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夫の思惑は

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「奥様何かご用でしょうか。私は若様の葬儀の準備をしなければなりませんが」

 部屋に戻りリチャードを呼ぶと、彼は慇懃無礼な様子で私が話しかける前に口を開きました。
 夜中だというのに身なりを整えすぐに来たことは褒めてもいいですが、礼儀を忘れているようです。

 夫の死で動揺しての失態なのか、私に取り繕うのを止めたのか分かりませんが、ここで甘い顔は出来ません。

「旦那様が亡き後、この屋敷の主人は私です。ですが、お前にはそれを理解できる頭は無い様ですね。これが執事長とは嘆かわしいことね」

 タオが入れたお茶を飲みながらそう言えば、リチャードは何かに気がついた様に目を見張りました。

「し、失礼致しました。葬儀のことで頭が一杯になっておりましたもので」
「お義父様達への連絡は」
「魔道ギルドから手紙を送り、すぐにこちらにいらっしゃるとお返事がございました」
「そう。事故の相手は」
「まだ意識が戻らず治療院におります。ルイス伯爵家の次男で、事故を見ていた者からの証言で原因は馬の暴走の様だと」

 第二門の周辺は馬車や人の往来も多く、馬を走らせる行為は禁止されています。
 ゆっくりと歩かせるべき場所で暴走させた等、どんな理由があれど言い訳は出来ないでしょう。
 しかもこちらは亡くなっているのですから本来であればすぐにでも伯爵自身がここに謝罪に来るべきですが、私が気を失っている間に来ているのでしょうか。今その話が出ないというのは、来ていないのでしょうね。

「そう、ルイス伯爵家への話はお義父様がいらしてからでは遅いですから、私の父にお願いします。同乗していた女性の件を含めて話しますからそのつもりで」

 私の言葉にリチャードは震え始めました。

「奥様それは」
「私は何も聞いていなかったし、知らなかったわ。それに署名した記憶がないものも先程馬車で見つけたの。あれはどういうこと?」
「署名」
「あなたが知らない筈ないわよね、あの筆跡はあなたのものだもの」

 ガクガクと震え、額には汗まで浮かんでいます。常に冷静だったリチャードがここまで動揺するとは思いませんでした。

「私が知らない書類が三通、それに薬瓶」
「奥様っ!」
「すべて兄のところへ送ったわ」
「そ、そんな」

 私の言葉に、リチャードは力を急に力を失ったかの様に座り込んでしまいました。

「あの薬瓶の中身はなに?」
「それは」
「私はあの匂いに覚えがあるの、寝室であの匂いを嗅いだことが何度もあるわ。でも私が知っているのは油よ、どうして同じ匂いがあの薬瓶からしているの」

 記憶にある瓶の中身はとろりとした油でしたが、薬瓶の中身は水の様に粘度のないものでした。
 私が寝室で、閨事の度に夫に使われていたものとは全く違います。

「それは」
「中身が毒性のあるものだとは調べがついていてよ。自分から話すのと、公爵家の私兵に尋問されてから白状するのとどちらがいいのかしら、私は優しいからあなたに選ばせてあげるわ」

 私の勘違いだと、まだそう思いたい気持ちもありますがリチャードの様子からその可能性はなさそうだと悟りました。

「それは旦那様が奥様に使われる香油に混ぜていた避妊薬でございます」

 避妊薬、その言葉にピクリと眉が動きました。
 想像していたとはいえ、現実だと知るのはなんて辛いことなのでしょう。

「毒よ」

 毒を使い避妊薬にするなど、政略でも妻だというのにそれを躊躇わず使ったというのでしょうか。
 怒りに体は震え、頭痛までしてきてしまいました。

「はい。この毒の特徴は吸収が早く体内に巡ります。香油に混ぜることで毒性は弱くなりますので、命を奪う事はありませんが閨事をしても子が出来ず、繰り返し使うことでそれを使わずとも子が出来ぬ体になっていくものです。高級娼館等で使われる避妊薬です」
「吸収が早いとはいえ、そんなことをすればあの人にも害が出るのでは?」
「若様は、その……」
「公爵家の私兵が行う尋問は厳しいわよ」
「……若様は解毒剤を飲まれていました。その娼館では客の酒に混ぜて飲ませていると聞きそれを参考に」

 リチャードの言葉に怒り以上の感情が溢れて来ました。
 子供がいることを隠して私と結婚したばかりでなく、子が出来ない屈辱を私に与えただけでなく、子が出来ぬ体にしようとしていたなんて。

「旦那様はどれだけ愚かなのかしらね」
「奥様っ」
「私達の結婚は政略で、しかも格下の侯爵家であるお義父様から望んだ縁だというのに、それを頭の中に花が詰まった息子が駄目にするなんて何を考えているのかしらね」

 私の嘆きに、リチャードはポカンとした間抜けな顔で私を見上げました。

「何なの」
「奥様が若様に懸想されて無理矢理婚約したのでは無かったのですか」
「何を言っているのかわからないわ。あの人に初めて会ったのは、婚約が締結した日よ。それでどうやって懸想しろと言うの」

 呆れて言い放つ私の顔を、リチャードは呆けたように見つめるだけだったのです。
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