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乙女ゲームの世界だった

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 ラノベとか読んでいて、乙女ゲームや小説の世界に転生した人はどうして登場キャラの顔を見ただけで前世を思い出して、ついでに自分がその世界に転生したと認められるのかしら、なんて思っていた時もありました。
 あの時読んでいたラノベの作者様、申し訳ない。
 確かに分かるみたいよ、現に私が今前世を思いだしたしこの世界が乙女ゲームの世界だったと一瞬で理解してしまったのですから。
 驚きすぎて口調がおかしいみたい、どれだけ動揺しているのかしら私。

「奥様っ。気が付かれたのですね」
「タオ。私、気を失っていた?」

 瞼を開くと見覚えはありますが、あまりなじみのない天井が見え、視線を動かして周囲を見渡してやっと気が付きました。
 奥に置かれた石棺と更に奥にこの世界の神の像、そして美しいステンドグラス。
 像に向かう様に木製のベンチが規則正しく置かれ、葬儀の為に用意した沢山の白い百合と薔薇の花の香りで満ちています。

「ほんの少し、すぐに気が付かれました」
「では、まだ大神官様はいらっしゃっていないわね」
「はい」

 タオは私を抱きかかえる様に座っていて、メイナはリチャードと子供が奥に進めない様に対峙しています。
 その他は誰もいないようです。

「タオ、立つわ手伝って」
「畏まりました」

 リチャードの隣に立つ子供が、私の声に気が付いてこちらを見ました。
 ああ、憎らしい程に夫そっくりの顔です。
 彼は遺族だと表す白い、前世で言うところのスモック的な服を、喪服らしい服の上に着ています。
 リチャードが何をしたかったのか分かりますし、前世の記憶を取り戻してしまった今はこれが最悪な展開だとも理解しています。

 さて、私はどうしたらいいでしょう。
 ここは私が前世でプレイしていた乙女ゲーム「白百合と白薔薇の乙女は、恋に溺れる」の世界だと思います。
 無表情に私を見ている彼が十七歳になった年に、このゲームは始まります。
 そう彼は攻略対象者です。
 ちなみに私は、彼のルートに出てくる悪役令嬢の母親の筈です。
 そう、彼の義母ではなく悪役令嬢の母です。

「メイナ」
「はい、奥様」
「リチャードは、間違えてその子を連れてきてしまった様ですね。その子の母親が安置されている部屋に彼を連れて行ってあげて」
「まあ、そうでしたか。ではリチャードさん、奥様のご命令ですので、私がそちらの子供を母親の元へ連れて行きましょう」

 私の意図をすぐさま察し、メイナはリチャードに喧嘩を売りながら子供の肩を抱き何事か呟くと二人で外へと出て行きました。

「奥様」
「リチャード、あなたは何度私を失望させたら気が済むのかしら」

 冷ややかな声で私は、リチャードの名を呼びながら彼の前に立ちました。

「ですが奥様は、彼が若様の葬儀に参列することをお許しになったではありませんか」
「参列は許したけれど、白い服を纏っていいとは言っていないわ。そんな事許せるはずがないでしょう。あなたは考える頭がないの? それともあの子の命を縮めたいの」

 呆れた様にわざと大袈裟に感情を出しながらリチャードを責めると、彼は悔しそうな顔で私に食って掛かりました。

「あなたは人としての情がないのですか、父親の葬儀に参列させないなど」
「人としての情があるからこそ、参列は許した。でも、白い服は駄目よ。それがお前とあの子にとってどれだけ屈辱的なものだとしても、あの子の命を守りたいならこれは悪手でしかないわ。今日は私の兄が来るのよ。兄の前で彼に白い服を纏わせて参列させて、それで無事でいられると思うの? 参列させるだけでも、十分に兄を刺激するというのに。白い服を纏わせる? それをしてどうなるかも分からないなんてお前はどれだけ愚かなの」

 父は今領地にいて、今日の葬儀には出ないと連絡が来ていました。
 代わりとして、兄が仕事を休んで来てくれるそうです。
 忙しい兄が態々仕事を休んでまで、それは故人の死を悼んでの参列ではありません。
 兄は馬車に同乗していた女性と子供の存在、メイナ経由で兄に送った薬瓶の中身を何に使っていたかについて激怒していて、それについて私と話をするために来るのです。
 そんな状態の兄の前に、夫そっくりの顔をした子供が出てくるだけで恐ろしい事になるのは想像が出来ます。
 でも、子が親の葬儀に出させて貰えないのはあまりにも情が無さすぎますから、私は許したのです。

「それは」
「兄は、血は受け継いでいても侯爵家の籍にも入っていない子を儚くすることなど、息をするよりも簡単に行う人なのよ。リチャード、あなたの愚行でそうなるのよ。それともそれを望んでいるの」
「いいえ、私は、私はロニー様がお気の毒で」
「お気の毒? それは彼の両親が馬鹿だから仕方がないでしょう。どんな下級貴族でも、子を自分の跡継ぎにしたいなら六歳になる前には子供を躾けて陛下との謁見に備えるというのに。それを忘れていたどころか、子の籍をどうにかする事すら怠っていたのですからね」

 平民の孤児で貴族の仕来りを知っている筈がない女性の方は仕方がないとして、夫そして彼を諌めなければならない立場の執事二人共は愚かすぎます。

「やらなければならない事をせずに、正妻を蔑ろにし離縁状を捏造して、我が夫ながら馬鹿過ぎて反吐が出るわ」

 今までこんな汚い言葉を使ったことが無かった私の罵詈雑言に、リチャードは反論も出来ず茫然と私の顔を見ているだけです。

「いい、リチャード。こんな馬鹿なことを続けたら、平和に平民の墓地に埋葬される筈の彼女の遺体すら、兄の機嫌次第で野山に棄てられてしまうわよ。故人の尊厳等無しに裸に剥かれて、獣の餌にされてしまうのよ」
「そんなっ」
「お前がまず考えなければならないのは、あの子の矜持を守ることではないわ。表立って子だと言うのはね、最低でもお義父様達があの子の存在を許してからでなければ駄目なのよ。そうでなければ、兄が手を出さなくともお義父様達があの子の命を縮めるでしょう」
「ですが、ロニー様は若様のお子です。候爵家唯一の跡継ぎです」
「本当にお前は馬鹿ね。目が曇るとはこういうことを言うのかしら」

 こんなに夫への盲目的な忠誠を持っている人だったのでしょうか、内心疑問に思って思い出しました。
 確か彼はあの子の母親、夫の愛人に思いを寄せていたのです。だからこんなにも必死になるのでしょう。

「お義母様は納得したくないでしょうけれど、お義母様の子供は夫だけではないでしょう。家を守る為、平民の血を入れない為なら、お義母様は彼が跡を継ぐことを認めるのではないかしは? 少なくとも彼はお義父様とお義母様の子である事は間違いなのだから」

 私の言葉は、リチャードには予想外だったのでしょうか。
 彼は茫然と立ち尽くしたのです。
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