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番外編
それはまるで夢か幻 おまけ前編(ディーン視点)
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本編の義母達のやらかしの次の日です。
「この指輪、修理出来ないかしら」
ダニエラが好きだという薔薇を摘んで彼女の部屋の前までやって来たら、彼女の声が聞こえてきた。
王都の屋敷の庭と同じく、領地の屋敷の庭にも咲いている薔薇はダニエラが兄と結婚する時に公爵閣下が父に植えさせた皇帝の薔薇と呼ばれているものだ。
ダニエラがこの薔薇を好んでいるのは、ニール様から昔教えて頂いている。
昨日、母がダニエラにした行いのせいで、きっと彼女は心身共に疲労しているだろうから好きな薔薇を見て少しでも心を休めて欲しかった。
「それは、旦那様が昔ダニエラ様に贈られた品ですね」
旦那様というのは兄だろうか、ダニエラはそんな指輪を修理したいというのか。
耳が良いのも悪い時がある。
扉を閉め切っていても、私の耳は部屋の中の声を拾ってしまうのだから。
「そうよ、この指輪と腕輪はお兄様がいつも身に着けている様にと下さった大切な物なの。幼い頃からずっと着けていたから無くなるのは寂しい気がするの。腕輪の方は幸い無事だけれど、この指輪が無くなるのは寂しいわ」
旦那様とはニール様の事だと分かり、ほっと息をついて反省する。
ダニエラはまだ私を愛してはいるわけではないというのに、彼女のすべてを独占したいと思うのは望み過ぎだ。
私を夫にしてもいいとダニエラが許して下さったのすら奇跡の様なものだというのに、それ以上を望むなど私はなんて傲慢なのか。
いや、母が昨日ダニエラにしたことを思えば、私が彼女の前に顔を見せるのすらしてはいけない事だ。
それを知りながら、薔薇を見て心を癒やして等理由を付けて彼女に会いに来てしまう私はどうしようもない。
ダニエラは女神が人に生まれ変わったのかと疑いたくなる程優しいから、こんな私でも受け入れてくれようとするけれど、その優しさに甘えすぎてはいけない。
「お兄様がこれを下さった頃私はまだ幼くてね、あの頃お父様もお母様もとても忙しくしていらっしゃってあまりお会い出来なかったから、とても寂しくて。私はお兄様も忙しいと知っていたのにいつもまとわりついていたの。きっとお兄様は煩わしかったと思うわ」
「旦那様はダニエラ様を愛しておいでですもの、煩わしいなど思われていなかったかと」
「それなら嬉しいわ。お兄様は、私がダンスの練習を怠けていないか確認してやる、なんて言いながら私の練習に付き合って下さったわ。もっと上手に踊れるようになったら夜会でダンスの相手をしてやってもいいと約束して下さった時は、本当に嬉しかったわ」
ダニエラの言葉に、ニール様が昔教えて下さったダニエラの話を思い出す。
ニール様とお茶を一緒に出来ると知っただけで、大喜びではしゃいでいたと。
あの時のニール様の目はとても優しかったのを良く覚えている。
二人は本当に互いを思い合っていたのだと思うと、心が温かくなると共に羨ましくなる。
「指輪もその頃にダニエラ様に贈られたのですね」
「ええ、そうよ。お兄様のお友達が私のために守り石を作ってくださったと言って、それをいつも身に着けていられるようにお兄様が指輪と腕輪にしてくれたの。お兄様が私の為に、自ら指輪と腕輪の意匠を考えて用意してくれたと聞いて、とても嬉しかったの。それからずっと着けているのよ」
守り石? それではあの指輪と腕輪は、まさか。
「指輪が無くなるのも寂しいけれど、もしかしたら私は守り石を失うのが寂しいのかもしれないわ」
「守り石を失うことが寂しい?」
「ええ、これは雷の攻撃魔法が使えるだけの物だけど、私をずっと守ってくれていたの。今はもう壊れてしまったから分からなくなってしまったけれど、この石を作ってくださった方の思いが私を守ろうとして下さっているように感じていたの」
確かに私はダニエラを、ニール様が大切に思われている妹殿を守りたいと思いを込めて守り石を作り続けた。
でも、守り石は所詮魔法陣を刻んだ石でしか無い。
「それとね。もしかしたらこれを作ったのはディーンなのかもしれないと思うの。久し振りに腕輪を外して気が付いたのだけど、この腕輪に付いている守り石からディーンの魔力みたいなものを感じるの」
魔法陣を刻むに時、私の魔力を込めるから石に魔力が残っているとは思うが、それが誰の魔力か分かるなど聞いた事がない。
「ディーン様が守り石を作られたのなら、旦那様がそう仰るのではありませんか?」
「そうね、では違うのかしら。もしもこれがディーンが作ったものだとしたら、私達出会う前から繋がりがあったのかしらと思って嬉しかったのだけれど。だって、夫になる方がずっと私を守ってくれていたなんて。素敵だわ。でももしも他の人が作ったものなら修理するのは止めた方が良いわね」
何故そんな事を言うのだろう、ニール様との大切な思い出の品なのだから、私だってニール様が贈られた物まで嫉妬したりしない。
「大切なものなのですから、修理が出来るのであれば旦那様にお願いしても良いのではありませんか」
「いいえ、思い出の品だし守ってくれた事に感謝もしているけれど、今後私が着ける装飾品はなるべくディーンが選んだ物だけ着けたいの。お父様達に頂いた品は夜会などで着けるかもしれないけれど、日常に使うものはそうしたいのよ。私を着飾って喜ぶディーンの顔が見たいのよ。彼ってね可愛いのよ」
今、可愛いと言ったのか?
私を可愛いと?
「年上の男性に可愛いなんて言ってはいけないのかもしれないけれど、彼が私に必死に気持ちを伝えてくれる様子を見ていると、なんて可愛い人なのかしらって思うの」
「お嬢様、そういう話をすることを、市井の者達は惚気話と言うのだそうですよ」
「まあ、そういう言葉があるのね。知らなかったわ。ではあなた達には、これから沢山私の惚気話を聞かせてしまうわね」
どうしよう、顔が熱い。
私のいないところで、こんな会話をしているなんて。
私はあなたに顔を見せてはいけないとすら考えていたというのに。
「では、こちらは仕舞っておきますね。旦那様からの贈り物ですから捨てたりは出来ません」
「そうね。今迄ありがとう」
い、今言わなければ駄目だ。
「ダニエラ、入ってもいいかな」
扉を軽く叩き声を掛け、了承の返事を貰って扉を開く。
「ダニエラ、君に薔薇を。どうしたの顔が赤い、熱?」
ダニエラは、なぜか私の顔を見るなり頬を赤く染めてしまった。
「ち、違うわ。少し部屋が暑かっただけよ。薔薇をありがとうディーン」
テーブルの上には、腕輪と小さな刃が出たままの指輪が載っていた。
「ダニエラ、これは?」
「あの、私の魔導具の指輪と腕輪なの。指輪の方が雷の攻撃をしながら刃を使ったせいなのか壊れてしまって」
「見せて頂いても?」
「ディーン、あなた魔導具に詳しいの?」
「一応これでも魔法師団の一員ですから」
「魔法師団は魔法を使うだけではないの?」
「そういったものが専門な者は多いですが、私は魔法陣を研究していますから、魔導具にも詳しいのです」
雷の攻撃であれば、それは使い切りだから指輪は壊れたわけではない単なる魔力切れだ。
「それなら見て頂いても良いかしら」
「勿論」
ニール様に、守り石を私以外の者が献上していれば別だが、そんな事があるわけがない。
そうは思っていても、指輪を受け取り守り石を外すまで緊張していた。
「壊れたわけではありません。この魔石の魔力が空になっているため刃が戻らないだけです。魔力を少し補充すれば戻ります。……ほらね」
刃の出し入れには魔力を使う。
それは指輪に付けられた機能だが、守り石の魔力を使う様にしてあるのだろう。
少し魔力を魔石に流すと、刃は簡単に指輪の中に消えてしまった。
「凄いわディーン! お兄様はこれは一度しか使えないと言っていたけれど、もしかすると魔力を補充したらまた使えるようになるのかしら」
「いいえ、この石は使い切り用で作りましたから、新しい石に変えなければいけません。今は手持ちがありませんので作成出来るまで数日待って頂けますか」
王都の寮の部屋になら材料はいくらでもあるが、ここには何も持って来てはいない。
だが、ネルツ侯爵領付近には、雷竜が出るところがないから少し遠くまで狩りに行かなければならない。
ここからだと寝ずに馬を走らせても、往復で三日は掛かるだろう。
「数日?」
「ええ、まず隣の領で雷竜と水竜を狩って来なければいけませんから、どうしてもその位は掛かります。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「ま、待って。ディーン、竜を狩るってどういうこと?」
「この守り石の元が雷竜の魔石で、水竜の血は魔法陣を刻む時に使用しますから、守り石を作るには両方狩らないといけないのです。普通は竜を見つけるのが難しいですが、私は竜を呼ぶ笛を持っていますから、近くにいるなら呼び寄せ狩れます。ですからそんなに時間は掛かりません」
笛の欠点は、住処がある場所近くでなければならないというところだ。お陰で移動に時間が掛かる。
転移用の魔法陣を持ってこなかったのは失敗だった。
領地に戻るまでの旅の間、ずっとダニエラと一緒に居られると浮かれて準備を怠ってしまったのが悪かった。
「メイナ、私耳の具合が良くないのかしら、ディーンが竜を狩るって言っている様に聞こえるの。幻聴よね?」
ダニエラが涙を浮かべながら、私とメイナを交互に見ている。
「いえ、幻聴ではございません。私の耳にも同じく聞こえましたので」
「そんなっ。ディーン、危ないわ。駄目よ私のために無理をしないでっ。ディーンが怪我をしたら私」
ダニエラは何を心配しているのだろう。
分からないが、心配されるというのはこんなに胸の奥が温かくなるものなのだろうか。
「ダニエラ」
「そういえば作成と言ったわね。まさかこれはディーンが作ったものなの?」
「はい、私が作りました」
腕輪の方には、天のユニコーンの魔石の守り石の他に三種類の石が付けられている筈だ。
これは勿論全部私が作り、ニール様に献上したものだ。
「ディーンは守り石を作成出来るのね。私全然知らなかったわ、どうしてお兄様は教えて下さらなかったのかしら」
「私から話すと思われたのではありませんか」
「そうなのかしら、ではこちらの腕輪の守り石も?」
ダニエラの細い指が腕輪をそっと持ち上げて私に手渡す。
少し指先が震えているのが気になるが、竜の話が怖かったのだろうか。
ダニエラはニール様達に守られて生きてきた方だから、魔物を見ること等今迄無かったのだろう。
「ええ、こちらの石も私が作りました。ユニコーンの魔石のものが癒しの守り石、後は指輪と同じ雷竜の守り石と精神干渉魔法を阻止する守り石、もう一つは守り石ではありませんが、対の魔石に居場所を知らせる魔法陣を刻んでいるものです。全部私が作りました」
受け取った腕輪を確認すると、思っていた通りの石が付いていた。
「居場所を知らせる魔法陣を作られた方は、確か通信の魔法陣と転移の魔法陣も発明されたと聞いております。まさかそれがディーン様なのでしょうか」
メイナは驚いた様な顔で聞いてくるが、何を驚いているのか分からない。
魔法陣の発明は、私の仕事なのだから驚く話では無いと思う。
※※※※※※
ディーン視点のおまけです。
ダニエラに教えると油断するからという理由で、癒しと精神干渉魔法から身を守る石が付いているとニールは教えていませんでした。
「この指輪、修理出来ないかしら」
ダニエラが好きだという薔薇を摘んで彼女の部屋の前までやって来たら、彼女の声が聞こえてきた。
王都の屋敷の庭と同じく、領地の屋敷の庭にも咲いている薔薇はダニエラが兄と結婚する時に公爵閣下が父に植えさせた皇帝の薔薇と呼ばれているものだ。
ダニエラがこの薔薇を好んでいるのは、ニール様から昔教えて頂いている。
昨日、母がダニエラにした行いのせいで、きっと彼女は心身共に疲労しているだろうから好きな薔薇を見て少しでも心を休めて欲しかった。
「それは、旦那様が昔ダニエラ様に贈られた品ですね」
旦那様というのは兄だろうか、ダニエラはそんな指輪を修理したいというのか。
耳が良いのも悪い時がある。
扉を閉め切っていても、私の耳は部屋の中の声を拾ってしまうのだから。
「そうよ、この指輪と腕輪はお兄様がいつも身に着けている様にと下さった大切な物なの。幼い頃からずっと着けていたから無くなるのは寂しい気がするの。腕輪の方は幸い無事だけれど、この指輪が無くなるのは寂しいわ」
旦那様とはニール様の事だと分かり、ほっと息をついて反省する。
ダニエラはまだ私を愛してはいるわけではないというのに、彼女のすべてを独占したいと思うのは望み過ぎだ。
私を夫にしてもいいとダニエラが許して下さったのすら奇跡の様なものだというのに、それ以上を望むなど私はなんて傲慢なのか。
いや、母が昨日ダニエラにしたことを思えば、私が彼女の前に顔を見せるのすらしてはいけない事だ。
それを知りながら、薔薇を見て心を癒やして等理由を付けて彼女に会いに来てしまう私はどうしようもない。
ダニエラは女神が人に生まれ変わったのかと疑いたくなる程優しいから、こんな私でも受け入れてくれようとするけれど、その優しさに甘えすぎてはいけない。
「お兄様がこれを下さった頃私はまだ幼くてね、あの頃お父様もお母様もとても忙しくしていらっしゃってあまりお会い出来なかったから、とても寂しくて。私はお兄様も忙しいと知っていたのにいつもまとわりついていたの。きっとお兄様は煩わしかったと思うわ」
「旦那様はダニエラ様を愛しておいでですもの、煩わしいなど思われていなかったかと」
「それなら嬉しいわ。お兄様は、私がダンスの練習を怠けていないか確認してやる、なんて言いながら私の練習に付き合って下さったわ。もっと上手に踊れるようになったら夜会でダンスの相手をしてやってもいいと約束して下さった時は、本当に嬉しかったわ」
ダニエラの言葉に、ニール様が昔教えて下さったダニエラの話を思い出す。
ニール様とお茶を一緒に出来ると知っただけで、大喜びではしゃいでいたと。
あの時のニール様の目はとても優しかったのを良く覚えている。
二人は本当に互いを思い合っていたのだと思うと、心が温かくなると共に羨ましくなる。
「指輪もその頃にダニエラ様に贈られたのですね」
「ええ、そうよ。お兄様のお友達が私のために守り石を作ってくださったと言って、それをいつも身に着けていられるようにお兄様が指輪と腕輪にしてくれたの。お兄様が私の為に、自ら指輪と腕輪の意匠を考えて用意してくれたと聞いて、とても嬉しかったの。それからずっと着けているのよ」
守り石? それではあの指輪と腕輪は、まさか。
「指輪が無くなるのも寂しいけれど、もしかしたら私は守り石を失うのが寂しいのかもしれないわ」
「守り石を失うことが寂しい?」
「ええ、これは雷の攻撃魔法が使えるだけの物だけど、私をずっと守ってくれていたの。今はもう壊れてしまったから分からなくなってしまったけれど、この石を作ってくださった方の思いが私を守ろうとして下さっているように感じていたの」
確かに私はダニエラを、ニール様が大切に思われている妹殿を守りたいと思いを込めて守り石を作り続けた。
でも、守り石は所詮魔法陣を刻んだ石でしか無い。
「それとね。もしかしたらこれを作ったのはディーンなのかもしれないと思うの。久し振りに腕輪を外して気が付いたのだけど、この腕輪に付いている守り石からディーンの魔力みたいなものを感じるの」
魔法陣を刻むに時、私の魔力を込めるから石に魔力が残っているとは思うが、それが誰の魔力か分かるなど聞いた事がない。
「ディーン様が守り石を作られたのなら、旦那様がそう仰るのではありませんか?」
「そうね、では違うのかしら。もしもこれがディーンが作ったものだとしたら、私達出会う前から繋がりがあったのかしらと思って嬉しかったのだけれど。だって、夫になる方がずっと私を守ってくれていたなんて。素敵だわ。でももしも他の人が作ったものなら修理するのは止めた方が良いわね」
何故そんな事を言うのだろう、ニール様との大切な思い出の品なのだから、私だってニール様が贈られた物まで嫉妬したりしない。
「大切なものなのですから、修理が出来るのであれば旦那様にお願いしても良いのではありませんか」
「いいえ、思い出の品だし守ってくれた事に感謝もしているけれど、今後私が着ける装飾品はなるべくディーンが選んだ物だけ着けたいの。お父様達に頂いた品は夜会などで着けるかもしれないけれど、日常に使うものはそうしたいのよ。私を着飾って喜ぶディーンの顔が見たいのよ。彼ってね可愛いのよ」
今、可愛いと言ったのか?
私を可愛いと?
「年上の男性に可愛いなんて言ってはいけないのかもしれないけれど、彼が私に必死に気持ちを伝えてくれる様子を見ていると、なんて可愛い人なのかしらって思うの」
「お嬢様、そういう話をすることを、市井の者達は惚気話と言うのだそうですよ」
「まあ、そういう言葉があるのね。知らなかったわ。ではあなた達には、これから沢山私の惚気話を聞かせてしまうわね」
どうしよう、顔が熱い。
私のいないところで、こんな会話をしているなんて。
私はあなたに顔を見せてはいけないとすら考えていたというのに。
「では、こちらは仕舞っておきますね。旦那様からの贈り物ですから捨てたりは出来ません」
「そうね。今迄ありがとう」
い、今言わなければ駄目だ。
「ダニエラ、入ってもいいかな」
扉を軽く叩き声を掛け、了承の返事を貰って扉を開く。
「ダニエラ、君に薔薇を。どうしたの顔が赤い、熱?」
ダニエラは、なぜか私の顔を見るなり頬を赤く染めてしまった。
「ち、違うわ。少し部屋が暑かっただけよ。薔薇をありがとうディーン」
テーブルの上には、腕輪と小さな刃が出たままの指輪が載っていた。
「ダニエラ、これは?」
「あの、私の魔導具の指輪と腕輪なの。指輪の方が雷の攻撃をしながら刃を使ったせいなのか壊れてしまって」
「見せて頂いても?」
「ディーン、あなた魔導具に詳しいの?」
「一応これでも魔法師団の一員ですから」
「魔法師団は魔法を使うだけではないの?」
「そういったものが専門な者は多いですが、私は魔法陣を研究していますから、魔導具にも詳しいのです」
雷の攻撃であれば、それは使い切りだから指輪は壊れたわけではない単なる魔力切れだ。
「それなら見て頂いても良いかしら」
「勿論」
ニール様に、守り石を私以外の者が献上していれば別だが、そんな事があるわけがない。
そうは思っていても、指輪を受け取り守り石を外すまで緊張していた。
「壊れたわけではありません。この魔石の魔力が空になっているため刃が戻らないだけです。魔力を少し補充すれば戻ります。……ほらね」
刃の出し入れには魔力を使う。
それは指輪に付けられた機能だが、守り石の魔力を使う様にしてあるのだろう。
少し魔力を魔石に流すと、刃は簡単に指輪の中に消えてしまった。
「凄いわディーン! お兄様はこれは一度しか使えないと言っていたけれど、もしかすると魔力を補充したらまた使えるようになるのかしら」
「いいえ、この石は使い切り用で作りましたから、新しい石に変えなければいけません。今は手持ちがありませんので作成出来るまで数日待って頂けますか」
王都の寮の部屋になら材料はいくらでもあるが、ここには何も持って来てはいない。
だが、ネルツ侯爵領付近には、雷竜が出るところがないから少し遠くまで狩りに行かなければならない。
ここからだと寝ずに馬を走らせても、往復で三日は掛かるだろう。
「数日?」
「ええ、まず隣の領で雷竜と水竜を狩って来なければいけませんから、どうしてもその位は掛かります。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「ま、待って。ディーン、竜を狩るってどういうこと?」
「この守り石の元が雷竜の魔石で、水竜の血は魔法陣を刻む時に使用しますから、守り石を作るには両方狩らないといけないのです。普通は竜を見つけるのが難しいですが、私は竜を呼ぶ笛を持っていますから、近くにいるなら呼び寄せ狩れます。ですからそんなに時間は掛かりません」
笛の欠点は、住処がある場所近くでなければならないというところだ。お陰で移動に時間が掛かる。
転移用の魔法陣を持ってこなかったのは失敗だった。
領地に戻るまでの旅の間、ずっとダニエラと一緒に居られると浮かれて準備を怠ってしまったのが悪かった。
「メイナ、私耳の具合が良くないのかしら、ディーンが竜を狩るって言っている様に聞こえるの。幻聴よね?」
ダニエラが涙を浮かべながら、私とメイナを交互に見ている。
「いえ、幻聴ではございません。私の耳にも同じく聞こえましたので」
「そんなっ。ディーン、危ないわ。駄目よ私のために無理をしないでっ。ディーンが怪我をしたら私」
ダニエラは何を心配しているのだろう。
分からないが、心配されるというのはこんなに胸の奥が温かくなるものなのだろうか。
「ダニエラ」
「そういえば作成と言ったわね。まさかこれはディーンが作ったものなの?」
「はい、私が作りました」
腕輪の方には、天のユニコーンの魔石の守り石の他に三種類の石が付けられている筈だ。
これは勿論全部私が作り、ニール様に献上したものだ。
「ディーンは守り石を作成出来るのね。私全然知らなかったわ、どうしてお兄様は教えて下さらなかったのかしら」
「私から話すと思われたのではありませんか」
「そうなのかしら、ではこちらの腕輪の守り石も?」
ダニエラの細い指が腕輪をそっと持ち上げて私に手渡す。
少し指先が震えているのが気になるが、竜の話が怖かったのだろうか。
ダニエラはニール様達に守られて生きてきた方だから、魔物を見ること等今迄無かったのだろう。
「ええ、こちらの石も私が作りました。ユニコーンの魔石のものが癒しの守り石、後は指輪と同じ雷竜の守り石と精神干渉魔法を阻止する守り石、もう一つは守り石ではありませんが、対の魔石に居場所を知らせる魔法陣を刻んでいるものです。全部私が作りました」
受け取った腕輪を確認すると、思っていた通りの石が付いていた。
「居場所を知らせる魔法陣を作られた方は、確か通信の魔法陣と転移の魔法陣も発明されたと聞いております。まさかそれがディーン様なのでしょうか」
メイナは驚いた様な顔で聞いてくるが、何を驚いているのか分からない。
魔法陣の発明は、私の仕事なのだから驚く話では無いと思う。
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