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番外編

ほのぼの日常編2 くもさんはともだち7(蜘蛛視点)

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「むにゅう。ディーダねむいにょぉ」

 起きるのが嫌だとばかりに、マチルディーダは顔をディーンの胸に擦り付けている。
 寝起きの機嫌はそう悪くないとマチルディーダの乳母が言っていたが、まだ寝足りないのかもしれない。
 途中で起こしてしまって可哀相な事をしてしまった。

「そうか、このまま帰るかい? 蜘蛛がマチルディーダとお友達になる子を連れて来てくれたんだけれど。会うのはまたにしようか」

 寝起きで初めての使役の能力を使うのは、あまり良い事ではない。
 そもそも成功するか分からないのだから、判断能力が下がっている今の状態では失敗する為に使役の能力を使う様なものだ。

『母様、この小さい子がくもの主になる方ですか。母様の主程ではありませんが、魔力が多いですね。美味しそうな魔力です。ふわふわって温かくて甘い花の蜜みたいな匂いがします』

 気乗りしていなかった筈の子が、マチルディーダを見た途端喜々とした声で念話を寄越した。

『そうだろう。主とは違う質の魔力だが、マチルディーダの魔力は優しいのだ』

 マチルディーダの魔力は、ダニエラの魔力に似ている。
 魔物の蜘蛛には顔の美しさより魔力の方が大事だ。
 濁った魔力は腐った肉の様で美味くはない、その点ダニエラの魔力はとろりとした上等な魔蜂の蜜の様に甘くて濃厚だ。主の魔力とは全く違う魔力だが、たまにダニエラが魔力をくれるのは蜘蛛の密かな楽しみの一つだ。

『母様の主の魔力はなんというか、力強いですね。でもほの暗くて魔物好みです』
『そうだな。主の魔力はそこが良い』

 父上殿やニール様の魔力も力強いが、主の魔力はそれを遥かに超える。
 主が良く一緒に来ていた魔法師団の団長の魔力もなかなかの強さだったが、今の主の魔力はそれも遥かに超える強さを持っている。
 出会ったばかりの主の魔力と比べたら、今の魔力は桁違いだ。
 主は貪欲に強さを求め、魔法陣を描ける腕も磨き続けた。
 主の魔力は昔に比べて格段に強くなり、そして少しだけ明るくなった。

 強くなりたい、もっともっと強く。
 自分の様な者に期待して下さるニール様の為に、自分は強くなる。
 どんな魔法陣もすぐに描ける様に、どんな要望も自分が叶えられる様に他の誰かがじゃない自分がそれを出来る様になる。
 主と契約した蜘蛛は、主と遠く離れた場所に居ても主の考えが伝わっていた。
 普段の感情等はそうではない、強い思いだけが意識せずとも蜘蛛に伝わっていたのだ。
 あの頃の主は、今の主とは違って辛そうだった。
 夜中、一人でいる筈の主の気持ちが蜘蛛に伝わってくる事が時々あった。
 どうしようもない孤独、一生自分は一人で生きていくのだろうと思い詰め自分を追い詰める。
 その感情が酷くなるのが、学校が長期休みに入る頃だった。

 両親と離れて暮らす級友達が、家に帰るのを楽しみにしている様子。
 両親とどこに出掛けようか、勉強を頑張ったご褒美に新しい杖を作って貰う約束をした、早く会いたいから寮まで迎えに来るっていうんだよ。恥ずかしいから止めて欲しい。等と昼間級友達がしていた会話を思い出し、気持ちが沈んでいく主の様子に、蜘蛛は今すぐ王家の森から主のところに駆けつけたくなった。
 
 普通は子供は両親に愛されるものなのだと、気が付かなければ良かった。

 学校に入ってから、主は家族というものの姿を知ったらしい。
 兄弟を区別することなく愛し、子供の努力を誉めて愛情を表す。
 貴族の家は親子の関係が希薄とは言っても、主と母親の様な関係は稀らしい。
 兄弟に優劣をつける事はある、長子は家を継ぐから大切に育てられる。でも次男を蔑ろにしたりはしない。
 親は子を愛するもの、子を愛し慈しむもの。
 それを主は、同年代の子供達と共に生活することで知ったのだ。

 普段は意識しなくても、級友達が家に帰るのを楽しみにしている様子を見ていると悲しくなった。
 自分はどうやって帰らない理由を作ろうかと考えて、帰らなくても気にされない事実を知った。
 最初の長期休みにそれを知ってから、主は一度も家に帰らずに長い休みには冒険者の活動に力を入れた。
 何度も何度も王家の森を攻略し、王家の森以外の場所でも上位の魔物を狩り続けた。

 愛されたい、誰かを愛したい。
 自分の様な者でも、それが許されるのなら誰かの大切な存在になりたい。

 蜘蛛に感情が流れているとは知らなかったのだろう。
 主は孤独に眠れぬ夜、ひたすらに魔法陣を魔石に刻む事に時間を費やし魔法の研究や勉強に力を注いだ。
 いつからか、寂しさに耐えきれなくなると主は小さな絵を眺めて過ごす様になった。
 その絵を見ている時だけ、主の孤独が少しだけ薄れた。

 自分の存在は、この少女の為にある。
 ニール様が大切に守っておられる、妹殿を自分も一緒に守っているのは誉れだ。
 ニール様のお役に立てるのが何より嬉しい。よくやったと褒めて下さるニール様の期待に応える事だけが、自分の生きる理由なんだ。
 ニール様が褒めて下さった、よくやったと褒めて下さった。
 妹殿は魔糸で作ったドレスがお好きなのだと聞いたけれど、それならもっと質の良い糸を用意出来る様にしたい蜘蛛達が協力してくれたらいいのだけれど。
 ああ、何をしたらニール様と妹殿は喜んで下さるのだろう。
 一度でいいから妹殿にお会い出来たら、どんなに幸せだろう。
 私を怖がらないでくれるだろうか、幼い妹殿が嫌がらないだろうか。
 会ってみたい、一度だけでも。
 私にこの笑顔を向けてくれたら、私は嬉しさに地に伏して泣いてしまうかもしれない。
 この優しい笑みを、一度だけでいいから。

「蜘蛛、どうした」
「ああ、すまない。マチルディーダが眠そうだから今日は難しいかと考えていた。もし難しいなら今度これを連れて屋敷に向かうが」

 黙り込んでしまった蜘蛛を主が不思議そうな顔で見ていた。
 その腕には、大切な宝物であるマチルディーダが抱かれている。
 ダニエラと子供達の存在が、主の魔力を明るくしていると蜘蛛は知っている。
 ダニエラが主の思いに応えてくれたから、主は闇の中を歩いている様な状態から陽の中にその場所を変えた。
 主が崇拝するニール様の存在は今も強くその地位を保っているけれど、それとは違う位置にダニエラと子供達はいるのだと思う。

「そうだな。マチルディーダ、今日は帰ろうか」

 残念だが、マチルディーダはまだ幼いから眠気に勝てる筈が無いのだ。

「やだぁ。くぅちゃんとおともだちいとあしょぶう」
「でも眠いんだろう? 遊ぶのは今度にしよう」
「でも、おともだち……ディーダのとこ、きてくれたの。あわないのだめなのぉ」

 そうは言っても眠いのだろう。
 マチルディーダは、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら目を開こうとするけれど、それが出来ずにいる。

「ディーダ、寝ていていいんだよ」
「やなの。だめなの。おともだち、くもしゃんとおともだちになるのぉ!」

 ぐずったマチルディーダが、癇癪を起した様な声を上げた途端魔力が子に流れたのが分かった。

『母様、こんな使役あるのでしょうか。強い魔力が来て、抗えません』
『嫌でなければ受け入れろ。マチルディーダがお前の主だと認められるならそれを受け入ればいいだけだ』
『悔しいです。不本意です。使役の契約はもっと、もっと厳かな誓いの筈なのに、こんな』
『嫌なら拒絶すればいいだけだ。その場合は泉の向こうのフェンリルの子をマチルディーダの使役獣にするだけだからな。あの親はちとうるさいが、親は主に契約させればいいし、騒ぐなら子だけ糸で包んで連れて来る』

 主なら、あの尊大なフェンリルの母親も簡単に使役していまうだろう。
 未だ蜘蛛以外を使役してはいないが主は使役の能力は無いというのに、大勢の蜘蛛を使役しているから大抵の魔物は難なく使役出来る様になっている。
 主の能力はとんでもないと思う。
 その主の使役獣の一番目が、蜘蛛だと思うと誇らしくもある。

『仕方ありません。この魔力は魅力的です。使役されてやりましょう』

 生意気な事を言いながら、蜘蛛の子はマチルディーダの使役獣となった。

「主様の使役獣となりました。くもです。どうぞお好きな名前を付けて下さい」
「蜘蛛、マチルディーダは能力を使ったのか? こんな寝ぼけている様な状態で?」
「どうやらそのようだな。ディーダはお前の魔法使いの才を継いでいるようだ」
「そうか、ディーダ。さすがダニエラの子だ。素晴らしい能力だ。ダニエラの子だから可愛いのも素晴らしいのも当たり前だが、それでも凄いよディーダ」

 自分の子だから凄いのではなく、ダニエラの子だから素晴らしい能力を持っていると考える我が主の思考が何だか蜘蛛は辛い。

「母様の主はなんていうか、独特の感性をお持ちの様ですね」
「言うな。そこは気が付いてはいけない範囲だ」

 起きたくても眠気に負けて目を開けないマチルディーダに頬擦りしてる主を見ながら、蜘蛛はため息を付くのを必死に堪えるしかなかったのだ。

※※※※※※
学生の頃のディーンは孤独の塊みたいなものでした。
その思考をダイレクトに送られ続けていた蜘蛛は、ある意味気の毒。
でもそのディーンの思考が、蜘蛛の保護者意識を強めていたりします。

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