ領に広まって行った。
いつしかそれがネルツ領の領民達でも行う年末近くの行事になっていくことを、この時の私はまだ知らなかった。
※※※※※※
皆様、メリークリスマスです。
ダニエラ父の連載中ですが、クリスマスっぽい番外編です。
領民達に慕われているダニエラとディーンの行いを領民も真似て、ネルツ領では年末近くに雪が降れば雪の家を作りショウガ入りクッキーを焼く様になっていきます。
数日経ったら話の順番を入れ替える予定です。
近況ノートにも書きましたが、この度「いえ、絶対に別れます」が書籍化されることになりました。
作品を読んで下さり応援して下さった皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
詳細は後日近況ノートとXでお知らせ致しますので、楽しみにお待ち頂けると嬉しいです。
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