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泣いていても動く

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「気落ちして、自分を可哀想がって泣いていても良いことなんて一つもありませんわね」

 暫く頭を抱え、ぽとぽとと溢れ落ちる涙を流れ落ちるままにしていた私は、ぐいっと寝間着の袖口で涙を拭うと体を起こし、ベッド脇にあるテーブルの上に置いてあった銀色の鐘を鳴らしました。

「奥様、お目覚めになられましたか、ご気分は如何でしょうか」

 すぐに扉の外から声を掛けてきた声に、私はずっと廊下で待機していたのかと思いながら「入っていいわ」と声を掛けると、足音も無く姿を見せました。

「何か飲み物を、それと私が気を失ってしまった後のことを教えて」
「畏まりました。スープと香草茶をお持ち致します。少々お待ち頂けますか」
「スープは後でいいわ、メイナはどうしたの?」

 部屋に入ってきたのは、侍女のメイナではなくメイドのタオでした。
 今が夜中なのかどうか分かりませんが、気を失った私をメイナが一人にしておくのは不自然な様に感じました。

「メイナさんは、旦那様の荷物の番をしています。奥様がお目覚めになるまで誰にも触らせない様にと」
「何かあったの?」
「先程の警備隊とのやり取りで、リチャードさんを信頼してはいけないのではないかと私とメイナさんで判断致しました。勝手をして申し訳ございません」

 それで状況を察しました。
 この屋敷は今主人がいないのと同じです。
 今までは私も執事のリチャードを信用していましたが、彼は私に隠し事をしていたのですから、私に不利になるように動く可能性を二人は考えたのでしょう。
 例えば離縁状、私の名を書いてあるものが夫の荷物の中にある可能性もあります。
 私が離縁を認めないといくら王都で騒いだとしても、私が署名した離縁状があれば領地で夫だけで手続き出来てしまうのですから、その可能性を見落としていた私はそれだけ動揺していたのでしょう。

「彼の遺体と荷物が届いたのね」
「はい、先程。私達には荷物を載せた馬車とは宿で落ち合うと話していましたが、実際は旦那様と一緒に行動していた様です」
「そう。おそらく女性使用人達の荷物を取りに行っていたのね」

 どこまで馬鹿にしているのでしょう。私に嘘ばかり言って彼は出ていったのです。

「メイナは防御の壁が作れたわね、それを使っているのかしら?」
「旦那様がいらっしゃらないのですから、荷物を開ける許可を出せるのは奥様しかいないと、それを蔑ろにするなら公爵を呼ぶと言ったらリチャードさんは渋々引き下がりました。公爵のお名前を出して申し訳ございません。どの様な罰も当然と理解しております」

 メイナとタオは、私が嫁いで来るときに連れてきた娘達です。
 勿論私にニ心なく仕えてくれていますし、護衛としても優秀でメイナは魔法が、タオは剣術と諜報が得意です。

「荷物が着いてすぐにリチャードが動いたのね? 旦那様の遺体よりも荷物を?」
「はい」
「では、何かあるのね。それで、子供と女性使用人は?」

 敢えて私は母親とは聞きませんでした。
 当然の事です、私は何も聞いていないのですから。
 夫と同じ馬車に乗っていたとはいえ、侯爵家の血筋があるものだとする必要はない筈です。

「それが」
「まさか、一緒に?」
「部屋は分けさせました。子供はまだ神殿の治癒院にいるそうです」
「着替えを、簡単でいいわ。その後でスープを持ってきて頂戴」
「すぐにご用意致します」

 タオは一礼すると部屋を出ていきました。

「何を隠しているの。離縁状? それとも何か別の、私との離縁の理由に出来る何か?」

 子を産めず五年経つ私を、お義父様達はそのままにしていました。普通の貴族なら愛人を作られても文句は言えませんし、離縁されても泣き寝入りし受け入れなければいけない話でしょう。
 ですが私達の場合は、子がいなくとも私が妻でいる事こそが大事でした。
 それに私の父、王弟の怒りを買いたくはなかったのでしょう。

「女の葬儀を一緒になどしないわ。同じ霊廟になど絶対にしない」

 せめて話をしてくれて、誠実さを見せてくれていたのなら私も優しく出来たでしょう。
 ですが、私に一言もなく子を連れて帰るなど、そんな侮辱受け入れられる筈がありません。

「野晒しにはしないわ。そこまで私も落ちぶれてはいないもの。でも、結婚していないのだから親に返すのが正しい弔い方よね」

 夫の荷物の中に何があるかで、私の気持ちは変わるかもしれません。
 私の尊厳を損なわないのであれば、せめて花の一つも彼女に手向けてもいいでしょう。

 ですが、そんな考えは甘かったのだと私はすぐに悟ることになりました。
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