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お人よしと言われるのは誉め言葉ではない

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「奥様、それは人が良すぎませんか。あの方は奥様のお体を害して、何も話さずに離縁しようとしていたのですよ。そんな人の気持ちを大切にしようとなさるなんて」

 タオは私の気持ちを思いそう言うのでしょう。
 実際これがただの自己満足だと、自分でも良く分かっています。

「お人よしかしら。つまり馬鹿ってことね」

 公爵家では人がいいと言われるのは、即ち利益を考えられない馬鹿と同じと教えられて育ちました。
 幼い頃の私は、何度もこの言葉を言われた事でしょう。

 誠実であること、他人への思いやりを持つこと、領民を大切にすること。
 それが大切だと言いながら『人がいい』のは、馬鹿だと言われる為幼い頃は混乱しました。

 上級貴族の令嬢であるのだから、周囲の人間はお前に傅くだろう。だが、それを当然と考えて誰もが言う事をきいて当たり前と考えるのはいけない、傲慢になってはいけない。
 そう私に諭しながら、自分自身は使用人達に向かって主人に従順であれと厳しくする母が理解できず、ある程度年を重ねて綺麗事だけで生きていける程貴族社会は甘くはないのだと理解出来るようになっても、私の心根は『人がいい』ままでした。

 心の中で何を考えていたとしても、それを他人に悟られてはいけない。
 心根が変わらないまま大人になって、それでも他人に悟られないよう取り繕える術を覚えた私は、夫にすら本心を見せず暮らしていました。

「どこか混乱しているの。まだ気持ちが落ち着いていないせいで、間違った判断をしているのかもしれないわ。でもね、二人一緒に埋葬してあげたい気持ちがあるのは嘘ではないのよ」
「分かりました。ではリチャードさんには知らせずに、メイナさんと方法を考えます」
「ありがとう」

 タオは私の気持ちを理解できないまま、それでも私の希望を叶えるため考えると言ってくれました。
 彼女が私の気持ちに寄り添ってくれる、それだけで夫の嘘と酷い行いを知り傷付いた心が慰められる気がします。

「タオ、私だってね理由無しのお人よしではないつもりなのよ。これは、子供が私の結婚の前に生まれていたからこその温情なのだから」

 私が嫁いでから愛人が出産していたのだとしたら、私は今こんなに冷静ではいられなかったでしょう。

 子がいたのに、私と結婚させられた。
 私と結婚せず、愛する人と子供を誰に遠慮することなく自分の家族にする方法はあったのに、そうしなかった。

 夫に意気地が無かったし考え無しな行いだと呆れてしまいますが、それでも同情の余地はあると思うのです。

「夫に怒りはあるけれど、亡くなった人をどうこうする事など出来ないわ」

 妻として夫に尽くそうという気持ちがあったとしても、まだ愛にはなっていなかったのですから、愛人の存在を彼が正直に話したのなら、子を作ることは許さなくても愛人の元に通うのは止めなかったでしょう。

 貴族同士の政略結婚なんてどの家もそんなものだとわかっていますし、相手に妻だけを見ろと強制して出来るものではないとも知っているのですから。
 
「人が良すぎます」
「ふふ。お兄様に馬鹿と笑われるでしょうねえ。でもいいのよそれで、どうせ私は家に戻されてどこか違う家に嫁がされるのでしょうし、私は同じ霊廟に入らないのだから最後に一つくらい良いことをしてもいいじゃない。それにお義母様が嫌がることをして出ていくのは気分が良いと思うの。あの貴族の血が流れていなければ人では無いというお義母様の愛した息子が、平民と一緒に埋葬されるのよ」

 クツクツと笑いながらそう言いながら、それを知ったお義母様の反応を想像します。
 知らせることはありませんが、私がそうしたのだと思うだけで鬱々とした感情が無くなる気がするのです。

「それは、大奥様にお知らせするのでしょうか?」
「するわけがないわ。お義母様に知らせずに密かに二人を弔って、行く行くはお義母様も同じ霊廟に入らせるのよ」

 侯爵家の祖先を弔う為の霊廟は、領地の屋敷の敷地内に建てられています。
 遺体は石棺に入れられ神官に闇の死霊にならない様に呪いを施していただく事で、腐敗することなく平民の様に土葬され土に還ることも無く霊廟内に安置されます。
 
「愉快だと思わなくて、お義母様にとって誇りとも言える場所に系譜に載らない平民が入るのよ」
「奥様は本当に大奥様がお嫌いなのですね」
「あの人を好きだと思う人がいるのかしら」
「それは、どうでしょうか。私は残念ながら存じ上げませんが」

 真面目な顔で答えるタオに笑いながら、私は用意を終えました。
 ゆっくりお茶を頂いてから、せめて一度くらい夫の顔を見に行かなければ。
 気が重いですが、妻として最後にじっくりと夫の顔を見てお別れをするのは努めだと思ったのです。
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