上 下
152 / 246
番外編

ほのぼの日常編2 くもさんはともだちのおまけ(ロニー視点)

しおりを挟む
「ジェリンド様、もうお休みの時間ではありませんか。僕がお部屋にお邪魔するのは……」

 にこにこと僕の手を引くジェリンド様より、僕達の後ろを歩くジェリンド様付きの使用人達の視線が怖くて何とか逃げようと控えめに声を掛けた。
 僕はウィンストン家では招かれざる客でしかないと思う。
 お義母様を大切にしなかった父の子供なのだから、歓迎される筈が無いと思う。
 昨日お義母様とお義父様はネルツ家の霊廟に僕を連れて行ってくれた。
 霊廟は棺を埋葬する時以外あまり中まで入らないで、近くにあるネルツ家専用の小さな神殿で祈る事が殆どだそうだ。けれどお義母様は、暫くネルツ家に戻って来られないからと僕に両親へのお参りをさせてくれたんだ。
 両親へのお参りが出来たのはありがたかったけれど、お義父様は少し複雑そうな顔をしていた。
 ありがたいと思いながらも、僕も少し複雑な気持ちだった。
 お義母様はしばらくお参りに来られない僕に気を遣ってくれたんだ、優しい人だから他意はないって分かっているけれど、お義母様の前で両親が眠る霊廟に祈りを捧げるのは何だが申し訳ない気持ちになってしまった。
 それはリチャードと話をしたせいでもあった。
 お義母様が僕を霊廟に連れて来てくれる少し前、僕はリチャードにお別れを言いに彼の部屋に行き、彼の懺悔を聞かされてきたんだ。
 それは何度も聞かされていた話だった。父とリチャードがお義母様に毒を盛った事、僕の母とリチャードの関係、僕は罪の子だということを忘れてはいけないこと。
 リチャードは自分の行いを悔いていた。
 僕の母を愛するあまり、お義母様の命も心も蔑ろにしていいと考えていたのは間違いだったと、僕の両親は神の怒りを買い命を落としたのだ。自分のこの苦しみもきっと神の怒りだと、繰り返し繰り返し言い続け、熱と体の痛みから僕が目の前にいることも半分分かっていない様子で、僕は両親の罪を背負って生まれこれから一生生きていくのだと、まるで呪いでも掛ける様に言い続けた。

 リチャードとはもう会う事はないだろう、彼は息をするのも辛そうで今にも息絶えてしまいそうだった。
 僕がネルツ家に戻る日が来るかどうか分からないけれど、僕はもうリチャードとは会わない。
 正しくない生まれの、罪の子は、違う家の系譜に入るんだ。

「ロニーはぼくのへやにとまるのだ。お父様からきょかをいただいたんだ」

 リチャードとの別れを思い出して憂鬱な気持ちになっていたら、ジェリンド様は予想外の言葉を口にして僕を驚かせた。

「ジェリンド様のお部屋に泊るのですか? 僕は平民ですよ。ニール様がそんな事をお許しになったのですか?」

 驚いて思わず後ろを振り返ると、使用人達が小さく頷いた。
 それを認めていないとか、不快に思っているとか、優秀過ぎるウィンストン家の使用人の表情から判断出来ない。
 でも「すでにロニー様のお着替えはジェリンド様のお部屋に運んでございます」と使用人の一人に言われてしまえば、僕は嫌だとは言えなかった。

「ともだちといっしょにねむるのははじめてだ。ロニーはそういうけいけんはあるのか?」
「いいえ、ございません」
「それでは、たがいにはじめてだな」

 マチルディーダと一歳しか違わない筈のジェリンド様は、ウィンストン家の教育なのかこの年の子供にしては難しい言葉を使う。
 嬉しそうに僕に微笑みかけながら、綺麗な歩き方で廊下を歩いて行くのだから凄いと思う。
 この年齢の頃、僕はただの悪ガキだった。
 母は僕を貴族の子にするつもりは無かったんだと、ジェリンド様を見ているとそう思う。
 ジェリンド様は背筋をまっすぐにして歩くし、食事の所作もとても綺麗だ。
 マチルディーダだって、拙いけれど礼儀作法通りに食事をする。
 昔の僕は野生児そのものだった。
 ぶらぶらと足をぶらつかせながら椅子に座り、音を立ててスープを啜っていたし、カチャカチャどころかガチャガチャと騒がしい音を立てながら食事をしていたんだから。
 母は頭が良かったらしいのに僕の教育に全く力を入れていなかったのは、父の妻と認められる日は来ないと知っていたからなんだろう。
 父が家にいない日、これは父には秘密だと僕に約束させながら家の近くに住む子供達と遊ばせてくれた母は、貴族の子として生きる僕の未来は考えていなかったとしか思えない。

「ロニーは、ブレガこうしゃくの家の子供になるときいたが、ほんとうなのか?」
「はい。公爵様とニール様が縁を繋いで下さいました。僕の様な者には過ぎた幸せだと思っております」
「そうか、ブレガこうしゃくはおじぃさまのゆうじんだときいたが、ロニーはほんとうにブレガこうしゃくの子供になるのか」

 ジェリンド様はさすがに僕の立場を詳しく知らないのだろう。
 単純に平民の僕が侯爵家の養子になるのを驚いている様だった。
 
「お父様はロニーがブレガ侯爵の家になれたら、あそびに行ってもいいと言って下さった」
「ジェリンド様が来て下さるのですか?」
「そうだ。あそびに行くのはたのしみだ。それにロニーはともだちだから、ぼくがお茶会をひらくときはしょうたいをするから」

 楽しみだと何度も繰り返すジェリンド様にお礼を言いながら、僕は使用人達の視線を感じていた。

「お茶会等招待されたことはありません」
「そうか! マチルディーダはまだおさないからしょうたいできないけれど、ロニーにあうときはマチルディーダのようすをおしえてあげる。やくそくする」

 急に立ち止まると、ジェリンド様は僕の手を握った。

「マチルディーダにあえなくなるの、すごくさみしいと思う」
「ジェリンド様」
「アデライザといっしょにいたいのに、お父様もおじぃさまもダメっていう。ぼくはあいたくてもあえない」

 アデライザと離れたくないと泣いたジェリンド様は、僕の辛さが分かるのだろう。
 だから、マチルディーダの様子を教えてやると言ってくれたんだ。

「ロニーがブレガこうしゃくの子供になったら、ぼくとアデライザよりもあえないだろう? だからぼくがおしえてあげるから、たのしみにしていて」
「ありがとうございます。ジェリンド様」

 小さな体で胸を張っている姿は、ニール様をそのまま小さくした様に見えてなんだか可笑しかったけれど。
 こんな小さな子が僕の気持ちを思って考えてくれている事が嬉しかった。

「ともだちだから、あたりまえだ。つらいことやかなしいことがあったら、えんりょせずに僕にてがみをかいて。もちろんたのしいときもどんなべんきょうをしたかでもいい」
「ジェリンド様に手紙を?」

 つい使用人の方に視線を向けると、うんうんと頷いている。

「ぼ、僕はてがみをかくれんしゅうちゅうなんだ、だからたくさんよむのもたいせつなんだっ」

 戸惑っていると言い訳の様にジェリンド様は早口でそう言い始めた。

「あまり字が上手くありませんが、失礼にならないでしょうか」

 戸惑いの理由を違う事にして尋ねると、ジェリンド様は笑顔になって頷いてくれた。

「しつれいなんてない。ロニーはしんぱいしょうだな。えんりょせずにてがみがかけるよう、びんせんをたくさんよういした。そうだな」
「はい。ジェリンド様のご所望の物はすべて用意してございます」
「あの、用意……?」

 すべてというのは、何だろう。
 首を傾げながら、使用人の一人がジェリンド様に返事をしているのを聞きながら、ジェリンド様と手を繋ぎ彼の部屋へと行って驚いた。

「便箋と封筒、インクとガラスペンでございます。それから乗馬服と乗馬用の長靴、ダンス用の靴と練習着それと」
「あの、お義父様とお義母様も十分な物を用意して下さいました。ジェリンド様からこんなに頂くのは……」

 山の様にテーブルの上に箱が積まれ、使用人達が一つ一つ蓋を開け中を見せてくれたのだから、驚くなという方が無理だった。

「おじうえとおばうえがおやとしてよういするのはあたりまえだ。これはともだちとしてのおくりものだから、えんりょは不要だ」
「で、ですが」
「いいか、きぞくはあなどられてはならないのだ。ウィンストン家の子である僕はロニーのともだちだ。それをロニーはうまくつかわなくてはいけない」
「上手く使う?」
「アデライザは僕のこんやくしゃだ。ロニーはマチルディーダのこんやくしゃこうほだ。それはつまり僕達がしょうらい兄弟になるということだ」

 僕は婚約者候補でしかないのに、ジェリンド様は真剣な顔で僕を諭している。

「へいみんだからとえんりょするのは、きょうでおわりだ。ロニーはこれからこうしゃく家のいちいんになるのだから、どうどうとしていなければいけない。これを向こうの家でしようにんたちに見せるとき、ともだちからのおくりものだとはっきりというんだ。ロニーのうしろにだれがいるのかはっきりとわからせるんだ」
「僕の後ろに」
「ひんぱんにてがみをよこせと言われたと、なんでもないようにいうんだ。いいか、これはめいれいだ」

 両手を組んで、ジェリンド様は胸を張る。
 ジェリンド様は、僕が肩身の狭い思いをしない様に考えてくれたのだろうか。
 こんなに幼いのに、そんなことを考えてくれたんだろうか。

「ジェリンド様ありがとうございます」
「ふん。れいなんていらない。ともだちのしあわせをかんがえるのはあたりまえだからな」

 そう言いながら嬉しそうにしているジェリンド様に、僕は思わず抱き着いてしまったんだ。


※※※※※※
ヤンデレ仲間ジェリンドからの餞でした。
考えていて入れられなかったエピソード、我慢できずに書いてしまいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

ヒロインに悪役令嬢呼ばわりされた聖女は、婚約破棄を喜ぶ ~婚約破棄後の人生、貴方に出会えて幸せです!~

飛鳥井 真理
恋愛
それは、第一王子ロバートとの正式な婚約式の前夜に行われた舞踏会でのこと。公爵令嬢アンドレアは、その華やかな祝いの場で王子から一方的に婚約を解消すると告げられてしまう……。しかし婚約破棄後の彼女には、思っても見なかった幸運が次々と訪れることになるのだった……。 『婚約破棄後の人生……貴方に出会て幸せです!』  ※溺愛要素は後半の、第62話目辺りからになります。 ※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。 ※連載中も随時、加筆・修正をしていきます。よろしくお願い致します。 ※ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。

木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。 前世は日本という国に住む高校生だったのです。 現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。 いっそ、悪役として散ってみましょうか? 悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。 以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。 サクッと読んでいただける内容です。 マリア→マリアーナに変更しました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

転生後モブ令嬢になりました、もう一度やり直したいです

月兎
恋愛
次こそ上手く逃げ切ろう 思い出したのは転生前の日本人として、呑気に適当に過ごしていた自分 そして今いる世界はゲームの中の、攻略対象レオンの婚約者イリアーナ 悪役令嬢?いいえ ヒロインが攻略対象を決める前に亡くなって、その後シナリオが進んでいく悪役令嬢どころか噛ませ役にもなれてないじゃん… というモブ令嬢になってました それでも何とかこの状況から逃れたいです タイトルかませ役からモブ令嬢に変更いたしました ******************************** 初めて投稿いたします 内容はありきたりで、ご都合主義な所、文が稚拙な所多々あると思います それでも呼んでくださる方がいたら嬉しいなと思います 最後まで書き終えれるよう頑張ります よろしくお願いします。 念のためR18にしておりましたが、R15でも大丈夫かなと思い変更いたしました R18はまだ別で指定して書こうかなと思います

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...