曖昧な関係

木嶋うめ香

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拓サイド

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「な、なんで泣きそうなんだよ」

 焦って立ち上がったせいで、椅子が音を立ててひっくり返った。
 下の階の人申し訳ない! でも今非常事態だから許してくれっと心の中で謝りながら、自分の部屋に逃げ込もうとしている蛍の腕を掴む。

「な、泣いてないっ。なんでもないからっ」
「じゃあ、なんで逃げようとしてんだよ」

 焦って大声になりそうなのを堪えて、蛍の腕を引いて逃げられない様にがっしりと抱き込んで、あまりの細さに驚いて手を離しそうになった。
 見た目で細いのは分かってたけどそれにしたって細ぎだ、なんでこんな細いんだよ食わな過ぎだろ。
 
「逃げてないっ。離して、なんでこんな、離してよ」
「蛍が逃げるから、泣きそうな顔で逃げるからだろ。頼むから俺から逃げないでくれ」

 蛍がおかしい。
 だけど、俺もおかしい。
 なんで俺焦ってるんだ? 蛍が俺のことを好きかもしれないって思った時、大学卒業して蛍も東京で就職するなら絶対に一緒に住もうって決めた。
 俺が蛍の事を好きになったのは、高校の頃だった。
 完全に片思いだと思ってたけど、神様が味方してくれたのか別の大学に進んだ俺達の縁は切れなくて、蛍も俺を好きになってくれたと感じた時は、馬鹿みたいに浮かれた。
 でも蛍は俺に告白はしてくれなかった。
 大学卒業間近な頃、蛍に告白して一緒に住もうって言おうとして考えた。
 蛍はまだ覚悟が出来てないのかもしれないって、そう思ったんだ。
 同性を好きになるって認めるのは、簡単じゃない。
 俺だって最初は戸惑ったし、蛍が好きだってことは一生秘密にしなきゃいけないんだって諦めてた。
 好きだと言って、引かれるのが怖かったから、もしかしたら蛍も同じ気持ちなのかもしれないってそう思った。だから蛍の決心が決まるまで、俺は好きだって言わずにいようと決めたんだ。
 一緒に暮らし始めて、あまりにも無防備な蛍に手を出しそうになるのを堪え、呑気にソファーで寝る姿に断腸の思いで毛布を掛け続けた。
 好きだと言葉にせず手も絶対に出さない、だけど蛍の事を最優先に大切にして、いつか蛍に気持ちを伝えたいって思ってた。

「蛍、頼むから。俺が何かしたなら謝るから、教えて」

 蛍が泣くのも、逃げられそうなのも、困る。どうしていいか分からなくなるから。
 蛍にいつか気持ちを伝えよう、好きなんだってちゃんと言って絶対大切にするって決めてたのに、なんで俺蛍を追い詰める様なことしたんだろう。

「蛍、泣かないで。頼むから教えて」

 蛍を抱きしめているのに、離れていきそうなのが怖い。
 怖い? そうか、俺、苛ついてたんじゃなく焦ってたんだ、蛍が離れていくような気がして。
 俺の前で甘いもの食べ無い蛍が、手に甘い匂い付けていて帰って来た。
 俺がそれに気が付いた時、蛍は困った様な顔をしいたんだ。あの時、蛍が会社の誰かとお茶して来たんだって言ったら、そうかって思っただけだろう。
 だけど、なんか隠してる、言い訳してるって思った瞬間問い詰めたくなった。
 本当は誰かと一緒だったのを、俺に隠してるんじゃないのかって。
 俺に隠し事して、言い訳してるって感じて、蛍が離れていくんじゃないかって焦ったんだ。

「拓、嫌になるよ。俺の気持ち言ったら」
「俺が鬱陶しいとか?」
「そんなこと思う筈ない」

 割と蛍にべったりしてる自覚があったから、恐る恐る聞けば即否定されてホッとする。

「じゃあ、なに?」

 まだ逃げようとしているから、苦しくない程度に体重をかけながら抱きしめる腕の力を強くする。

「……だから」
「え?」
「俺、拓が好きなのっ。こんなこと言ったら困るだろっ。一生言うつもり無かったの、拓に彼女が出来たら、俺笑っておめでとうって言って、同居解消するつもり、つもりだったのにぃ」

 やけくそになったらしい蛍は、嬉しい言葉ととんでもない言葉を一緒に吐いた。
 それを聞いて、俺は大きく息を吐く。
 誰に彼女が出来るって? 同居解消なんて絶対にしない。そもそも同居じゃなくて同棲だから。

「ほ、ほら、拓困ってる」
「困るに決まってるだろ。俺に彼女? 何の冗談だよ。俺は蛍と同棲解消なんてするつもりないから」

 折角好きだと言われたのに、なんだか嬉しくない。
 やっぱり言葉にしないと気持ちは伝わらないんだって、俺は猛省しながらぎゅうっと抱きしめる。

「え、ど、ど、どうせ……えええっ?」
「高校の頃から蛍が好きだったって言ったら、蛍は困るのか?」
「え、え、嘘。だって甘い匂い苦手って」

 俺の問いに、蛍は変な返しをして来た。
 なんだ、甘い匂いが苦手? 蛍はケーキなのか、それともクレープか?

「ごめん、混乱してる。あの、じゃあ、あの」

 蛍が何を言いたいのか分からずに戸惑う俺が手の力を緩めた途端、蛍はぐるりと反転し俺の顔を見上げた。
 でっかい目が涙で潤んでいて、それを見た俺の心臓はバクバクしすぎて破裂しそうだ。

「俺、拓を好きなままでいていいのか?」
「好きじゃなくなったと言われたら、俺が泣く」

 改めてぎゅっと抱きしめると、蛍は「俺も拓に好きって言われたい」なんて可愛い事を言い出した。

「蛍、好きだ。ずっとずっと好きだったしこれからもずっと好きだ」
「俺も、俺もずっとずっと好きだった。好きってずっと言いたかったっ」

 蛍の細い腕が俺の背中に回った瞬間、俺は今まで生きて来て一番の幸せだと感じたんだ。
 
 おわり

※※※※※※
両片思いのお話でした。
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