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9.アウグストのお願い
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「それでは目的と手段が逆になってませんか?」
やりたいことを見つけることをやりたいことに──だなんて、逃げ出した鼠取りの猫を誘き寄せるために鼠を捕まえるようなものだ。手段が目的になってしまっている。
「そういうことは往々にしてあるよ。けど、料理を作るにはまず食材の調達からだし、絵を描くには画材を揃えるところから始めないとでしょう? まずは手段を得るところから始めることもあるよ」
「それはそうかもしれませんが──このお題目の場合、ややこしいと言いますか……」
やりたいことがないのに、やりたいことを見つけることをやりたいことにしたら、その時点で問題は解消されてしまう。しかし根本的な解決には到らない。この大きな矛盾にくらくらした。
「何かを始める時は少し大胆にならないと! 些細はことは気にしないで」
「話の根幹に関わることでは?」
「いいからいいから。それでリスリアーノの退屈が解消されるならそれはいいことだよ」
退屈がだめだという考えは理解しきれないが、まぁ確かに退屈じゃなくなることも悪いことではない。
「でも、結局何をやればいいかわからないという問題に立ち返ってしまうのですが」
「それは考えたんだけど、俺が協力しようと思うんだ」
「え?」
自分の胸に手を当てて、アウグスト様がにこりと笑って言う。
「自分で言うのもなんだけど、俺はいつもやりたいことがあるし、結構人生経験は豊富な方だからリスリアーノに色んな提案が出来ると思うんだよね」
……まぁ、海外の滞在経験もあるアウグスト様の方が知識も経験も豊富だろう。けれど。
「流石にそこまでお手を煩わせるわけには──」
名門中の名門、グラシエル公爵家の令息の時間を奪うなど許されることではない。
折角のご厚意だが、これに頷くわけにはいかないと謹んで遠慮させてもらおうとすると、アウグスト様が食い下がる。
「全然煩わないよ。だって、リスリアーノのためじゃないから」
「どういうことです?」
「リスリアーノにやりたいことが見つかったらいいなとは思ってるよ? けれど、それ以上に俺はリスリアーノが見つけるやりたいことに興味がある。謂わばこれは、俺が新しく見つけた「やりたいこと」だよ」
私のやりたいことを見つけるのを手伝うことがアウグスト様のやりたいこと? また酔狂な……。
そう思うが、どうやらアウグスト様は本気らしい。
あくまでアウグスト様自身が望んでいるのなら、拒んだら非礼になるわよね?
「アウグスト様がお望みでしたら、どうぞお好きになさってください」
「うん!」
深く頷くアウグスト様は上機嫌だ。
とはいえ、やはりアウグスト様の時間を頂戴するというのは気が引ける。
協力をしてもらう以上は、それに見合う報酬を用意しなければいけない。けど、私が贈れるものなんて公爵令息のアウグスト様なら簡単に手に入れられるだろうし。そもそも好みがわからない。
本人が目の前にいるのだから、考えるよりも訊く方が早いな。
「アウグスト様。ご協力のお礼は何を用意すればよいでしょうか?」
「お礼? そんなのいらないよ」
「ですが」
「強いて言うなら、リスリアーノがやりたいことを見つけることかな。そうなれば俺も俺のやりたいことを達成出来るから」
「なるほど。ならば尚のこと失敗は許されませんね」
私がやりたいことを見つけられなかったら、アウグスト様に無益な時間を過ごさせたことになってしまうのか。アウグスト様の一時間を金額に換算したらいくらになるだろうか。
真剣に一般的な労働賃金や貴族の収入などから時給を計算しようと頭を働かせていると、アウグスト様が慌てた様子で付け足す。
「別に心理的重圧を与えたいわけじゃないからね!?」
「ご心配なく。これでも精神力はある方だと自負しておりますゆえ、ご要望に添えるよう鋭意努めさせていただきます」
「仕事じゃないんだから、そんな堅苦しくする必要ないよ。リスリアーノの思うようにしてくれたらいいっていうか、そうじゃないと意味ないし」
そうかもしれないが、これまで経験上、理由がある方が私にはやりやすいし向いている。アウグスト様のご要望に答えるためにやりたいことを見つける。公爵令息と親交が何かの折にフィルメンティ家の利となるかもしれないし。
だが、それはアウグスト様の本意ではない様子だから口にするのはやめておこう。
──それにしても、アウグスト様はああ言ったが、やはりお礼をしないというのは私の中で収まりが悪い。
「努力はします。それでやはり何かお礼はしたいと思います。でないと、どうにも落ち着かなくて。何かお望みのものはありませんか? 私に差し出せるものであれば何でもいいので」
多少の無理難題であっても、程度にはよるが何とか出来るとは思う。
「本当にいいのに……けど、そこまで言うなら考えてみるよ。うーん………………」
腕を組んで思案顔のアウグスト様は暫くそのままだったが、突然「あっ!」と声を上げた。
「何かありましたか?」
「うん。お礼というか、お願いがひとつあるんだけど。今言ってもいいかな?」
「勿論です」
むしろ先払い出来るのであればこちらとしても都合がいい。
一体どんな要求なのかとアウグスト様の次の言葉に聴覚を集中させる。
すると、告げられた「お願い」は予想もしないものだった。
「じゃあ言うね。あのね、俺と友達になってほしい」
やりたいことを見つけることをやりたいことに──だなんて、逃げ出した鼠取りの猫を誘き寄せるために鼠を捕まえるようなものだ。手段が目的になってしまっている。
「そういうことは往々にしてあるよ。けど、料理を作るにはまず食材の調達からだし、絵を描くには画材を揃えるところから始めないとでしょう? まずは手段を得るところから始めることもあるよ」
「それはそうかもしれませんが──このお題目の場合、ややこしいと言いますか……」
やりたいことがないのに、やりたいことを見つけることをやりたいことにしたら、その時点で問題は解消されてしまう。しかし根本的な解決には到らない。この大きな矛盾にくらくらした。
「何かを始める時は少し大胆にならないと! 些細はことは気にしないで」
「話の根幹に関わることでは?」
「いいからいいから。それでリスリアーノの退屈が解消されるならそれはいいことだよ」
退屈がだめだという考えは理解しきれないが、まぁ確かに退屈じゃなくなることも悪いことではない。
「でも、結局何をやればいいかわからないという問題に立ち返ってしまうのですが」
「それは考えたんだけど、俺が協力しようと思うんだ」
「え?」
自分の胸に手を当てて、アウグスト様がにこりと笑って言う。
「自分で言うのもなんだけど、俺はいつもやりたいことがあるし、結構人生経験は豊富な方だからリスリアーノに色んな提案が出来ると思うんだよね」
……まぁ、海外の滞在経験もあるアウグスト様の方が知識も経験も豊富だろう。けれど。
「流石にそこまでお手を煩わせるわけには──」
名門中の名門、グラシエル公爵家の令息の時間を奪うなど許されることではない。
折角のご厚意だが、これに頷くわけにはいかないと謹んで遠慮させてもらおうとすると、アウグスト様が食い下がる。
「全然煩わないよ。だって、リスリアーノのためじゃないから」
「どういうことです?」
「リスリアーノにやりたいことが見つかったらいいなとは思ってるよ? けれど、それ以上に俺はリスリアーノが見つけるやりたいことに興味がある。謂わばこれは、俺が新しく見つけた「やりたいこと」だよ」
私のやりたいことを見つけるのを手伝うことがアウグスト様のやりたいこと? また酔狂な……。
そう思うが、どうやらアウグスト様は本気らしい。
あくまでアウグスト様自身が望んでいるのなら、拒んだら非礼になるわよね?
「アウグスト様がお望みでしたら、どうぞお好きになさってください」
「うん!」
深く頷くアウグスト様は上機嫌だ。
とはいえ、やはりアウグスト様の時間を頂戴するというのは気が引ける。
協力をしてもらう以上は、それに見合う報酬を用意しなければいけない。けど、私が贈れるものなんて公爵令息のアウグスト様なら簡単に手に入れられるだろうし。そもそも好みがわからない。
本人が目の前にいるのだから、考えるよりも訊く方が早いな。
「アウグスト様。ご協力のお礼は何を用意すればよいでしょうか?」
「お礼? そんなのいらないよ」
「ですが」
「強いて言うなら、リスリアーノがやりたいことを見つけることかな。そうなれば俺も俺のやりたいことを達成出来るから」
「なるほど。ならば尚のこと失敗は許されませんね」
私がやりたいことを見つけられなかったら、アウグスト様に無益な時間を過ごさせたことになってしまうのか。アウグスト様の一時間を金額に換算したらいくらになるだろうか。
真剣に一般的な労働賃金や貴族の収入などから時給を計算しようと頭を働かせていると、アウグスト様が慌てた様子で付け足す。
「別に心理的重圧を与えたいわけじゃないからね!?」
「ご心配なく。これでも精神力はある方だと自負しておりますゆえ、ご要望に添えるよう鋭意努めさせていただきます」
「仕事じゃないんだから、そんな堅苦しくする必要ないよ。リスリアーノの思うようにしてくれたらいいっていうか、そうじゃないと意味ないし」
そうかもしれないが、これまで経験上、理由がある方が私にはやりやすいし向いている。アウグスト様のご要望に答えるためにやりたいことを見つける。公爵令息と親交が何かの折にフィルメンティ家の利となるかもしれないし。
だが、それはアウグスト様の本意ではない様子だから口にするのはやめておこう。
──それにしても、アウグスト様はああ言ったが、やはりお礼をしないというのは私の中で収まりが悪い。
「努力はします。それでやはり何かお礼はしたいと思います。でないと、どうにも落ち着かなくて。何かお望みのものはありませんか? 私に差し出せるものであれば何でもいいので」
多少の無理難題であっても、程度にはよるが何とか出来るとは思う。
「本当にいいのに……けど、そこまで言うなら考えてみるよ。うーん………………」
腕を組んで思案顔のアウグスト様は暫くそのままだったが、突然「あっ!」と声を上げた。
「何かありましたか?」
「うん。お礼というか、お願いがひとつあるんだけど。今言ってもいいかな?」
「勿論です」
むしろ先払い出来るのであればこちらとしても都合がいい。
一体どんな要求なのかとアウグスト様の次の言葉に聴覚を集中させる。
すると、告げられた「お願い」は予想もしないものだった。
「じゃあ言うね。あのね、俺と友達になってほしい」
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