【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 幼い主様(子蜘蛛視点)

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「さみしくにゃいかな」

 夜中、ベッドからむくりと起き上がったディーダ様は、一人でベッドから抜け出すと窓の方へと歩いいくと、カーテンを開きました。
 カーテンを開くと、月の光が部屋の中に差し込んできました。

「ヨニー……ないてにゃい?」

 窓硝子にぺたりと両手を張り付かせながら、ディーダ様は外を見ていました。
 月の光があるとは言っても夜中です、何も見えはしないでしょう。

「さみしくにゃい?」

 ウィンストン公爵家の客間の一室に私の主ディーダ様は一人で眠っていました。
 魔物である私ちぃとは違い、人間の子供であるディーダ様はまだまだ一人にするのは不安がある幼児に分類されるけれど、貴族の子供は早くから一人で眠るようにするらしく、隣の部屋に子守はいても寝室は基本的にディーダ様一人なのだそうです。
 ディーダ様は一度眠ると朝まで目覚めないそうなので、いつもはそれで問題がないのでしょう。
 さらに幼いディーダ様の妹アデライザ様と、生まれたばかりの双子達はさすがに乳母が添い寝しているらしいけれど、ネルツ家の場合は三歳になったら一人寝をさせるらしいです。

「ディーダ様、眠れませんか。子守を呼びましょうか」

 今日、ディーダ様はブレガ侯爵家に向かうロニー様を見送りました。
 生まれた時から一緒にいた方と離れたのですから、その淋しさは私の想像以上なのでしょう。
 夜中と言っても、もしかしたらダニエラ様達はまだ起きていらっしゃるかもしれません。
 呼んできたほうがいいでしょうか。悩むところです。
 
「ちぃちゃん」
「はい、ちぃですよ。ディーダ様」
「ディーダ、起きちゃったの?」

 何故そこで疑問系になるのか分からないけれど、そこは幼児だから意味はないのでしょう。

「今日は色々ありましたから、興奮しているのかもしれませんね」

 ディーダ様の側に早足で近付き、そうっと前足の先でディーダ様の額に触れました。
 母様から、幼い子供は夜中に急に熱を出すことがあるから夜中に起きたりした場合は体調を確認するように言われているのです。
 ちぃは生まれて一年も過ぎていないですが、幼い子供の体調管理位は簡単です。
 幸い熱は無いようなので安心しました。

「こーふん? わからないけど、ちぃちゃんは元気?」
「はい、おかげさまで」

 眠る必要も無いのに、ディーダ様に添い寝しているだけだから何か問題が出る筈もない。

「ヨニーは元気かなぁ」
「……きっとグッスリとお休みになっていますよ」
「泣いてない?」
「ええ、沢山お勉強して早くディーダ様に会えるようにと張り切っていらっしゃるかもしれません」

 泣いてはいなくても、淋しく悲しんではいるだろうな。そう想像出来ても、ディーダ様を悲しませるようなことを私は言ったりしません。
 そこは母様に厳しく躾けられていますから、私は色々学んでいるのです。

「あいたいなぁ、ヨニー」

 自信満々にお慰めしたつもりなのに、突然ディーダ様はそう呟いた後の涙をこぼし始めました。
 大変です、泣いていますっ!
 ポタポタと涙の雫が、ディーダ様の大きな瞳から落ちていますっ!
 ど、どうしたらいいのでしょう。
 母様は今森に帰っているので朝にならないと戻ってきません、ダニエラ様を呼んできたほうがいいでしょうか。

「ディーダ様」
「ちぃちゃん、ヨニーはさみしくてないてりゅかも」

 泣いているのはあなたです。
 涙の雫を拭ってあげたくても、私は魔物の蜘蛛なのでハンカチは持てないし抱きしめて差し上げることも出来ません。
 母様が人の形になりたいと言って、ずっと修行していましたが、私も今すぐ人の形になりたいと思ってしまう程に動揺しています。

「ディーダ様、い、祈りましょう!」
「おいのり?」
「はい、ロニー様が淋しくないように、元気でいられるように。きっとディーダ様の祈りは、そのお気持ちはロニー様に届きますよ」
 
 何て嘘くさい話でしょう。
 私は魔物ですから、信仰心なんてありません。
 魔物は神の守りから外れた存在です、神? そんなの知りませんね。位の気持ちで日々を生きるのが魔物というものです。
 その私が人に祈りを勧める日が来るとは思いませんでした。

「ディーダがおいのりしたら、ヨニーにとどきゅ?」
「はい、きっと」

 大きな瞳から、またポロリと涙がこぼれ落ちました。
 本人も離れたくてディーダ様から離れたわけでは無いのは分かっていますが、ディーダ様を泣かせるロニー様憎しと私はなっています。
 
「かみしゃま、ヨニーが元気じゃないとディーダ嫌なの」

 窓の向こうを見つめながら、ディーダ様は両手を組みました。

「元気で、泣かないで、にんじんでても食べてね」

 人参が嫌いなのは、ロニー様ではなくてディーダ様の方ですよね。私は知ってますよ。

「もう大丈夫ですよ、ディーダ様が心を込めてお祈りしたから、きっと大丈夫です」
「うん、ちぃちゃん。ありがと。ディーダ、ちぃちゃんすき」

 涙で潤んだ目で、ディーダ様は何とも可愛らしいことを言ってくれました。
 母様の主様はだいぶ個性が強い方ですが、私の主様は何て可愛らしいのでしょう。
 早く強い魔物になって、ディーダ様をどんな脅威からもお守り出来る様にならないといけませんっ!

「私もディーダ様が好きですよ」
「ふふふ、おんなじねっ」

 笑うディーダ様をベッドに運ぼうと見つめていたら、そっと扉が開きました。

「あら、カーテンが開いて……マチルディーダ目が覚めてしまったの?」

 扉を開いたのは、ダニエラ様でした。その背後には母様の主様もいらっしゃるようです。

「おかあさまぁ、おとおさまぁ」
「あらあら、ちぃちゃん側についてくれていたのねありがとう」

 お二人は足早にディーダ様に近寄ると、主様がディーダ様を抱き上げました。

「どうしたの? おかあさまぁさみしくなったの?」
「……ええ、だからマチルディーダ、お父様とお母様と一緒に眠ってくれるかしら?」

 ディーダ様の顔を覗き込みながら、ダニエラ様は優しくそう囁やきました。

「うん、ディーダいっしょにねてあげりゅ」
「ありがとうディーダ」
「おとおさまぁ、そしたらさみしくにゃい?」
「ああ」

 淋しかったのはディーダ様の方でしょう。
 私はそんな事してきしたりしませんが、ディーダ様が笑顔になったので安心しました。
 本当に主が幼いと気苦労が絶えません。

「ちぃちゃん、ありがと」
「どういたしまして」

 ディーダ様のベッドに三人で横たわるのを見守りながら、私はカーテンを閉めました。
 これくらい簡単です。
 でも、次にもしディーダ様が涙を流す様なことがあれば涙を拭いてさしあげられるよう、私は特訓しなくてはいけません。
 母様は、絵本の挿絵すら蜘蛛の形で描かれるのですから涙を拭くくらい私にだって出来るはずです。
 勿論泣かせないのが一番ですが、どんなことにも対応出来てこその使役獣です。
 特訓して強くなって、末は母様のように人の形になるのです。

「ディーダ様、私はあなたを守れる蜘蛛になります」

 ベッドの中の三人に聞こえないような小さな声で、私はそう宣言しました。
 子供の感覚を遠方でも察知する母様が、私の決心に気がついて満足そうに頷いていたなんて、この時の私は知りもしなかったのです。

※※※※※※※※
「使役獣なら涙くらい拭けて当然、訓練が足りないな」
なんて、くぅちゃんは森で考えていそうです。
 最初は生意気だったちぃちゃんですが、今はマチルディーダを第一に考えるようになりました。

ダニエラ達はマチルディーダが昼間の事があるので、心配になって様子を見に来てます。
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