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番外編

ほのぼの日常編2 くもさんはともだち47(蜘蛛視点)

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「いたいよぉ」

 血は出ていないものの、絨毯で肌を擦ったのだろう膝が少し赤くなっている。
 子供達が転んでも怪我をしないようにこの部屋には毛足の長い絨毯を敷き詰めてあるが、ふわふわしすぎている絨毯の毛に足を取られたのだろう。

「ジェリンド泣くな、ほら蜘蛛に足を見せてみろ」

 おろおろしている乳母を横目に、蜘蛛は素早く人の形に変化してジェリンドの側へと動く。
 ジェリンドの側付きはすぐに側により「ジェリンド様どこが痛いか話せますか」と聞いているが、公爵家の乳母達はどうも頼りない感じだな。

「いたいの、こことここ」
「どちらも血は出ていないが皮膚が擦れて赤くなっているな」

 ぐずぐず泣きながら、それでも一人で立ち上がるとジェリンドは膝と両手のひらが痛いと話し始めた。

「部屋の中で走ったのは良くないが、一人で立ち上がれたのは偉かったな。んん? どうしたマチルディーダ」
「いたいの? おへやではしったらだめなのよ、ころんでいたいいたいになったらね、おとおさまあが、かなしくてないちゃうのよ。だからジェリがいたいとディーダもないちゃう」

 ディーダは一生懸命ジェリンドに言い聞かせようとしているが、なぜディーダの意識の中で自分が転んで怪我をすると主が泣くに繋がるのか蜘蛛には分からない。
 確かにマチルディーダが怪我をすれば主は悲しむだろうが、さすがに泣きはしないだろう。
 いや、泣かない、よな? 主はダニエラ命で子供命の人間だからちょっと自信が無い。

「ディーダ落ち着いて、ジェリンド様は大丈夫だよ」

 蜘蛛がマチルディーダの言葉に悩んでいると、慌ててロニーがマチルディーダを宥め始めた。
 感情が高ぶって、また魔力暴走を起こすのではと心配しているのかもしれないが、蜘蛛の目にはマチルディーダの魔力は安定している様に見えるから大丈夫だ。

「ジェリンドは大丈夫だ。血も出ていないし、薬を塗ればすぐに良くなる。ほらジェリンドこれを塗ってやろう。蜘蛛の薬はよく効くぞ」

 空間収納から薬を取り出すと、ジェリンドは嫌そうな顔でこちらを見ている。

「く、くしゅり、きりゃい」

 滑舌が悪くなる程に動揺して拒絶する様子に側付きを見れば「坊ちゃまは傷薬がしみるのがお嫌なようで、いつも塗り薬を拒否なさるのです」と教えてくれた。
 こういうところはまだ幼児なんだな、しっかりしていている様でもすぐに泣くし癇癪を起す。

「そうか、でもジェリンドが痛いと泣いていたらアデライザが心配するぞ」
「え、アデライザが。じゃ、じゃあ、がまんすりゅ! ぼくいたくないからね、アデライザだいじょうぶだよっ」

 そう言いながら、ぐずぐず鼻を鳴らし泣いているのはどうしたものかと蜘蛛は戸惑ってしまう。
 自分の苦手なことを我慢してまでアデライザに大丈夫だと見せようとしているのは、止めたほうがいいのだろうかそれとも偉いと褒めながら我慢を尊重するべきか、どちらが正解だ?
 蜘蛛の薬は効果は高いが、その分とてもしみるらしいから悩むところだ。
 
「くぅちゃん、あれやって」
「あれとはなんだ」

 泣いているジェリンドを見かねたのか、マチルディーダが蜘蛛に頼んでくるが、あれだけでは蜘蛛は分からない。

「あのねえ、おかあさまぁがね、してくれりゅの」

 とことこと音がしそうな歩き方でマチルディーダはジェリンドの側まで歩いてくると、床にしゃがみ込みジェリンドの膝に触れた。

「いちゃいのいちゃいの、とおくのおやまにとんでいけぇ」
「けえぇ!」

 マチルディーダが唱えた不思議な言葉、その後でマチルディーダとアデライザの両方からジェリンドに向かい魔力が光になって動くのが見えた。

「え」
「嘘」
「まさか、でも」
『母様、いまディーダ様とアデライザ様が癒しの魔法をお使いになられたように見えました。二人は癒しの魔法が使えるのですか』

 驚く蜘蛛に、ちぃは冷静に状況を把握し念話で問うてきたが、そんなの蜘蛛は主からもダニエラからも聞いていない。

「いたくない!」
「おかあさまぁのおまじにゃいなのよ」

 得意そうに言うマチルディーダは可愛らしいが、やっていることは全く可愛らしくなかった。
 ジェリンドにおまじないをしようとしていたマチルディーダが魔法を発動させたのは驚きだがまあ良いとして、魔法というものを全く理解していない筈のアデライザが治癒の魔法を使ったなど常軌逸している。
 まだ二歳にもならない幼いアデライザが、ジェリンドには治癒魔法が必要だと理解して魔法を使ったなどありえない。
 どちらかと言えばアデライザは発育が遅い方だ、未だに離乳食より乳を飲む方が多いし、言葉数もまだ少い。
 話しかけた時の反応は悪くないが、何ていうかおっとりした子なのだ。それが治癒魔法だと?

『母様?』
『これは主に相談しないといけないな』

 無意識に魔法を使うのは、魔法使いの適性が高い者なら有り得る話だ。幼い頃に魔法というものを理解する前に、無意識に魔法を使ってしまう者はいると聞く。
 マチルディーダはこの年齢で使役の魔法がすでに使えたし、双子達は魔力が多すぎる位に多いからそうなるだろうと注意していたが、まさかアデライザまでそうなのか?
 そういえば王家の血は魔法使いの適性が高いだけでなく、女性には守りの能力が受け継がれているのだったか?
 その王家の血に主の血が加わったせいで、子供達の魔法使いの適性が高いのだろうか。

「ダニエラおばさまのおまじない?」
「そうよ、おかあさまぁがディーダがころんだときにしてくれりゅおまじにゃいなのよ」

 マチルディーダは得意そうにジェリンドに説明しているが、ダニエラが癒しの魔法を使っているところを蜘蛛は見たことがない。
 
『母様、ディーダ様は危機感が無さすぎませんか。無意識に魔法を使うなんて危険な行いです』
『そうだな、まだ治癒魔法だから良いが、困ったことになったな』

 まさか使役の魔法を使ったことで、魔法を発動出来る様になったのか? でも、そんな簡単に出来る様になるものだろうか。
 そもそもアデライザの魔法は何と考えたらいい?

「すごいねえ、ダニエラおばさまのおまじない」

 ジェリンドもまだ幼いから疑問に思っていない様だが、これはすぐに父上殿とニール様にも報告しないといけない話じゃないか?

「父上殿を呼んでくる。お前達は父上殿指示があるまでここに待機していてくれ」

 主には歩きながら念話で報告するとして、父上殿への報告だ。
 公爵家の使用人だから問題ないと思うが、念の為は大事だ。
 蜘蛛はそれだけ言い捨てると、すぐに部屋を出て父上殿のところに向かったのだ。
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