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番外編
ほのぼの日常編2 くもさんはともだち28(蜘蛛視点)
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「ダニエラッ」
ダニエラが倒れてすぐ、主達が部屋に入って来た。
「主、ダニエラが破水した。意識がないんだ」
「マチルディーダ、お母様から手を離してこちらにおいで。泣かなくても大丈夫だよ。……おまえは蜘蛛か?」
ダニエラの体に縋りついて泣いているマチルディーダを、そっと抱き寄せながら主は蜘蛛を見て尋ねた。
蜘蛛はマチルディーダとロニーの周囲に施した魔法を解きながら、主に頷いてみせる。
蜘蛛ですら信じられないのだから、主が驚くのは理解出来る。
蜘蛛は蜘蛛でなく、人の形になっているのだから。
「ああ、何故かこうなった」
そうとしか言いようがなくて蜘蛛は困惑しながら答えると、マチルディーダは主に抱かれながら蜘蛛の服らしきものに手を伸ばして来た。
「くぅちゃん、おかあさまが、おかあさまが」
「ダニエラは大丈夫だ、安心しろ。主ダニエラを部屋に連れて行って欲しい」
「ああ、分かった。メイナ、部屋の用意は」
マチルディーダを蜘蛛に預け頬に口づけ頭をひと撫でした後、ダニエラを抱き上げ立ち上がる主の背後に恐ろしい顔をした父上殿とニール様がいた。
「おじぃしゃまっ!」
「ディーダ、おいで」
「おじぃしゃま、ディーダ、ディーダね。マチュルだめっていわれたにょ。おとおさまとおかあさまはただしくないふうふにゃから、ディーダだめって、だめってぇ。ディーダ、ディーダね」
父上殿を見た途端マチルディーダは蜘蛛から離れ、ぽてぽてと父上殿のところに駆け寄りながら、自分が男に何を言われたのかを正しく告げ涙を流した。
ディーンはそれを見ながらも、ダニエラを抱えて足早に部屋を出て行った。
『蜘蛛、状況が変わったらすぐに知らせてくれ。ディーダを守っていてくれ』
『分かった。主腹の子は二人だ。さっき分かったばかりだ』
『ふ、二人? ダニエラ、まだ産み月には遠いと言うのに、どうしたらいいんだ……』
戸惑う主の声に蜘蛛は後を追いたかったが、主に言われては留まるしかない。
三カ月も早く子供達を産むことになるダニエラの体が心配だが、先程癒しの苺を沢山食べさせていたのは救いだと思う、少なくとも出産に耐えるだけの体力はある筈だ。
それに先程の声が腹の子なら、マチルディーダの魔力を双子は大量に吸い込んだからダニエラの体を守るために外に出ようとしているのだと思う。
早すぎる破水は、ダニエラの腹の中にいる子供達の考えの末、だからきっと大丈夫だ。
「ディーダ。可哀相にそんな酷い嘘を言う者がいるなど、とても信じられないね。きっと人の心が無いのだろう。可愛いマチルディーダが傷付けられてお祖父様はとても悲しいよ」
「本当ですね。父上、きっとどこぞの蛮族でしょう。ダニエラとディーンの結婚は父上も陛下も認めた正式なもの。それを正しくないと言う等、ウィンストン公爵家の敵でしょう」
「デルロイ、ニール、私はそんなつもりでは」
シュルリと糸の拘束を解き男を自由にすると、途端に言い訳を始めた。父上殿が悲しいと言った途端動揺した顔をしたから、これには父上殿の言葉が何よりも効くのだろう。
「幼子をこんなに傷付けておいて? そんなつもりは無かった? 可愛い私のマチルディーダが泣いているというだけで私の心は千々に乱れるというのに。そんなつもりは無かったと言うのか」
「ではどんな意図があったのです?」
足早に部屋を出て行ったディーン達が気になるだろうに、父上殿とニール様はチクリチクリと男を責め始めた。
「そ、そんなつもりでは……」
「私の愛娘が産んだ孫は私の最愛でもあるのは当然の事。そのマチルディーダを可哀相な子と言ったのを私はこの耳で聞いた。確かにこの耳で私は聞いた」
「おじぃしゃま?」
「マチルディーダは私の大切な愛する孫だ。貴様ごときに可哀相な子と同情されるものではない。正しくない? 誰がそんなことを言う。ダニエラは神に認められディーンと結婚したし、彼を私はダニエラの夫だと認めたというのに誰が正しくない等と言うっ!」
男の言い訳を父上殿はきっぱりと切り捨て、マチルディーダの頬に口づけながら男を威嚇した。
マチルディーダは、父上殿に両手を伸ばし「ディーダね、しちゅれいなことされたからね、おこったのよ。しちゅじに、ちゃんといったにょよ」と報告している。
マチルディーダの涙声で滑舌の悪い話し方で通じるのだろうかと蜘蛛は心配してしまうが、さすが父上殿もニール様もしっかりと理解している様だ。
「だ、だって可哀相な子なのですよね! だから僕は、その可哀相な子を慈悲の心で嫌々ですが妻にしてあげようって、辺境を守る騎士の優しさからそう思って求婚したのに、それなのに。失礼なのはその子の方だっ!」
ずっと黙り込んで男の背後に隠れていた男児が、突然声を上げた。
今何と言った。
ゆらりと蜘蛛の、人の形となった蜘蛛の糸たる髪の毛が揺れる。
誰が可哀相な子だ、誰が嫌々妻にすると? フザケタ事を言う口を蜘蛛が封じてやりたい。
「だ、黙っていなさいっ。デルロイ違うのだ、私は可哀相等とそんな事」
「父上が言ったのではありませんか。マチルなんて名が付いた貴族の娘として生きているのが恥ずかしい者でもウィンストン公爵家の血が入っているのは間違いないのだから、妻にすれば利益があると。母親に顔が似ていなくても、ウィンストン公爵家の血が、痛いっ父上何をなさるのですっ」
「うるさいっ、黙れというのが聞こえなかったのか!!」
男はいきなり男児の顔に右手を叩きつけた。
男に叩かれて、男児は無様に床に幼い体を叩きつけられてしまった。
「だって、父上が言ったのです。何が悪いのですか! 他の人だって皆言っています! 夫を亡くしたのだから寡婦として大人しくしていればいいのに、シード神の教えに背き聖殿の間で式を挙げる様な恥知らずだから、生まれた子はマチル女神に縋る羽目になったと」
床に倒れながら、男児は男にそう捲し立てる。
誰が恥知らずだ、殺してやりたい今すぐに。
主とダニエラを侮辱する口を、今すぐ蜘蛛の手で。
「おじぃしゃま」
「マチルディーダ。お前が気にすることではない。お祖父様達がマチルディーダをどれだけ愛しているか知っているだろう? マチルディーダもアデライザも私の可愛い孫だ。ダニエラとディーンの結婚だって誰に後ろ指さされるものでもない」
「おじぃちゃま、ディーダがしゅき?」
「ああ、勿論。愛しているよ可愛いディーダ」
「勿論、私も愛しているよ。ディーダ」
「ディーダもぉ! ディーダ、おじいしゃまとニールおじしゃまがだーいしゅきぃ!!」
ディーダの頬に代わる代わる父上殿とニール様が口付ける。
口付けながら、男を見る目は鋭く恐ろしい。
「だ、だがデルロイ。冷静に考えてみなさい、マチルなんて名が付いた娘を欲しいと言う者等」
「僕がいますっ。僕をマチルディーダが選んでくれるなら、僕が彼女の側にいますっ!」
なおもマチルディーダを貶めようとする男の前に、ロニーが突然飛び込んできてマチルディーダを庇う様に両手を広げた。
「なんだ貴様。さっきから邪魔をしおって。デルロイこれはなんだ」
「なんだも何も、彼はロニー・ブレガ、マチルディーダの婚約者候補だが」
父上殿は、はっきりとロニーの家名をブレガと言った。
まだ養子の話が出たばかりでこれを告げたと言う事は、すでに手続きが終わっているのか。
そして、ロニーを婚約者候補とはっきりと言い切った。
ロニーがポカンと口を開いているのは、父上殿の発言のせいだ。
「ブレガ、ブレガの家の子供が何故ここに、それに婚約者候補とは」
「今のところ、私が認めた唯一の候補だ。私はマチルディーダを侮辱した者は私の敵だと認識する。だからダニエラが何人女の子を産もうと、王家には嫁がせないと兄上に宣言していた。王家がマチルディーダをいらないと言ったのでは無い。私が嫁がせないと決めたのだ。それは貴様の家も同じこと」
「デルロイ、私はデルロイの為を思って、我が家からの求婚を断る様な無礼を許していてはいけないと、貴族の礼儀を知らないダニエラを教え諭そうと」
素晴らしく失言を繰り返すこの男は、本当に魔法師団の長としてあの癖のある者達を率いていたのだろうか。
今、本当に辺境を守っているのだろうか。
なんだか凄く怪しく感じるのは、蜘蛛が魔物の感性を持っているからなのだろうか。
「ダニエラに問題があるなら、それを教えるのは親である私と兄のニール、そして夫であるディーンの役目、貴様に頼む理由はない。この様な真似をして、東の地の守りに私達の力を頼ろうと努々思わない事だ」
「盟約を違えるというのか」
雲行きの怪しさに、マチルディーダの周囲にまた音を遮断する魔法を発動する。
辺境伯に父上殿の兄である陛下と同じ臭いを感じるのは、蜘蛛の気のせいなのだろうか。
父上殿を慕う者の思考がおかしいのか、王家の血が悪いのかどちらか分からないが、番でもない父上の関心を得ようとしたがるのは何なのだ。
「最初にそうしたのは、貴様の方だろう。目障りだ、疾く去ね」
「デルロイッ、私がどれだけお前を大切に思っているか知っているだろう。なぜダニエラをあんな男に嫁がせた、私に預けてくれれば、私が大切に慈しんだというのに。お前の宝を私が……」
ぞわりと蜘蛛の背筋が寒くなった。
魔物の蜘蛛の背筋を凍らせる等あり得ない話だ、しかも強さでは無い別のものでそうなったのだ。
ダニエラ、第一王子といい、この男といい、変な者に執着され過ぎだろう。
いや、執着の筆頭は主だから、主の使役獣の蜘蛛がダニエラに抗議出来る筈が無い。
でも、ダニエラ、頼むからこれ以上変な奴らに執着されない様にしてくれないだろうか。
「理由は一つだろう、娘が可愛いからに決まっている。娘の幸せを願うのは親として当然だろう」
「私では駄目だと? 魔法使いとしての腕なら私の方があれよりも上の筈。血筋だって」
「ディーンは私が信頼する義息子。そしてニールの大切な友で、今は信頼できる義弟でもある。ダニエラを生涯守ってくれると信じて我らが託したのはディーンだ。貴様じゃない」
「デルロイ、私は信用に値しないと言うのか」
これだけ失言を繰り返しておいて、それでもこう問えるのはこの男が厚顔なのか。
それともただの馬鹿か。
「私の心からの信頼が欲しいのなら、その馬鹿をしっかりと躾るのだな。それが成長してマチルディーダの夫に相応しく育った時私は貴様を信用しよう」
「デルロイ、それでは許してくれるのかっ」
「東の地からダニエラを侮蔑するような噂が一切無くなった上で、その子を正しく育てた暁にはそうなるかもしれない。それまで私達が東の地に足を運ぶことはない。貴様なら簡単に出来るか?」
それは、全く許す気が無いということなんじゃないのか、父上殿。
【貴様なら簡単に出来るか】ではなく、【貴様程度に出来るわけが無いだろう】、蜘蛛にはそう聞こえたのだがそれが正解ではないのか?
まあ、男には違って聞こえたようだが。
「私は正しく育っている。剣の練習も当主としての勉強も、間違った事はしていないっ」
「そう思うならそう生きればいい。私達は関与しない」
蜘蛛の躊躇いを余所に父上殿の挑発を聞いて憤る男児の叫びに、ニール様はあっさりと交流するつもりは無いと言い切ってしまった。
まあ、気持ちは分かるが、父上殿の言葉に浮かれている男はそれを聞き逃してしまった様だった。
「デルロイ、誓おう。私はダニエラの不名誉な噂を払拭してみせる。私こそがデルロイを一番大切に思っているのだから、お前の憂いを絶つのは従兄弟である私の役目。待っていてくれ、例え事実とは違ってもダニエラとあれが素晴らしい夫婦だと世に知らしめよう。それがデルロイの望みなのだから、事実等いくらでも違えてみせる」
この男、反省しているわけでは無いのだな。
父上殿の望みと思われる事を叶えようとしているだけだ、それにしても本当にこんな男が辺境を守っているのかと思うと、何だか蜘蛛は魔物でしかないというのに、この国の行く末が心配になってくるんだが、マチルディーダ達が大きくなった時この国はまだ存在しているのだろうか?
「なら早く東に戻れ、国境の守りが不安な時期に当主が留守等、辺境伯の名が泣く行いだ」
「私がいなくとも、守りは問題ない。私よりも武に長けた妻がいるからな」
何て言うか、不安になる返事を残して男は屋敷を出て行った。
去っていく男の後ろを小走りについて行く男児が、マチルディーダを睨んでいたのが蜘蛛には不安だった。
※※※※※※
ヤンデレとメンヘラについての考察色々ご意見ありがとうございます。
皆様のご意見参考に考えましたが、一応今のところディーンはヤンデレで合っているという結論になりました。
「執事、お客様がお帰りよ」をマチルディーダに言わせたいという考えで書いていた番外編です。
気が付けば連載三十話近い。
これって番外編じゃなく本編の量ですが、もうすぐ終盤です。
設定を考えていても、お蔵入りにするはずだった話を書けたので大満足です。
皆様読んで下さりありがとうございます。
感想もいつも楽しく読んでいます。
作品を読んで下さるのも、貴重な時間を使って感想書いてくださるのも本当に嬉しいです。
ありがとうございます!!
乙女ゲーム編は、プロット組んでいて長編になりそうな気配が漂っていますので、別な話として書こうかなと思っています。
全然活躍していない【ほのぼの】ですが、こちらもうすぐ完結しますので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
ダニエラが倒れてすぐ、主達が部屋に入って来た。
「主、ダニエラが破水した。意識がないんだ」
「マチルディーダ、お母様から手を離してこちらにおいで。泣かなくても大丈夫だよ。……おまえは蜘蛛か?」
ダニエラの体に縋りついて泣いているマチルディーダを、そっと抱き寄せながら主は蜘蛛を見て尋ねた。
蜘蛛はマチルディーダとロニーの周囲に施した魔法を解きながら、主に頷いてみせる。
蜘蛛ですら信じられないのだから、主が驚くのは理解出来る。
蜘蛛は蜘蛛でなく、人の形になっているのだから。
「ああ、何故かこうなった」
そうとしか言いようがなくて蜘蛛は困惑しながら答えると、マチルディーダは主に抱かれながら蜘蛛の服らしきものに手を伸ばして来た。
「くぅちゃん、おかあさまが、おかあさまが」
「ダニエラは大丈夫だ、安心しろ。主ダニエラを部屋に連れて行って欲しい」
「ああ、分かった。メイナ、部屋の用意は」
マチルディーダを蜘蛛に預け頬に口づけ頭をひと撫でした後、ダニエラを抱き上げ立ち上がる主の背後に恐ろしい顔をした父上殿とニール様がいた。
「おじぃしゃまっ!」
「ディーダ、おいで」
「おじぃしゃま、ディーダ、ディーダね。マチュルだめっていわれたにょ。おとおさまとおかあさまはただしくないふうふにゃから、ディーダだめって、だめってぇ。ディーダ、ディーダね」
父上殿を見た途端マチルディーダは蜘蛛から離れ、ぽてぽてと父上殿のところに駆け寄りながら、自分が男に何を言われたのかを正しく告げ涙を流した。
ディーンはそれを見ながらも、ダニエラを抱えて足早に部屋を出て行った。
『蜘蛛、状況が変わったらすぐに知らせてくれ。ディーダを守っていてくれ』
『分かった。主腹の子は二人だ。さっき分かったばかりだ』
『ふ、二人? ダニエラ、まだ産み月には遠いと言うのに、どうしたらいいんだ……』
戸惑う主の声に蜘蛛は後を追いたかったが、主に言われては留まるしかない。
三カ月も早く子供達を産むことになるダニエラの体が心配だが、先程癒しの苺を沢山食べさせていたのは救いだと思う、少なくとも出産に耐えるだけの体力はある筈だ。
それに先程の声が腹の子なら、マチルディーダの魔力を双子は大量に吸い込んだからダニエラの体を守るために外に出ようとしているのだと思う。
早すぎる破水は、ダニエラの腹の中にいる子供達の考えの末、だからきっと大丈夫だ。
「ディーダ。可哀相にそんな酷い嘘を言う者がいるなど、とても信じられないね。きっと人の心が無いのだろう。可愛いマチルディーダが傷付けられてお祖父様はとても悲しいよ」
「本当ですね。父上、きっとどこぞの蛮族でしょう。ダニエラとディーンの結婚は父上も陛下も認めた正式なもの。それを正しくないと言う等、ウィンストン公爵家の敵でしょう」
「デルロイ、ニール、私はそんなつもりでは」
シュルリと糸の拘束を解き男を自由にすると、途端に言い訳を始めた。父上殿が悲しいと言った途端動揺した顔をしたから、これには父上殿の言葉が何よりも効くのだろう。
「幼子をこんなに傷付けておいて? そんなつもりは無かった? 可愛い私のマチルディーダが泣いているというだけで私の心は千々に乱れるというのに。そんなつもりは無かったと言うのか」
「ではどんな意図があったのです?」
足早に部屋を出て行ったディーン達が気になるだろうに、父上殿とニール様はチクリチクリと男を責め始めた。
「そ、そんなつもりでは……」
「私の愛娘が産んだ孫は私の最愛でもあるのは当然の事。そのマチルディーダを可哀相な子と言ったのを私はこの耳で聞いた。確かにこの耳で私は聞いた」
「おじぃしゃま?」
「マチルディーダは私の大切な愛する孫だ。貴様ごときに可哀相な子と同情されるものではない。正しくない? 誰がそんなことを言う。ダニエラは神に認められディーンと結婚したし、彼を私はダニエラの夫だと認めたというのに誰が正しくない等と言うっ!」
男の言い訳を父上殿はきっぱりと切り捨て、マチルディーダの頬に口づけながら男を威嚇した。
マチルディーダは、父上殿に両手を伸ばし「ディーダね、しちゅれいなことされたからね、おこったのよ。しちゅじに、ちゃんといったにょよ」と報告している。
マチルディーダの涙声で滑舌の悪い話し方で通じるのだろうかと蜘蛛は心配してしまうが、さすが父上殿もニール様もしっかりと理解している様だ。
「だ、だって可哀相な子なのですよね! だから僕は、その可哀相な子を慈悲の心で嫌々ですが妻にしてあげようって、辺境を守る騎士の優しさからそう思って求婚したのに、それなのに。失礼なのはその子の方だっ!」
ずっと黙り込んで男の背後に隠れていた男児が、突然声を上げた。
今何と言った。
ゆらりと蜘蛛の、人の形となった蜘蛛の糸たる髪の毛が揺れる。
誰が可哀相な子だ、誰が嫌々妻にすると? フザケタ事を言う口を蜘蛛が封じてやりたい。
「だ、黙っていなさいっ。デルロイ違うのだ、私は可哀相等とそんな事」
「父上が言ったのではありませんか。マチルなんて名が付いた貴族の娘として生きているのが恥ずかしい者でもウィンストン公爵家の血が入っているのは間違いないのだから、妻にすれば利益があると。母親に顔が似ていなくても、ウィンストン公爵家の血が、痛いっ父上何をなさるのですっ」
「うるさいっ、黙れというのが聞こえなかったのか!!」
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男に叩かれて、男児は無様に床に幼い体を叩きつけられてしまった。
「だって、父上が言ったのです。何が悪いのですか! 他の人だって皆言っています! 夫を亡くしたのだから寡婦として大人しくしていればいいのに、シード神の教えに背き聖殿の間で式を挙げる様な恥知らずだから、生まれた子はマチル女神に縋る羽目になったと」
床に倒れながら、男児は男にそう捲し立てる。
誰が恥知らずだ、殺してやりたい今すぐに。
主とダニエラを侮辱する口を、今すぐ蜘蛛の手で。
「おじぃしゃま」
「マチルディーダ。お前が気にすることではない。お祖父様達がマチルディーダをどれだけ愛しているか知っているだろう? マチルディーダもアデライザも私の可愛い孫だ。ダニエラとディーンの結婚だって誰に後ろ指さされるものでもない」
「おじぃちゃま、ディーダがしゅき?」
「ああ、勿論。愛しているよ可愛いディーダ」
「勿論、私も愛しているよ。ディーダ」
「ディーダもぉ! ディーダ、おじいしゃまとニールおじしゃまがだーいしゅきぃ!!」
ディーダの頬に代わる代わる父上殿とニール様が口付ける。
口付けながら、男を見る目は鋭く恐ろしい。
「だ、だがデルロイ。冷静に考えてみなさい、マチルなんて名が付いた娘を欲しいと言う者等」
「僕がいますっ。僕をマチルディーダが選んでくれるなら、僕が彼女の側にいますっ!」
なおもマチルディーダを貶めようとする男の前に、ロニーが突然飛び込んできてマチルディーダを庇う様に両手を広げた。
「なんだ貴様。さっきから邪魔をしおって。デルロイこれはなんだ」
「なんだも何も、彼はロニー・ブレガ、マチルディーダの婚約者候補だが」
父上殿は、はっきりとロニーの家名をブレガと言った。
まだ養子の話が出たばかりでこれを告げたと言う事は、すでに手続きが終わっているのか。
そして、ロニーを婚約者候補とはっきりと言い切った。
ロニーがポカンと口を開いているのは、父上殿の発言のせいだ。
「ブレガ、ブレガの家の子供が何故ここに、それに婚約者候補とは」
「今のところ、私が認めた唯一の候補だ。私はマチルディーダを侮辱した者は私の敵だと認識する。だからダニエラが何人女の子を産もうと、王家には嫁がせないと兄上に宣言していた。王家がマチルディーダをいらないと言ったのでは無い。私が嫁がせないと決めたのだ。それは貴様の家も同じこと」
「デルロイ、私はデルロイの為を思って、我が家からの求婚を断る様な無礼を許していてはいけないと、貴族の礼儀を知らないダニエラを教え諭そうと」
素晴らしく失言を繰り返すこの男は、本当に魔法師団の長としてあの癖のある者達を率いていたのだろうか。
今、本当に辺境を守っているのだろうか。
なんだか凄く怪しく感じるのは、蜘蛛が魔物の感性を持っているからなのだろうか。
「ダニエラに問題があるなら、それを教えるのは親である私と兄のニール、そして夫であるディーンの役目、貴様に頼む理由はない。この様な真似をして、東の地の守りに私達の力を頼ろうと努々思わない事だ」
「盟約を違えるというのか」
雲行きの怪しさに、マチルディーダの周囲にまた音を遮断する魔法を発動する。
辺境伯に父上殿の兄である陛下と同じ臭いを感じるのは、蜘蛛の気のせいなのだろうか。
父上殿を慕う者の思考がおかしいのか、王家の血が悪いのかどちらか分からないが、番でもない父上の関心を得ようとしたがるのは何なのだ。
「最初にそうしたのは、貴様の方だろう。目障りだ、疾く去ね」
「デルロイッ、私がどれだけお前を大切に思っているか知っているだろう。なぜダニエラをあんな男に嫁がせた、私に預けてくれれば、私が大切に慈しんだというのに。お前の宝を私が……」
ぞわりと蜘蛛の背筋が寒くなった。
魔物の蜘蛛の背筋を凍らせる等あり得ない話だ、しかも強さでは無い別のものでそうなったのだ。
ダニエラ、第一王子といい、この男といい、変な者に執着され過ぎだろう。
いや、執着の筆頭は主だから、主の使役獣の蜘蛛がダニエラに抗議出来る筈が無い。
でも、ダニエラ、頼むからこれ以上変な奴らに執着されない様にしてくれないだろうか。
「理由は一つだろう、娘が可愛いからに決まっている。娘の幸せを願うのは親として当然だろう」
「私では駄目だと? 魔法使いとしての腕なら私の方があれよりも上の筈。血筋だって」
「ディーンは私が信頼する義息子。そしてニールの大切な友で、今は信頼できる義弟でもある。ダニエラを生涯守ってくれると信じて我らが託したのはディーンだ。貴様じゃない」
「デルロイ、私は信用に値しないと言うのか」
これだけ失言を繰り返しておいて、それでもこう問えるのはこの男が厚顔なのか。
それともただの馬鹿か。
「私の心からの信頼が欲しいのなら、その馬鹿をしっかりと躾るのだな。それが成長してマチルディーダの夫に相応しく育った時私は貴様を信用しよう」
「デルロイ、それでは許してくれるのかっ」
「東の地からダニエラを侮蔑するような噂が一切無くなった上で、その子を正しく育てた暁にはそうなるかもしれない。それまで私達が東の地に足を運ぶことはない。貴様なら簡単に出来るか?」
それは、全く許す気が無いということなんじゃないのか、父上殿。
【貴様なら簡単に出来るか】ではなく、【貴様程度に出来るわけが無いだろう】、蜘蛛にはそう聞こえたのだがそれが正解ではないのか?
まあ、男には違って聞こえたようだが。
「私は正しく育っている。剣の練習も当主としての勉強も、間違った事はしていないっ」
「そう思うならそう生きればいい。私達は関与しない」
蜘蛛の躊躇いを余所に父上殿の挑発を聞いて憤る男児の叫びに、ニール様はあっさりと交流するつもりは無いと言い切ってしまった。
まあ、気持ちは分かるが、父上殿の言葉に浮かれている男はそれを聞き逃してしまった様だった。
「デルロイ、誓おう。私はダニエラの不名誉な噂を払拭してみせる。私こそがデルロイを一番大切に思っているのだから、お前の憂いを絶つのは従兄弟である私の役目。待っていてくれ、例え事実とは違ってもダニエラとあれが素晴らしい夫婦だと世に知らしめよう。それがデルロイの望みなのだから、事実等いくらでも違えてみせる」
この男、反省しているわけでは無いのだな。
父上殿の望みと思われる事を叶えようとしているだけだ、それにしても本当にこんな男が辺境を守っているのかと思うと、何だか蜘蛛は魔物でしかないというのに、この国の行く末が心配になってくるんだが、マチルディーダ達が大きくなった時この国はまだ存在しているのだろうか?
「なら早く東に戻れ、国境の守りが不安な時期に当主が留守等、辺境伯の名が泣く行いだ」
「私がいなくとも、守りは問題ない。私よりも武に長けた妻がいるからな」
何て言うか、不安になる返事を残して男は屋敷を出て行った。
去っていく男の後ろを小走りについて行く男児が、マチルディーダを睨んでいたのが蜘蛛には不安だった。
※※※※※※
ヤンデレとメンヘラについての考察色々ご意見ありがとうございます。
皆様のご意見参考に考えましたが、一応今のところディーンはヤンデレで合っているという結論になりました。
「執事、お客様がお帰りよ」をマチルディーダに言わせたいという考えで書いていた番外編です。
気が付けば連載三十話近い。
これって番外編じゃなく本編の量ですが、もうすぐ終盤です。
設定を考えていても、お蔵入りにするはずだった話を書けたので大満足です。
皆様読んで下さりありがとうございます。
感想もいつも楽しく読んでいます。
作品を読んで下さるのも、貴重な時間を使って感想書いてくださるのも本当に嬉しいです。
ありがとうございます!!
乙女ゲーム編は、プロット組んでいて長編になりそうな気配が漂っていますので、別な話として書こうかなと思っています。
全然活躍していない【ほのぼの】ですが、こちらもうすぐ完結しますので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
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マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
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信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
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