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番外編
ほのぼの日常編2 くもさんはともだち60(ロニー視点)
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「謝らないでくれ、ネルツ侯爵。私はマチルディーダ様に大切なことを教わったのだから。私が礼を言うならともかく謝罪など不要だ」
ブレガ侯爵の声が震えているように聞こえて、僕はそっと視線をお義母様へ向ける。
マチルディーダのしたことは失礼にあたるのかもしれないけれど、ブレガ侯爵は怒っている様には見えない。怒っているどころか、少し悲しそうに見えるけど何故だろう。
「気が付かぬ振りをするのが大人というものだ」
僕を諭す様なくぅちゃんの声に、ブレガ侯爵を見ては駄目だと言われた気がして慌てて視線を戻した。
くぅちゃんの声は皆に届いていないのか、それとも聞こえていても知らんふりしているのだろうか。誰もこちらを見てはいない。
「慌てなくてもいい。蜘蛛の声はロニーにしか聞こえていない」
「っ……」
くぅちゃんの声に反応しそうになって、何も聞こえない振りをした。
僕以外声が聞こえない様に出来るなんて思わなくて、聞こえない振りをしながら混乱していた。
くぅちゃんの魔法なんだろうか、魔法ってそんな事出来るんだ。
それにしても、くぅちゃんが個人的に僕に話しかけるなんて今迄無かったのにどうしたのだろう。
僕がくぅちゃんと呼ぶ事も無かった、名前を呼んでいいなんて許可を僕は貰っていない。
ネルツ家の使用人とくぅちゃんの方が僕より余程親しい関係だと思う、それなのに何故今話し掛けて来るのか理由が分からない。
「聞こえない振りをしていろ。行儀が悪くて許されるのは幼いマチルディーダだけだからな。挙動不審な行いをお前がすれば主が恥をかく」
そうだマチルディーダなら許されても、僕も同じ筈がない。
僕の年齢なら、礼儀作法は完璧でいなければけないと家庭教師も言っていた。
くぅちゃんが言う通り僕の恥は、僕を今まで教育してくれたネルツ家の恥だ。
「気を抜くな。常にマチルディーダの婚約者候補だと意識していろ」
くぅちゃんは僕に話し続ける。
マチルディーダの婚約者候補、そうだ僕はそれを許されたんだ。
「あの男は父上殿の期待を裏切ることはしないだろうが、ブレガ侯爵家がロニーにとって居心地の良い場所になるかどうかそれは誰にも分からない」
ブレガ侯爵がなぜ公爵様を裏切らないと言い切れるのか分からないけれど、居心地の良さなんてそんなもの最初から期待していない。
ネルツ家で暮らした日々より、これからの日々が良くなる筈が無いと思うからだ。
マチルディーダがいない、声を聞くことも愛らしい顔を見つめる事も出来ない日々に何の楽しみがあるというのだろう。
「孤独な日々になるかもしれない。それでも努力し続けられるか? マチルディーダの夫になる為の努力だ」
努力するだけでその座を手に入れられるなら、僕はどんな事でもする。
罪の子である僕でも、彼女に相応しくなれるのならなんだってする。
でも不安なんだ。
マチルディーダは僕を忘れてしまわないだろうか、幼い彼女の傍から離れたら僕の事なんて忘れてしまうかもしれない。
「……離れるのは不安だろうが、今は自分を高めることを優先しろ。お前がマチルディーダとの未来の為に努力し続けるなら、蜘蛛も協力してやる」
協力なんて、離れた場所で何が出来るっていうんだろう。
「……名残惜しいですが、そろそろお暇せねばなりませんな」
くぅちゃんの話を聞いている内に、大人達の話は終わってしまったらしい。
ブレガ侯爵の声に公爵様は頷いた後、僕に視線を向けた。
「そ、そんなまだ」
お義母様が狼狽えて僕の手を掴むけれど、お義父様は小さく首を横に振る。
「マチルディーダ、ロニーにお別れを言いなさい」
「……おわかれ、おわかれなの?」
お義父様の声に、マチルディーダは慌てて僕の前に立つ。
「マチルディーダ、これを」
「おかぁさまぁ」
メイナさんがお義母様に手渡した何かを、お義母様はマチルディーダに渡すけれどマチルディーダはそれを受取ろうとしない。
「マチルディーダ、駄目よ。約束したでしょう?」
「ディーダ、やだ。おわかれ、やだぁ」
ぽろぽろとマチルディーダの大きな瞳から涙が零れ落ちる。
「マチルディーダ」
ソファーから立ち上がりマチルディーダに両手を伸ばすと、小さな体が僕にしがみ付いて来る。
「やだ、やだぁ。おわかれやだぁ」
「マチルディーダ、泣かないで。いい子だから、泣かないで」
離れたくない。
僕だって、お別れなんてしたくない。
でも駄目なんだ、僕がマチルディーダとずっと一緒に居るためには、君の夫になるためには貴族にならなくちゃ駄目なんだ。ちゃんとした貴族になって、公爵様に認められる人間にならなくちゃだめなんだ。
「マチルディーダ、ごめんね」
「……なんで、ディーダといっしょ、だめにゃの? ディーダきりゃい?」
「嫌いなわけないよ。マチルディーダ、僕のお姫様」
泣き出したせいで、マチルディーダの言葉が拙くなる。
ぎゅうぎゅうと僕にしがみ付いて来る小さな体に、胸の奥が締め付けられる。
泣いたら駄目だ、そう思うのに視界が歪む。
「いっしょがいいにょ。いっしょ、じゅっといっしょ」
僕にしがみついて泣き続けるマチルディーダの体を離すことなんか出来なかったんだ。
ブレガ侯爵の声が震えているように聞こえて、僕はそっと視線をお義母様へ向ける。
マチルディーダのしたことは失礼にあたるのかもしれないけれど、ブレガ侯爵は怒っている様には見えない。怒っているどころか、少し悲しそうに見えるけど何故だろう。
「気が付かぬ振りをするのが大人というものだ」
僕を諭す様なくぅちゃんの声に、ブレガ侯爵を見ては駄目だと言われた気がして慌てて視線を戻した。
くぅちゃんの声は皆に届いていないのか、それとも聞こえていても知らんふりしているのだろうか。誰もこちらを見てはいない。
「慌てなくてもいい。蜘蛛の声はロニーにしか聞こえていない」
「っ……」
くぅちゃんの声に反応しそうになって、何も聞こえない振りをした。
僕以外声が聞こえない様に出来るなんて思わなくて、聞こえない振りをしながら混乱していた。
くぅちゃんの魔法なんだろうか、魔法ってそんな事出来るんだ。
それにしても、くぅちゃんが個人的に僕に話しかけるなんて今迄無かったのにどうしたのだろう。
僕がくぅちゃんと呼ぶ事も無かった、名前を呼んでいいなんて許可を僕は貰っていない。
ネルツ家の使用人とくぅちゃんの方が僕より余程親しい関係だと思う、それなのに何故今話し掛けて来るのか理由が分からない。
「聞こえない振りをしていろ。行儀が悪くて許されるのは幼いマチルディーダだけだからな。挙動不審な行いをお前がすれば主が恥をかく」
そうだマチルディーダなら許されても、僕も同じ筈がない。
僕の年齢なら、礼儀作法は完璧でいなければけないと家庭教師も言っていた。
くぅちゃんが言う通り僕の恥は、僕を今まで教育してくれたネルツ家の恥だ。
「気を抜くな。常にマチルディーダの婚約者候補だと意識していろ」
くぅちゃんは僕に話し続ける。
マチルディーダの婚約者候補、そうだ僕はそれを許されたんだ。
「あの男は父上殿の期待を裏切ることはしないだろうが、ブレガ侯爵家がロニーにとって居心地の良い場所になるかどうかそれは誰にも分からない」
ブレガ侯爵がなぜ公爵様を裏切らないと言い切れるのか分からないけれど、居心地の良さなんてそんなもの最初から期待していない。
ネルツ家で暮らした日々より、これからの日々が良くなる筈が無いと思うからだ。
マチルディーダがいない、声を聞くことも愛らしい顔を見つめる事も出来ない日々に何の楽しみがあるというのだろう。
「孤独な日々になるかもしれない。それでも努力し続けられるか? マチルディーダの夫になる為の努力だ」
努力するだけでその座を手に入れられるなら、僕はどんな事でもする。
罪の子である僕でも、彼女に相応しくなれるのならなんだってする。
でも不安なんだ。
マチルディーダは僕を忘れてしまわないだろうか、幼い彼女の傍から離れたら僕の事なんて忘れてしまうかもしれない。
「……離れるのは不安だろうが、今は自分を高めることを優先しろ。お前がマチルディーダとの未来の為に努力し続けるなら、蜘蛛も協力してやる」
協力なんて、離れた場所で何が出来るっていうんだろう。
「……名残惜しいですが、そろそろお暇せねばなりませんな」
くぅちゃんの話を聞いている内に、大人達の話は終わってしまったらしい。
ブレガ侯爵の声に公爵様は頷いた後、僕に視線を向けた。
「そ、そんなまだ」
お義母様が狼狽えて僕の手を掴むけれど、お義父様は小さく首を横に振る。
「マチルディーダ、ロニーにお別れを言いなさい」
「……おわかれ、おわかれなの?」
お義父様の声に、マチルディーダは慌てて僕の前に立つ。
「マチルディーダ、これを」
「おかぁさまぁ」
メイナさんがお義母様に手渡した何かを、お義母様はマチルディーダに渡すけれどマチルディーダはそれを受取ろうとしない。
「マチルディーダ、駄目よ。約束したでしょう?」
「ディーダ、やだ。おわかれ、やだぁ」
ぽろぽろとマチルディーダの大きな瞳から涙が零れ落ちる。
「マチルディーダ」
ソファーから立ち上がりマチルディーダに両手を伸ばすと、小さな体が僕にしがみ付いて来る。
「やだ、やだぁ。おわかれやだぁ」
「マチルディーダ、泣かないで。いい子だから、泣かないで」
離れたくない。
僕だって、お別れなんてしたくない。
でも駄目なんだ、僕がマチルディーダとずっと一緒に居るためには、君の夫になるためには貴族にならなくちゃ駄目なんだ。ちゃんとした貴族になって、公爵様に認められる人間にならなくちゃだめなんだ。
「マチルディーダ、ごめんね」
「……なんで、ディーダといっしょ、だめにゃの? ディーダきりゃい?」
「嫌いなわけないよ。マチルディーダ、僕のお姫様」
泣き出したせいで、マチルディーダの言葉が拙くなる。
ぎゅうぎゅうと僕にしがみ付いて来る小さな体に、胸の奥が締め付けられる。
泣いたら駄目だ、そう思うのに視界が歪む。
「いっしょがいいにょ。いっしょ、じゅっといっしょ」
僕にしがみついて泣き続けるマチルディーダの体を離すことなんか出来なかったんだ。
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