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存在を認めないのは2

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「若奥様お呼びでしょうか」

 私とディーンが香り高い紅茶を楽しんでいると、イバンがやって来ました。
 この屋敷の執事達は黒地に濃紺の縁取りをしたお仕着せを着ていますが、彼だけは縁の色が朱赤です。
 お義母様の侍女は、お仕着せではなく個々が用意しているドレスですし、メイド達は紺色の足首までのワンピースに白いエプロンを着ています。
 この家の上級使用人達の制服は堅実で古臭い印象がしていて、私の好みに用意している王都の屋敷の使用人達のお仕着せとはだいぶ趣が異なります。
 下級承認たちは兎も角、上級使用人用のものは私の好みに変えてもいいかもしれません。
 なにせ、メイド達の地味な服装を見ているだけで気が滅入りそうになるのですから。

「お義父様から聞いていると思いますが、お義母様は離れで静養なさいますから、向こうですべて賄えるように采配して頂戴」

 どんなデザインにしようか、王都の屋敷に比べると些か平均年齢が高い彼女達に似合うものを頭に思い浮かべながらイバンに指示すると、彼はほんの少し馬鹿にした様な気配を出しながら口を開きました。

「失礼ですが奥様は、ずっとご健康でいらっしゃいました」
「ピーターが亡くなった衝撃で、乱心されてしまったのよ。お気の毒ね」

 そんな筈はないことは、イバンも十分に理解している筈です。
 昨日お義父様に手紙を渡した時背後に立っていたのですから、状況はすべて理解しているでしょう。

「それから、一ヶ月後ディーンと私は結婚します。その手続きがあるから二週間後に王都に向けて出発しますから、そのつもりでいるように。それとピーターの部屋は今後ディーンが使います。今晩から使えるように整えなさい」
「そ、そんな。若様は亡くなったばかりで」

 お義母様の件では表情を殆ど変えなかったイバンは、ピーターの部屋の件で声を荒らげました。

「何か問題でも? お義父様はディーンが別館に暮らすのはおかしいだろうと仰っていたわよ」
「ですが、今日葬儀があったばかりです」
「それが何か問題なのかしら? ピーターはこちらにはずっと戻っていなかったのよ。動かして問題がある物など何もないでしょう」

 妻としては情のない言葉です。
 それは私が一番良く分かっていますが、だからこそ今指示するのです。
 
「これはお義父様がお決めになったことよ。あなたに意見される覚えはないわ」
「旦那様が」

 呆然とイバンはそれだけ呟いた後で、私の向かいに無言で座るディーンを見つめました。

「ディーン様が跡を継がれると」
「ええ、彼はこの家の血を正しく引くのですから、長男であるピーター亡き後、跡継ぎになるのは彼しかいないでしょう。それは当たり前のことよ」

 イバンはゲームに登場していたでしょうか、記憶を辿っていて思い出したのはディーンの過去です。
 お義母様は癇癪を起こすと、ディーンを教育だと鞭打つ時がありました。幼い頃のディーンは自分が悪いのだと信じ切っていましたが、それはただの八つ当たりでした。

「ディーン様が跡継ぎ」
「気に入らないのなら、お義父様へ言うのね」

 何か重要なことを忘れている気がします。
 ディーンがヤンデレ化するのは、ヒロインの愛を信じられないから。
 愛しているのに同じ愛を返されない。
 いつか裏切るかもしれないと、そう内心怯えているせいなのは幼い頃のトラウマが原因なのです。

「ディーンは私の夫になり、この家を継ぐ。その為の勉強は王都で婚姻の手続きを終わらせてから始めます」

 ディーンルート、何を忘れているのでしょうか。
 ロニーの方は恨みを回避することで少し未来が安心出来ますが、ディーンの方はまだまだこれからです。
 何せ彼の方は、すでにトラウマが植え付けられているのですから。

「理解したのなら、すぐに動きなさい」
「か、畏まりました」

 ディーンが家を継ぐなど、イバンは考えもしなかったのでしょうか?
 二人兄弟なのですから、これは当たり前の流れの筈なのに何故? 

 青い顔で部屋を出たイバンがふらつく足取りでどこに向かったのか、それを知るのはもう少し後のことだったのです。
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