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番外編
おまけ お菓子の思い出(蜘蛛視点)
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「焼き立てですのでお気をつけくださいませ」
メイナがにこにことしながら運んできたのは、ほかほかと湯気のたつ焼き菓子だ。
薄く切った林檎だろうか、それが数枚小さなパイ生地の上に並べて焼かれた様に見える。
林檎の上にはこんがりと飴状に焦げたものがところどころに見え、これはダニエラ好みの菓子だと蜘蛛には分かった。
「まあ、懐かしいお菓子。メイナが作ってくれたのね」
ここはウィストン公爵家のダニエラの部屋だ。
普通なら菓子を焼くのは公爵家の料理人だと思うが、どうしてメイナが焼いたものだとダニエラは分かったのだろう。不思議だ。
結婚前にダニエラが使っていたというこの部屋は、今は主と二人で使える様に少々家具を変更されているが壁紙やカーテン等はダニエラが使っていた当時のままだ。
大人向けに変更しようとした父上殿を、主がそのままにしていて欲しいと願って止めたのだ。
ちなにみ、主の兄は一度も公爵家に泊ったことは無かったらしい。
「はい、奥様。久しぶりに調理室を覗いたところ、いつでも使える様に整えられていて材料も沢山あったものですから、つい作ってしまいました」
日頃無表情に近いメイナが照れた様な顔で返事をしていて、タオはお茶をテーブルに準備しながら微笑ましそうにメイナを見ている。
メイナに菓子が作れたとは思わなかった。確かメイナは伯爵家の出身じゃなかっただろうか。
下級の貴族ならともかく、公爵家の令嬢の侍女に仕えられる程の貴族家の令嬢だった者が菓子を作れるとは思わなかった。
「ダニエラ、よく分かりましたね」
「ふふ、このパイはねメイナの得意なものなの。懐かしいわ、私も幼いころお手伝いしたから覚えているのよ」
今何と言った? ダニエラが何を手伝ったと?
侍女として仕事をしているメイナはともかく、子供の頃虫ですら遠くに飛ぶ蝶を見た程度の箱入りのダニエラが菓子を作る手伝いをしたというのか?
驚きすぎて蜘蛛は声も出ないが、主はもっと驚いている様だ。
「あの、もしかしたらなのですが、他のお菓子を作るのも手伝ったことがありますか」
「他のお菓子?」
「ええ、例えばクッキーとかお菓子ではありませんが、食事パンというものです」
食事パンと主が言うものを蜘蛛は思い出した。
そういえば、主が王家の森で良く食べていた。
「食事パン? 昔だと焼いたお肉と刻んだ葉物野菜を入れたものとか、衣をつけて揚げ焼きした物を挟んだものかしら、それともお芋潰してタレと和えたもの?」
「は、はい」
「クッキーは、そうね、焼く時に飴を入れたものとか? かわいい型抜きのものかしら」
「はい、そ、そうです」
主の声が震えているのは、昔を思いだしているせいだろう。
蜘蛛も今声を出したらそんな声しか出ないかもしれない。
「でもどうしてディーンがそれを知っているの? 結婚してから私それを食べた事がないのに」
「そうですね。今仰ったものはこちらの調理室でしか作っていません」
ダニエラとメイナが首を傾げて主を見ている。
ダニエラが結婚前というなら、主が今言ったものが結びつかないのは当然だろう。
「ニール様が何度も下さったのです」
「お兄様が?」
「はい、学生の頃に何度か、それから卒業後私が魔法師団に勤める様になってからも」
度々ニール様は主にそれらをくれたのだ。
妹の戯れだと言って、少し焦げたクッキーや、形が崩れたパイ。そうだ、まさにこのパイだ。それから薄く切ったパンに肉や野菜を挟んだもの。
蜘蛛の空間収納は時が止まるから、主はニール様にそれらを貰う度に蜘蛛に預けにきて、少しずつ大切に食べていたのだ。主は預かってくれる礼だと蜘蛛にも毎回分けてくれた。
蜘蛛は人の食べ物に興味は無かったが、主が一緒に食べたがっていると気が付いていたからほんの少しだけ貰って食べていたんだ。
「お兄様がディーンに……それなら私がメイナとタオと作ったものだわ。作ったといっても私は薄く切った林檎を並べたり、切ったバターを乗せたり、クッキーの型を抜いた程度だけれど」
それはそうだろう。主が学生の頃なら、ダニエラはかなり幼い筈だ。
そんな幼いダニエラに刃物を使わせたり、火を使わせたりなんて蜘蛛だって恐ろしくてできない。
「ダニエラが菓子を作る手伝いをしたのか? それが調理室?」
「ふふ、子供の頃簡単で美味しいお菓子や食事の作り方の本を読んでね、作ってみたいと言ったらお父様が調理室を部屋の近くに作って下さったの。メイナやタオは元々料理が出来たから、料理人が本を見て二人に教えてくれて私は簡単なお手伝いをしたのよ。とても楽しくてね」
どうしてそれをニール様は主にくれたのか分からない。
料理人が作った様な完璧な出来では無かったが、どれも主は喜んで食べていた。
卒業した日の夜、王家の森に来た主は蜘蛛と一緒にクッキーを食べたんだ。
あの味を、蜘蛛はまだ覚えている。
『母は私の努力など無駄と、兄を気遣えない私などいらないのだ』
悲しそうにそう言いながら、主はクッキーを齧った。
『私は母に愛されないけれど、私にはニール様がいる。私を認めて下さったあの人が』
そう言いながら悲しむ主を見ながら、いつか主が愛する人と菓子を食べる日が来ることを蜘蛛は祈っていた。
主の悲しみも苦しみも理解して、共に喜び共に泣いてくれる人が出来る日を心の底から願っていたんだ。
「お兄様によく食べて頂いたわ。美味しいから沢山作って欲しいと言われて、嬉しくて何度も作ったわね。メイナ」
「はい。幼い頃の奥様はとても上手にクッキーの型抜きをされていました。私もタオも奥様と調理室を使うのが大好きでした。あの本は当時の奥様の宝物でしたね。このパイもあの本にのっていたものです」
「私、林檎を並べるのも得意だったわ」
自慢げに言うダニエラは、パイを食べて「そうそうこの味よ」と微笑んでいる。
「懐かしいです。こんなに温かかったのですね」
ニール様が主に渡す頃には当然菓子も料理も冷めていた。
家族との食事に楽しかった思い出の無い主は、敬愛するニール様が「ちゃんと食事をとれ」と言って主に下さったそれらを食べるのが幸せだったんだ。
まさか『妹の戯れ』がダニエラの調理の手伝いを意味していたとは、当時思いもしなかったが。
「ディーン、確か料理出来るのよね」
「はい、冒険者に習った大雑把なものですが」
「でも一人で料理が作れるのよね」
懐かしそうにパイを食べていたダニエラは、突然キラキラとした目で主を見始めた。
「はい」
不穏なものを感じながら、主は素直に頷いた。
主はダニエラの問いに嘘をついたりしないのだ。
「じゃあ、ネルツ家にも調理室を作って、一緒に料理をしましょう!」
「ダニエラ、あなたが料理? 一緒って私とですか?」
「そうよ、ディーンと作るの。幼い頃は林檎を並べる程度しかさせて貰えなかったけれど、もう私も大人だもの。自分でスープを作ったり卵を焼いたりしてみたいわ。それをディーンに食べて貰うの」
きらきらした目で両手を組んで言うダニエラを、一体誰が止められるだろうか。
蜘蛛には無理だ、メイナやタオにも無理だ、勿論主はもっと無理だ。
「ダニエラが料理ですか」
「そうよ、あなたと一緒に作るの。後はメイナとタオね。一人でなんて無茶はしないわ。そんな事したら危ないって私分かっているもの」
自慢げにそんなことを言い切る人間に火や刃物を使わせていいのだろうか。
いや、蜘蛛も今は人の形になれるのだから、まず蜘蛛が料理を覚えればいいのか。
よし、それなら安全だ。
「ダニエラと料理、ダニエラが作ったものを食べる」
「私もあなたが作ったものを食べたいわ。でも普段は料理人の作ったものを食べるのよ。それは変わらないわ。特別な時だけ二人で作りましょう」
「分かりました。専用の場所を用意します。それまで待っていてくださいますか」
よし、それまで蜘蛛は料理を覚えるぞ。
ダニエラの安全は蜘蛛が守るんだから、当然だ。
もしダニエラが作ったものが焦げだらけでも、主はきっと喜んで全部食べるだろう。
あの、王家の森で寂しくクッキーを齧っていた主はもういない。主の側にはダニエラがいるんだから。
ダニエラと食べる食事が主にとっての幸せなんだ。
随分日が過ぎてからネルツ家に出来た調理室で、案外器用にダニエラが料理をする姿を見て、主と蜘蛛が驚くのだがそれはまた別の話。
※※※※※※
おまけのおまけ
「お兄様、昔私が作ったお菓子や料理をディーンに渡していたと聞いたのですが」
「ん? そんなことあったか」
ディーンがいない時、お兄様にそっと聞いてみた。
作るといっても、幼い子供の手伝い程度だけれど、出来はそんなに良く無かった筈。
「ああ、何度か持って行ったな。ディーンは放っておくと食事を抜くから、非常食としてだ」
「そうだったのですね。今の彼は食事を疎かにすることはありませんが、昔はそうだったのですね」
お兄様が気にしていたら、ディーンは喜んで食べただろうと想像はつく。
それが、あんな拙い出来のものでも。
「それがどうした」
「出来の悪いものではなく、ちゃんと料理人が作ったもので良かったのではありませんか」
「それだとあれが遠慮するだろう」
成程、確かに彼なら遠慮して恐縮してしまうかもしれない。
お兄様はさすが考えているし、ディーンの性格を理解しているわ。
「さすがお兄様です。良く彼の考え方を理解していますね」
「当然だ」
当然だって、お兄様最近そういうところ隠さなくなって来た気がしますが、私の気のせいでしょうか。
「お兄様、たまには彼の息抜きに二人でお酒を飲んだりしてあげて下さいませね」
「それはお前がすればいいだろう」
「妻とは妻の、親友とは親友との時間が必要な時があると思います。お兄様はディーンの友なのですから」
二人が仲が良いと思うと、何だか嬉しくて笑ってしまう。
「そうか、あれは頭が固いから、疲れることもあるだろう。たまには労わってやるか」
親友を否定しないお兄様に、内心でニヤニヤとしながら私は「お願いします」と頭を下げたのだった。
メイナがにこにことしながら運んできたのは、ほかほかと湯気のたつ焼き菓子だ。
薄く切った林檎だろうか、それが数枚小さなパイ生地の上に並べて焼かれた様に見える。
林檎の上にはこんがりと飴状に焦げたものがところどころに見え、これはダニエラ好みの菓子だと蜘蛛には分かった。
「まあ、懐かしいお菓子。メイナが作ってくれたのね」
ここはウィストン公爵家のダニエラの部屋だ。
普通なら菓子を焼くのは公爵家の料理人だと思うが、どうしてメイナが焼いたものだとダニエラは分かったのだろう。不思議だ。
結婚前にダニエラが使っていたというこの部屋は、今は主と二人で使える様に少々家具を変更されているが壁紙やカーテン等はダニエラが使っていた当時のままだ。
大人向けに変更しようとした父上殿を、主がそのままにしていて欲しいと願って止めたのだ。
ちなにみ、主の兄は一度も公爵家に泊ったことは無かったらしい。
「はい、奥様。久しぶりに調理室を覗いたところ、いつでも使える様に整えられていて材料も沢山あったものですから、つい作ってしまいました」
日頃無表情に近いメイナが照れた様な顔で返事をしていて、タオはお茶をテーブルに準備しながら微笑ましそうにメイナを見ている。
メイナに菓子が作れたとは思わなかった。確かメイナは伯爵家の出身じゃなかっただろうか。
下級の貴族ならともかく、公爵家の令嬢の侍女に仕えられる程の貴族家の令嬢だった者が菓子を作れるとは思わなかった。
「ダニエラ、よく分かりましたね」
「ふふ、このパイはねメイナの得意なものなの。懐かしいわ、私も幼いころお手伝いしたから覚えているのよ」
今何と言った? ダニエラが何を手伝ったと?
侍女として仕事をしているメイナはともかく、子供の頃虫ですら遠くに飛ぶ蝶を見た程度の箱入りのダニエラが菓子を作る手伝いをしたというのか?
驚きすぎて蜘蛛は声も出ないが、主はもっと驚いている様だ。
「あの、もしかしたらなのですが、他のお菓子を作るのも手伝ったことがありますか」
「他のお菓子?」
「ええ、例えばクッキーとかお菓子ではありませんが、食事パンというものです」
食事パンと主が言うものを蜘蛛は思い出した。
そういえば、主が王家の森で良く食べていた。
「食事パン? 昔だと焼いたお肉と刻んだ葉物野菜を入れたものとか、衣をつけて揚げ焼きした物を挟んだものかしら、それともお芋潰してタレと和えたもの?」
「は、はい」
「クッキーは、そうね、焼く時に飴を入れたものとか? かわいい型抜きのものかしら」
「はい、そ、そうです」
主の声が震えているのは、昔を思いだしているせいだろう。
蜘蛛も今声を出したらそんな声しか出ないかもしれない。
「でもどうしてディーンがそれを知っているの? 結婚してから私それを食べた事がないのに」
「そうですね。今仰ったものはこちらの調理室でしか作っていません」
ダニエラとメイナが首を傾げて主を見ている。
ダニエラが結婚前というなら、主が今言ったものが結びつかないのは当然だろう。
「ニール様が何度も下さったのです」
「お兄様が?」
「はい、学生の頃に何度か、それから卒業後私が魔法師団に勤める様になってからも」
度々ニール様は主にそれらをくれたのだ。
妹の戯れだと言って、少し焦げたクッキーや、形が崩れたパイ。そうだ、まさにこのパイだ。それから薄く切ったパンに肉や野菜を挟んだもの。
蜘蛛の空間収納は時が止まるから、主はニール様にそれらを貰う度に蜘蛛に預けにきて、少しずつ大切に食べていたのだ。主は預かってくれる礼だと蜘蛛にも毎回分けてくれた。
蜘蛛は人の食べ物に興味は無かったが、主が一緒に食べたがっていると気が付いていたからほんの少しだけ貰って食べていたんだ。
「お兄様がディーンに……それなら私がメイナとタオと作ったものだわ。作ったといっても私は薄く切った林檎を並べたり、切ったバターを乗せたり、クッキーの型を抜いた程度だけれど」
それはそうだろう。主が学生の頃なら、ダニエラはかなり幼い筈だ。
そんな幼いダニエラに刃物を使わせたり、火を使わせたりなんて蜘蛛だって恐ろしくてできない。
「ダニエラが菓子を作る手伝いをしたのか? それが調理室?」
「ふふ、子供の頃簡単で美味しいお菓子や食事の作り方の本を読んでね、作ってみたいと言ったらお父様が調理室を部屋の近くに作って下さったの。メイナやタオは元々料理が出来たから、料理人が本を見て二人に教えてくれて私は簡単なお手伝いをしたのよ。とても楽しくてね」
どうしてそれをニール様は主にくれたのか分からない。
料理人が作った様な完璧な出来では無かったが、どれも主は喜んで食べていた。
卒業した日の夜、王家の森に来た主は蜘蛛と一緒にクッキーを食べたんだ。
あの味を、蜘蛛はまだ覚えている。
『母は私の努力など無駄と、兄を気遣えない私などいらないのだ』
悲しそうにそう言いながら、主はクッキーを齧った。
『私は母に愛されないけれど、私にはニール様がいる。私を認めて下さったあの人が』
そう言いながら悲しむ主を見ながら、いつか主が愛する人と菓子を食べる日が来ることを蜘蛛は祈っていた。
主の悲しみも苦しみも理解して、共に喜び共に泣いてくれる人が出来る日を心の底から願っていたんだ。
「お兄様によく食べて頂いたわ。美味しいから沢山作って欲しいと言われて、嬉しくて何度も作ったわね。メイナ」
「はい。幼い頃の奥様はとても上手にクッキーの型抜きをされていました。私もタオも奥様と調理室を使うのが大好きでした。あの本は当時の奥様の宝物でしたね。このパイもあの本にのっていたものです」
「私、林檎を並べるのも得意だったわ」
自慢げに言うダニエラは、パイを食べて「そうそうこの味よ」と微笑んでいる。
「懐かしいです。こんなに温かかったのですね」
ニール様が主に渡す頃には当然菓子も料理も冷めていた。
家族との食事に楽しかった思い出の無い主は、敬愛するニール様が「ちゃんと食事をとれ」と言って主に下さったそれらを食べるのが幸せだったんだ。
まさか『妹の戯れ』がダニエラの調理の手伝いを意味していたとは、当時思いもしなかったが。
「ディーン、確か料理出来るのよね」
「はい、冒険者に習った大雑把なものですが」
「でも一人で料理が作れるのよね」
懐かしそうにパイを食べていたダニエラは、突然キラキラとした目で主を見始めた。
「はい」
不穏なものを感じながら、主は素直に頷いた。
主はダニエラの問いに嘘をついたりしないのだ。
「じゃあ、ネルツ家にも調理室を作って、一緒に料理をしましょう!」
「ダニエラ、あなたが料理? 一緒って私とですか?」
「そうよ、ディーンと作るの。幼い頃は林檎を並べる程度しかさせて貰えなかったけれど、もう私も大人だもの。自分でスープを作ったり卵を焼いたりしてみたいわ。それをディーンに食べて貰うの」
きらきらした目で両手を組んで言うダニエラを、一体誰が止められるだろうか。
蜘蛛には無理だ、メイナやタオにも無理だ、勿論主はもっと無理だ。
「ダニエラが料理ですか」
「そうよ、あなたと一緒に作るの。後はメイナとタオね。一人でなんて無茶はしないわ。そんな事したら危ないって私分かっているもの」
自慢げにそんなことを言い切る人間に火や刃物を使わせていいのだろうか。
いや、蜘蛛も今は人の形になれるのだから、まず蜘蛛が料理を覚えればいいのか。
よし、それなら安全だ。
「ダニエラと料理、ダニエラが作ったものを食べる」
「私もあなたが作ったものを食べたいわ。でも普段は料理人の作ったものを食べるのよ。それは変わらないわ。特別な時だけ二人で作りましょう」
「分かりました。専用の場所を用意します。それまで待っていてくださいますか」
よし、それまで蜘蛛は料理を覚えるぞ。
ダニエラの安全は蜘蛛が守るんだから、当然だ。
もしダニエラが作ったものが焦げだらけでも、主はきっと喜んで全部食べるだろう。
あの、王家の森で寂しくクッキーを齧っていた主はもういない。主の側にはダニエラがいるんだから。
ダニエラと食べる食事が主にとっての幸せなんだ。
随分日が過ぎてからネルツ家に出来た調理室で、案外器用にダニエラが料理をする姿を見て、主と蜘蛛が驚くのだがそれはまた別の話。
※※※※※※
おまけのおまけ
「お兄様、昔私が作ったお菓子や料理をディーンに渡していたと聞いたのですが」
「ん? そんなことあったか」
ディーンがいない時、お兄様にそっと聞いてみた。
作るといっても、幼い子供の手伝い程度だけれど、出来はそんなに良く無かった筈。
「ああ、何度か持って行ったな。ディーンは放っておくと食事を抜くから、非常食としてだ」
「そうだったのですね。今の彼は食事を疎かにすることはありませんが、昔はそうだったのですね」
お兄様が気にしていたら、ディーンは喜んで食べただろうと想像はつく。
それが、あんな拙い出来のものでも。
「それがどうした」
「出来の悪いものではなく、ちゃんと料理人が作ったもので良かったのではありませんか」
「それだとあれが遠慮するだろう」
成程、確かに彼なら遠慮して恐縮してしまうかもしれない。
お兄様はさすが考えているし、ディーンの性格を理解しているわ。
「さすがお兄様です。良く彼の考え方を理解していますね」
「当然だ」
当然だって、お兄様最近そういうところ隠さなくなって来た気がしますが、私の気のせいでしょうか。
「お兄様、たまには彼の息抜きに二人でお酒を飲んだりしてあげて下さいませね」
「それはお前がすればいいだろう」
「妻とは妻の、親友とは親友との時間が必要な時があると思います。お兄様はディーンの友なのですから」
二人が仲が良いと思うと、何だか嬉しくて笑ってしまう。
「そうか、あれは頭が固いから、疲れることもあるだろう。たまには労わってやるか」
親友を否定しないお兄様に、内心でニヤニヤとしながら私は「お願いします」と頭を下げたのだった。
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