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11.あの二つの影は

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「ふふふ。友達が出来て今日の目的も達成出来たし、新しいやりたいことも見つかったし。いい日だ」

 晴れ晴れとした表情のアウグスト様。
 予期せず課題と友人を手に入れた私は、これからどうしようかと明日のことに思いを馳せると、急に体がぶるっと震えた。

「は──くちゅっ」

 鼻がむずむずするのと同時に鼻と口を両手で隠して、くしゃみをひとつ。

「大丈夫? 冷えた?」

「少し」

 夜風に当たるために外に出たとはいえ、流石に時間が長過ぎた。
 今日のドレスはハイネックに長手袋を合わせたもので肌はあまり出ていないが、肩は剥き出しになっているため割りと冷える。自身を抱き締めるように肩に触れると、手袋越しでわかりにくいが鳥肌が立ってる気がした。

「春とはいえ夜はまだ冷えるものね。そろそろ中に戻ろっか」

「では、アウグスト様がお先にどうぞ」

「え?」

「?」

 アウグスト様が不思議そうに首を傾げるが、その反応が不思議で鏡のように私も首を傾げた。

「一緒に戻ればよくない?」

「それはちょっと……」

「何か不都合があるのかな?」

 アウグスト様が会場に戻れば、招待客たちの視線は間違いなくアウグスト様に集中するだろう。そんな時に隣に女性の姿があったら──。
 噂好きな貴族たちの好奇の目を想像し、夜気とは別の理由で背筋が冷えた。
 とまぁ、それも理由のひとつではあるが、貴方と一緒だと好奇の目に曝されるから嫌ですと言ってしまってはアウグスト様の気分を害してしまうかもしれない。新しい友人に対してそれはしたくない。
 なので私は無難な答えを選んだ。

「この夜会には婚約者も参加しておりますので、他の男性と一緒に戻るのは体面が──」

 肝心の婚約者の方は体面など全く気にしていないようだが、私は気にする。

「え? 婚約者ってさっき言ってた──彼も来てるの?」

「ええ、まぁ。お飾りとはいえ、正式な婚約者は私ですから。一緒にご招待いただきました」

 フィルメンティ家はデリッセン公爵家との交流はほとんどない。今回の招待は婚約者の家の縁あってのものだ。客人を招待する時はその婚約者も招待するのはおかしなことではない。とはいえ、婚約者に恋人がいる以上、少し嫌みに感じてしまう。
 儀礼的に私を招待するしかないのはわかるが、同じ場に婚約者の恋人も招待するのはどうなのだろうか。いや、デリッセン公爵家が直接招待したのかは知らないが。

「それもそっか。そういうことなら、リスリアーノが先に入ってよ。俺はもう少し時間を潰してから戻るから」

「ですが、それだとアウグスト様のお体に障るかもしれませんし」

 男性の礼装は女性のものに比べたら防寒出来るだろうが、それでも月が見え隠れするくらいの風がある。戻るに早いに越したことはないだろう。

「女性にとって冷えは大敵でしょう。それに俺なら大丈夫。デリッセン公爵家には小さい頃に何度も出入りしているから庭の構造も把握してるし、風の当たらないところで時間を潰しているよ」

 ここまでの道程を知っていたのはそのためかと納得しつつ、ここは食い下がるよりも善意を受け取った方がいいだろうと判断し、私はアウグスト様に頭を下げた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「うん。あ、そうそう。この夜会の後は時間取れる? 今後のことについて話し合いたいんだけど」

「私のやりたいことを見つける件ですか?」

「うん」

「申し訳ありません。父と一緒に来ているので、終了次第帰らないといけないんです」

 今回の夜会には父と一緒に馬車で来た。
 ちなみに父は父で別口で招待を受けたらしい。
 婚約者のいない令嬢はパーティーに参加する際、父や兄など男性の親族がエスコートする場合もある。
 私は婚約者はいるが、エスコートは期待出来ないし、父も父でこういった場にを連れてきたくないようで、必然的に父娘おやこで参加することはしばしばある。

「そうなんだ。じゃあ、また日を改めたいから──こっちから手紙を出すよ」

「いえ、ご連絡はこちらから差し上げます」

 いきなりアウグスト様から手紙が来たら使用人が驚いてしまうし、そこから婚約者の家に話が伝わりかねない。疚しいことはひとつもないが、厄介事の芽は摘んでおくに限る。

「わかった。色々と候補を上げて楽しみに待ってるよ」

「はい」

「じゃあ、そろそろリスリアーノは会場に。風邪ひかないようにね」

「お心遣い感謝します。アウグスト様もお気をつけて」

「ありがとう。あ、そういえば──」

 ふと、アウグスト様が何かを思い出したように顎に手を当てる。

「どうかされましたか?」

「ああ、いや。風避けの場所に行く時にさっきの二人と出くわさないようにしなきゃなって」

「さっきの? ──ああ、あの二人ですか」

 アウグスト様と会った時に見た重なった影を思い出す。

「うん。その──まだあそこでああしてるのかなって思って。あの道は避けるつもりだけど、移動してないといいなぁ」

 あの光景を思い出したのか、アウグスト様はほんのり赤い顔で両手の指先を合わせてもにもにしている。

「大丈夫なんじゃないですか? 経験則ですけど、あの二人は一度ああなり始めたら動きませんし」

「? リスリアーノ、あの二人と知り合いだったの?」

「知り合いと言いますか──」

 ああ、そういえばこのことは言ってなかったと思い出しながら、別に言う必要もないが、今後アウグスト様とのお付き合いが続くならどこかで気づくだろうしと、私はあの二人の正体を教えた。

「さっきの二人が例の私の婚約者とその恋人なので」

 そう伝えると、アウグスト様は今日一番の驚きを見せた。

「ええええええええ!!!?」
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