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見送る心
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「お待たせしてしまったかしら」
弱々しい笑顔を浮かべながら大神官を迎えると、真っ白な絹地に黒い裾模様が入った祭服を纏った大神官は鷹揚な態度で私の手を取り、悔やみの言葉を告げました。
「まだ若き方のご訃報に胸が潰れる思いでございます。天に召されたピーター・ネルツ侯爵子息様の安らかなる眠りをお祈り申し上げます」
この国で国教とされているものは、シード神を祖とするシードリアン教です。
シードリアン教では人は亡くなるとシード神が見守る楽園に暮し生前の疲れを癒した後、また生まれ変わるとされています。
その楽園では人はお腹がすくことも病や怪我で苦しむことも無く、安らかに流れる時の中で生前の苦しみを癒すのだそうです。
病気や怪我で亡くなった人は、その楽園に行くと病気や怪我の苦しみを癒す為の長い眠りにつくと言われています。ですから、神官は悔やみの言葉として安らかなる眠りを祈ると言うのです。
「ありがとうございます。大神官様に祈って頂けるならきっと夫は天の楽園でシード神様のいらっしゃる楽園で安らかな眠りにつけるでしょう」
ぽろりと一粒涙をこぼし、慌てて誤魔化す様に微笑みながらハンカチで目元を拭いました。
涙などいついかなる時も自在に流せますから、これは演技です。
「申し訳ございません。私ったら、みっともない」
失態を詫びると、大神官様は痛ましそうな顔で首を横に振りました。
「みっともない等とんでもないことでございます。突然の事ですし奥様のご心痛は計り知れません」
「ありがとうございます。まさか夫がこんな風に私の前からいなくなってしまうとは思ってもいませんでしたわ。彼があんな事故で亡くなるなんて」
途方に暮れる。
それは私の本心です。
夫が愛人を作ることを正妻であれば怒り、悲しみ、憎むものでしょう。
ですが私の場合、私が全く望んでいなかった私と彼の結婚が、彼女を愛人にしてしまったのです。
結婚したのだから別れるべきだった。
私は知らなかったのだから、被害者だ。
そう言い切ることは簡単ですが、彼はきっと本当に彼女を愛していたのでしょう。
とっさに子を庇い命を落とす程に、子供のことも愛していた筈です。
私に毒を使い続け、書類を偽造し離縁を企む様な愚かな人ですが、それでも二人への愛は本物だったのでしょう。
そう考えると彼を怒る気にはなれません。
毒のことは、彼が生きていたら報復したでしょうが、生前二人の事を相談しくれていたら私なりに手助けしようとしていたかもしれません。
なんて、彼が亡くなっているから言えるものなのかもしれませんが。
どんなに恨んでも、亡くなった方に唾を吐くような真似は出来ないし、したくもないのが本心です。
心の底から憎んでいれば、それでも非情にはなれたでしょう。
彼女と子供を兄に引き渡せば簡単です。
私は手を汚さずに、彼に復習出来るのですから。
「悲しまれて当然かと、ピーター様の眠りが安らかなものになる様、シード神の下へ迷いなく旅立てる様、精一杯務めさせて頂きます」
「よろしくお願い致します」
悲しい?
私は悲しいのでしょうか。
瞼を閉じた彼の顔すら見たことが無い。彼の頬に触れたことすらない妻の私でも、彼の死が悲しいのでしょうか。
私は私の感情が分かりません。
憎んでいるのか、怒っているのか、悲しいのか、悔しいのか。
愛していたのでしょうか、一緒に暮らす家族としての情ではなく、夫への愛を? この私が?
そんなことすら私には分かりません。
そんな感情が明確に育つ前に彼は、私の前から消えてしまったのですから。
ただ一つ言えるのは、彼は私を愛してはいなかったという事実だけです。
悲しいけれど、それが事実なのです。
弱々しい笑顔を浮かべながら大神官を迎えると、真っ白な絹地に黒い裾模様が入った祭服を纏った大神官は鷹揚な態度で私の手を取り、悔やみの言葉を告げました。
「まだ若き方のご訃報に胸が潰れる思いでございます。天に召されたピーター・ネルツ侯爵子息様の安らかなる眠りをお祈り申し上げます」
この国で国教とされているものは、シード神を祖とするシードリアン教です。
シードリアン教では人は亡くなるとシード神が見守る楽園に暮し生前の疲れを癒した後、また生まれ変わるとされています。
その楽園では人はお腹がすくことも病や怪我で苦しむことも無く、安らかに流れる時の中で生前の苦しみを癒すのだそうです。
病気や怪我で亡くなった人は、その楽園に行くと病気や怪我の苦しみを癒す為の長い眠りにつくと言われています。ですから、神官は悔やみの言葉として安らかなる眠りを祈ると言うのです。
「ありがとうございます。大神官様に祈って頂けるならきっと夫は天の楽園でシード神様のいらっしゃる楽園で安らかな眠りにつけるでしょう」
ぽろりと一粒涙をこぼし、慌てて誤魔化す様に微笑みながらハンカチで目元を拭いました。
涙などいついかなる時も自在に流せますから、これは演技です。
「申し訳ございません。私ったら、みっともない」
失態を詫びると、大神官様は痛ましそうな顔で首を横に振りました。
「みっともない等とんでもないことでございます。突然の事ですし奥様のご心痛は計り知れません」
「ありがとうございます。まさか夫がこんな風に私の前からいなくなってしまうとは思ってもいませんでしたわ。彼があんな事故で亡くなるなんて」
途方に暮れる。
それは私の本心です。
夫が愛人を作ることを正妻であれば怒り、悲しみ、憎むものでしょう。
ですが私の場合、私が全く望んでいなかった私と彼の結婚が、彼女を愛人にしてしまったのです。
結婚したのだから別れるべきだった。
私は知らなかったのだから、被害者だ。
そう言い切ることは簡単ですが、彼はきっと本当に彼女を愛していたのでしょう。
とっさに子を庇い命を落とす程に、子供のことも愛していた筈です。
私に毒を使い続け、書類を偽造し離縁を企む様な愚かな人ですが、それでも二人への愛は本物だったのでしょう。
そう考えると彼を怒る気にはなれません。
毒のことは、彼が生きていたら報復したでしょうが、生前二人の事を相談しくれていたら私なりに手助けしようとしていたかもしれません。
なんて、彼が亡くなっているから言えるものなのかもしれませんが。
どんなに恨んでも、亡くなった方に唾を吐くような真似は出来ないし、したくもないのが本心です。
心の底から憎んでいれば、それでも非情にはなれたでしょう。
彼女と子供を兄に引き渡せば簡単です。
私は手を汚さずに、彼に復習出来るのですから。
「悲しまれて当然かと、ピーター様の眠りが安らかなものになる様、シード神の下へ迷いなく旅立てる様、精一杯務めさせて頂きます」
「よろしくお願い致します」
悲しい?
私は悲しいのでしょうか。
瞼を閉じた彼の顔すら見たことが無い。彼の頬に触れたことすらない妻の私でも、彼の死が悲しいのでしょうか。
私は私の感情が分かりません。
憎んでいるのか、怒っているのか、悲しいのか、悔しいのか。
愛していたのでしょうか、一緒に暮らす家族としての情ではなく、夫への愛を? この私が?
そんなことすら私には分かりません。
そんな感情が明確に育つ前に彼は、私の前から消えてしまったのですから。
ただ一つ言えるのは、彼は私を愛してはいなかったという事実だけです。
悲しいけれど、それが事実なのです。
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