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夜中に目が覚めて

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「ここは?」

 目を開けると見慣れた天蓋が薄暗い視界に入ってきて、私はベッドに横たわっているのだと気が付きました。
 ベッド近くの飾り棚の上に置いてある燭台の形の魔道具から、薄ぼんやりした灯りが部屋の中を小さく照らしていますが、大分遅い時間なのか部屋の中はそれでも暗く不安な気持ちが募ってきます。

「あれは夢? いいえ、違うわ」

 警備隊の言っていた女性使用人と子供の存在、亡くなった夫と共に同じ馬車に乗っていたという事実だけで判断するのは軽率ですが私の予想は外れてはいないでしょう。
 女性使用人が誰か分からないと暗に執事に告げて、あの時考えることを放棄しましたが心の底では女性が誰なのか予想がついていました。

「あの人、別れていなかったのね」

 結婚前夫には、学生の頃から付き合っていた平民の女性がいました。
 平民でも成績が優秀で魔法の才能がある場合、貴族の子息子女が通う王立学園に奨学金を受け通うことが出来る制度があります。彼女はその奨学生だったそうです。
 二人は愛し合っていましたが、平民が侯爵家の嫡男の妻になるなど認められるわけがなく、夫の両親の命令で別れされられていた筈でした。
 それは私が彼と婚約する際、彼の両親から父に説明されていた話です。

「彼が愛人を作らないのが結婚の条件だった筈なのに、馬鹿にされたものだわ」

 思ったよりも部屋に響いた声に自分自身が声の主にも関わらず驚きながら、ベッドに体を横たえたまま頭を抱えました。
 私は嫁いで五年経つものの子供は無く、恋愛結婚ではなく政略による縁です。
 夫婦としての情はあっても、お互い愛してはいませんでした。

 愛人の存在は知りませんでしたし、それなりに夫婦生活はありました。
 子が出来ない事が気掛かりで、鬱々とした日々を過ごしてはいましたが、それでも侯爵家に嫁いできた以上妻として嫁としての役割を果たそうと必死に努力してきたつもりですし、私が嫁いできたことで私の実家との繋がりも出来侯爵家は私が嫁ぐ前以上に領地経営も商売も上手くいっていた筈です。

「割り切った関係だけど夫婦だから、そう思っていたのは私だけだったのね。彼にとって私はいつでも切り捨てられる存在でしか無かったんだわ」

 そうでなければ、お義父様の跡を継ぐため領地に戻るというのに妻を連れて行かない理由が分かりません。
 子供と愛人を連れていき、お義父様達に納得させた後に私と離縁するつもりだったのでしょうか。
 この国は一夫一婦制です。愛人の子は自分の子には認められず跡継ぎに出来ません。
 それは前妻を追い出しても同じです。

 不義の子は悪として扱われるのがこの国の当たり前ですから、仮に夫が愛人との間に出来た子に家を継がせたいと思っても認められません。
 唯一の方法は養子とすることです。
 夫婦の間に子が無い場合、親族から養子を取ることは許されていますから、愛人の子を無理矢理にそうすることは出来ます。
 自分の子なのに養子というのはおかしな話ですが、それがこの国の法律なのですから仕方がありません。

「愛人とその子供がお義父様達に認められれば、私は離縁されたのでしょうね。でもお義父様達は認める筈がないでしょうから、私達の養子として子を引き取り彼女は愛人のままとするつもりだったのかしら」

 この結婚は、私の実家である公爵家との繋がりが欲しいお義父様からもたらされた縁談でした。
 父は王弟ですし、兄である陛下との仲も良好ですからその権力は公爵家の中でも上位です。
 お義父様が、折角繋いだその縁を自ら切りたがるわけがありません。
 だからこそ、私達両方が心の底で離縁を望んでいたとしても出来なかったのです。

「私に子が出来なかったのが悪いとはいえ、この仕打ちはあまりにも酷いわ」

 心が無かったのはお互い様で、それでも私は少しずつ夫に心を向けていたというのにあの人の心は愛人とその子供に向かっていたのです。
 宮仕えをしている夫はそれなりに忙しく、屋敷に戻らないことも多かったですがそれは仕事ではなく……よしましょう、考えるだけで気分が悪くなってきてしまいます。

「でも夫がいなくなったのなら、家に帰ることが出来るのかしら」

 成人してすぐ、十七歳になろうという年でこの家に嫁いで人妻になった私は、学園を退学させられました。
 私が結婚した当時は独身だった兄も、今は結婚して二人の子供の父親です。
 私はもうすぐ二十ニ歳になりますが、出戻ったとしてもすぐにどこかの家に嫁がされるのでしょう。
 兄とはそれなりに仲良くやっていましたし、義姉とも親しくしていますがそれとこれは別です。
 この国の女は、家の為の道具でしかないのです。

「葬儀までに身の振り方を考えないといけないわね」

 夫を亡くしたばかりだというのに、気になるのは自分のことだけです。心が向いていたとしても、やはり愛はなかったのかもしれません。
 分かりません、心が夫に向いていたと思いたくないだけなのかもしれません。

「どうしたらいいのかしらね」

 薄暗い部屋で私は、一人頭を抱えるしかありませんでした。
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