上 下
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17.夜の下、黒。日の下、金。

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 空は鮮やかな青だった。
 その所々を綿雲が泳いでおり、その対比コントラストは春というより夏の空を思わせる。実際、今日はここ最近で一番気温が高い。
 半袖になるほどではないが、中衣ブラウスの上に薄手の上着でも羽織れば汗ばむくらい。

 今日は世間一般でも休日。皆の憩いの場である公園には人が集まっていた。
 時計塔公園。名前の通り、敷地の中央に大きな時計塔がある王都で最も大きい公園。その時計塔の真下。
 何故私がここにいるのかというと、ここがアウグスト様との待ち合わせ場所だからだ。
 あの後、アウグスト様とやり取りをしていることが露見しないように言い含めておいた伝令から返事を受け取り、今日この日に共に街へ出掛けることになった。
 時計の長針は十、短針はその少し下を指しており、待ち合わせの十分前ぴったりだと示している。
 予定は十分前倒しして行動しするようにしているため、今日もその通りにした。まだアウグスト様の姿はない。
 長針が真上を指すのと同時にアウグスト様は現れた。

「リスリアーノー! おはよう!」

 手を振りながらこちらへ向かってくるアウグスト様は、夜会の日よりも簡素な格好をしている。
 あの日は夜闇の中にあっても存在感を放つ光沢のある黒い正装だったけど、今日は白い襟付きの中衣シャツに深い青の上着を羽織っている。すっきりとした意匠だが、正装程ではないにしても平民では手が届かない上等なものだろう。

 笑顔で掛けてきたアウグスト様と向き合うと、私は会釈をして挨拶をした。

「おはようございます。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いいたしします」

「ううん。こっちこそ同行に承諾してくれてありがとうね。晴れてよかった! 探し物日和だよ!」

「晴れている方がよろしいのですか?」

 雨が降っていれば傘で手が塞がれるしやりにくいだろうが、別に曇りでも問題ない気がする。

「勿論。リスリアーノが探すのはやりたいことだからね。今日はそのために街のお店や人をいっぱい見ることが目的でしょ? 休日にこんな気持ちのいい空が窓の外に広がってたら人々もつい出掛けたくなるだろう。出掛ける人が多ければ多いほど、参考対象が増えるだろう?」

 そういえば、アイシャが天気の違いごとに商店の客足の比率を算出していたことがあったな。その時も晴れの日が一番集客率が高かったと言っていた。
 確かに今日の私の探し物は「私のやりたいこと」だ。休日であれば思い思いにやりたいことをして過ごしている人が街にも溢れていることだろう。

「それもそうですね。では、手始めに公園にいる人々から観察してみましょうか」

 納得して頷くと、早速目的のための行動を始める。
 はっきり言ってしまえば確実性のないことは無駄だと考えている私にとってはこの時間が無駄なのでは? と思う気持ちも片隅にあるが、やると言ったのは私なのだから、やり遂げなければ。
 そうなると、無駄なく無駄な時間を過ごさなければならないのか。こんな矛盾を抱えることも初めての経験だ。

「そうだね。あっ、そういえば来る途中で人がたくさんいる所があったからそこに──あれ?」

「どうかされましたか?」

 来た方向を指差しながら話すアウグスト様は、ふと何かに気づいたようにきょとりとした。どうしたのかと訊ねると、アウグスト様が私の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。至近距離にアウグスト様の青い瞳としっかりと目が合う。その視線が何を捉えているのかというと、どうやら私の瞳を見ているようだった。

「てっきり黒目かと思ってたけど、リスリアーノの瞳の色って金色だったんだね」

 瞳の色? 突然そう言われて少し面食らったものの、そういえばアウグスト様と会った時は外で夜だったと思い出す。あの後は別々に夜会場へ戻って直接顔を合わせることがなかったから、アウグスト様が勘違いするのも無理はない。

「いえ、違いますよ」

「え? 違うって何が?」

「私の目の色です」

「金色に見えるけど?」

 確かに、この天気で外ならその色に見えるだろう。わざわざ説明することでもないが、ここまで言ってしまえば隠し立てする理由もないので、私は説明した。

「外でならそう見えるでしょうけれど、本当は私、目の色は焦げ茶なんです。ただ、光の影響を受けやすいようで、暗い場所だと黒に、明るい場所だとアウグスト様が仰ったように金色に見えるようです」

「へぇ! 珍しいね!」

「祖父譲りの色だそうで、父も叔父も弟も同じ目なんですよ」

 大胆不敵な性格で知られた祖父の我の強さは遺伝子にも現れたようで、彼の血を引くフィルメンティ家の人間は皆、この明暗に影響される瞳をしている。父にも、母にも似ず、父方の祖母の容姿を受け継いだらしい私が唯一持つ父との外見的相似点だ。

「そうなんだ。そういえば、黄昏に緑から赤に色が変わる宝石があるけれど、リスリアーノの瞳もその宝石に負けないくらい綺麗だね」

「お世辞にしてもそれは大袈裟ですよ」

「本心だよ! けど、本来の色も見てみたいな」

「人工灯のある室内でなら普通に見られますけど」

「じゃあ、店に入った時にでも見せてね。楽しみにしてる」

「はい」

 人の瞳の色でよくここまではしゃげるものだと関心してしまう。けれど、こういう何事も楽しむ精神が大事なのかもしれない。理屈は理解しても出来るかは別だけど。

「それで、アウグスト様の来た方向は──」

「そうだった! こっちだよ、こっちー」

 逸れてしまった話を戻し、アウグスト様に先導されながら歩き出す。

 なんとなく、指先が自然と目の下を撫でた。
 そういえば瞳の色をこんなに褒められたのも初めてだ。大抵は祖父や父と同じ色なのだと言われ、時折過去に祖父に辛酸を舐めさせられた人から皮肉混じりの言葉を貰うくらいだった。
 普段は人からの言葉などそれが褒め言葉でも貶し言葉でも気にしないが、アウグスト様の言葉には裏表がないからだろうか。
 ──悪い気はしなかった。
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