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夜明けは来る

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「ん……」

 次に目覚めると、同じ姿でディーンが眠っていました。
 私もあの後意識を失う様に眠ってしまったので仕方ありませんが、この人体が凝り固まっていないでしょうか。

「あぁ、喉が乾いたわ」

 声が掠れています。
 ずっと眠っていたので当たり前です。

「ディーン、起きて、起きなさいディーン」

 かなり乱暴に肩を揺すります。
 薬草茶の効能を考えるとまだ眠り続けそうですが、そろそろ私もベッドから出たいのです。

「ディーン、起きて」

 何度か肩を揺すると漸くディーンは顔を上げました。
 寝ぼけ眼という言葉がピッタリの顔に、私は思わずクスクスと笑ってしまいました。

「ダニエラ、どうして笑うんですか。いくら私でも傷付きます」

 起き抜けに笑われればそうでしょうね。
 内心頷きながら、わざと笑い続けます。

「ダニエラ」
「ふふふ、だってあなたの顔皺だらけなんですもの。どれだけ熟睡していたの?」

 ディーンも攻略対象者なだけにそこそこ整った顔立ちをしているのですが、今はちょっと情けない顔をしています。

「皺だらけ?」
「ええ、毛布かしらそれとも洋服の痕かしら、なんだか幼い子供みたいで可愛らしいわ」

 しかめっ面で自分の頬に手を添えているディーンに、そう言って再度笑ってから、顔を近づけてその手に唇で触れました。

「な、なん、ダニエラ、な、にを」
「私を心配して一晩中ここにいてくれたのでしょう? ありがとう」

 お礼を言うと、ディーンは少し慌てた後で俯いてしまいました。

「あなたを母が害そうとしたのですから、心配するのは当然です。いいえ、あなたに見せられる顔などないのに浅ましく側にいてしまいました。許してください」
「許す? それなら私も許しを請わなくてはいけないわね。お義母様の顔に消えない傷をつけてしまったもの。身を守る為とはいえ酷い事をしてしまった私を許してくれる?」
 
 心にもない、謝罪にもならない言葉を口にするとディーンは「あなたのせい等ではありません」と絞り出す様な声を吐きました。

 私はお義母様を力任せにひっぱたいて、その勢いのまま二つの指輪から出ている刃先で切りつけたのです。
 貴族女性が顔に傷があるなど致命的な欠点でしょう。
 まあ、お義母様が今後社交界に出ることは一切ないどころか、屋敷の中すら自由に歩けない筈ですから気にするのは本人だけでしょう。
 痕が酷く残る様な治療をさせた上、鏡だらけの部屋に幽閉するのもいいかもしれません。
 私を辱めようとしたのですから、それ位の報復は覚悟してもらわなければ。

「あんな女の傷まで心配するなんて、あなたは優しすぎます」
「私を優しいと言うのはあなた位よ、ディーン。それで、私が気を失った後のことを教えてくれる?」

 私の口先だけの言葉を信じる彼の言葉が本心なのか、私には分かりません。
 私自身が本心を言わないのに、彼にそれを望むのは傲慢ですし本心をすべて吐き出すのが良いとも思いません。
 嘘をつき続けることで幸せになれる関係、そういうのもあると思うのです。
 
「母とイバンは父に引き渡しました。公爵へ今回の件の報告と謝罪を行う為父は昨夜の内に出立し、それに二人も連れています」
「連れている。まさか父と兄に裁かせるつもりなの」

 お父様達ならそうさせろと言うでしょうが、それを言われてからするのと自らするのでは意味が大きく変わります。

「今回、イバン以外にも使用人に多数の協力者がいました。協力というかイバンに命令されて嫌だと言えなかったと言っていますが、それでも主を裏切った者が多数いたのは事実です。今回の件に関わった者達は皆理由を使用人の家の者達に伝えた上で犯罪奴隷へ落とします」
「随分な決断をしたものね」
「父は温厚そうに一見見えますが、性格は私と同じ陰湿です。自分の顔に泥を塗り裏切った者を許す程寛容ではありません」
「そう、ならばいいわ。私からお願いするつもりだったけれど、きっと王都で父達に言われるでしょうから」

 そう言うとディーンは不安そうな顔になりました。

「お願いとは、聞いてもいいでしょうか」
「勿論よ。あなたの許可も必要だもの」
「許可」
「ええ。この屋敷の使用人を父達が選んだ者に変えて欲しいのよ」

 今回の一連の流れを考えると、お父様達はこの屋敷の使用人達についてすでに調べているのではないかという疑いがありますが、今後の事を考えればそうしてくれていたら話は早いのです。

「使用人を変える?」

 どうしたのでしょう。
 ディーンの手が震えています。

「だって、私もあなたもこの屋敷では新参者と同じなのよ。お義母様付きだった者達は問答無用ですべて解雇するつもりだけど、それをした後でもイバンとお義母様の影響は残るでしょう? 私、そんな落ち着けない環境で暮らすのは嫌なの」
「暮らす」

 ディーンの様子がおかしい様に見えるのは気の所為でしょうか。

「あなたはここで暮らしてくれるのですか?」
「あなたが領主になるための勉強をする為にこちらに戻ってくるのに、妻になる私を王都に置いていくつもりなの」

 ディーンの気配を探りながら、妻と強調して言えば彼は分かりやすく安堵した顔になりました。

「私と結婚してくれるのですね」
「何を今更、私に求婚していたのはあなたよ。それとももう私などいらないというの? お生憎様、あなたがいらないと言っても私はあなたに嫁ぐわ、あなたが嫌だと逃げても父達にそう仕向けて貰うわ。もうあなたは私から逃げられないのよ。観念して私の夫として一生過ごすしかないのよ」

 わざと呆れた様にそう言って笑うと、ディーンは感極まった様子で私にしがみつきました。

「良かった」
「良かった?」
「あなたが、ネルツ家に愛想を尽かしたのかと。結婚は取りやめにすると」

 どうしてそういう思考に陥ったのか問い詰めた方がいいのかどうか分かりませんが、まずは否定が大事なのでしょう。

「馬鹿ね、ディーン。あなた」
「え」
「もしも私がそう言ったとしてもね、どうか全力で私を幸せにするから思い直して欲しいと言ってくれなくては。あなたの想いって、私が少し機嫌を損ねた程度で諦められるものなのかしら」

 ゲームのディーンの様に私が去ってしまったら、ディーンもロニーも不幸になるというのに。
 それでもこの人は、私の気持ちを優先して諦めてしまうつもりだったのでしょうか。

「そんなわけありません。でも、あなたが嫌だと思う事もしたくないのです」
「優しいのは私ではなくあなたよ、ディーン」

 私は、今本心からこの人を幸せにしたいと思ったのです。
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