【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

義母の愚策1

「ディーン様、旦那様がお呼びです」
「父が？」
「何かしら、では行きましょうか」

　二人で部屋にいると、見たことがないメイドがディーンを呼びにやってきました。
　この屋敷の使用人の顔を把握しているわけではありませんが、お義父様が使っているとは思えない年若いメイドです。

「あ、あの若奥様はこちらでお待ち下さいませ。ディーン様お一人にお話があると仰せでした」
「まあ、そうなの？」

　お義母様とロニー二人がいなくなったという時に、なんの話でしょう？
　もしかするとお義父様は、二人の行方などどうでもいいのでしょうか。

「ダニエラすぐに戻る」
「ええ」

　一瞬不安そうな顔で私を見たディーンは、私にそう言うとメイドと共に部屋を出ていきました。

「ふうっ」

　何となく重苦しい雰囲気の部屋に、私は不安を感じながら窓の方へ向かいました。

「ロニーはお義母様が連れて行ってしまったのかしら、でもどうして」

　ゲームの設定通りの展開が起きているのでしょうか。
　ロニーのトラウマの一つ、彼にとっての祖母であるお義母様に殺されかけるというエピソードがこれなのでしょうか。
　そうするとゲームのロニーは、殺されかけた相手に虐待され続けたことになります。そして養父となるディーンにも虐待されるなんて、不幸と一言で片付けるには気の毒な人生です。

「ロニーとディーン」

　カーテンを開き窓を開けようとした私は、扉が開く気配に慌てて振り返りました。

「誰？」

　ディーンが戻ってくるには早すぎますし、メイナ達なら入室許可を取る筈です。

「若奥様」
「イバン」

　何故ここにイバンが。

「どうしたの、あなた」
「若奥様に伺いことがあり参りました」
「私に？」

　イバンはこんな顔をしていたでしょうか？
　私が知っているのは、お義父様の側にいる礼儀正しい彼です。
　でもディーンの告白では、お義母様の残酷な指示に従い幼いディーンを鞭打っていたのです。
　使用人は主人の命令に逆らえませんから、理不尽な命令にも従うでしょう。
　
「何かしら」

　顔が引きつりながら、冷静振りをして問いかけます。
　幼い子供を躊躇いなく鞭打つ大人、それはこんな顔をしているのかもしれません。
　こんな、何も考えていないような。
　無の表情を、しているのかもしれません。

「若奥様はピーター様を愛していなかったのですか」
「何が言いたいの」

　足音もなくイバンは私に近付いてきて、私は思わず後退ってしまいました。
　背中には窓があるだけです。

「ピーター様を愛しておらず、ディーン様と通じていたのですか？」
「馬鹿にしないで、私はずっとピーターの妻として恥ずかしくない生き方をしてきたわ。それを裏切っていたのは彼の方よ。子供がいるのを隠して、彼女の存在を隠して、私には子が授からないように毒を使い避妊していた。自分はしっかり解毒剤を飲みながらね。最低な男よ」

　イバンに言いながら、私は自分が思っていた以上にピーターに憤りを感じていたのだと悟りました。

「そうですか、残念です」
「なに、うっ」

　逃げようにも背後が窓では逃げられない。
　イバンに追い詰められた私は、横に逃げようとして捕まりそして、何かを嗅がされました。

「な、に、を」

　ゆらりと視界が揺れて、私の体は為す術もないままに床に倒れました

「奥様の元へお連れいたします」

　冷ややかな声でそう告げると、イバンは私の体を抱き上げたのです。

「ディ……ーン」

　助けを呼ぼうとした私の声は、音にならずに消えてしまったのです。