6 / 24
6.退屈という名の凶器
しおりを挟む
「やりたいことがないなんて凄いよ! 可能性の塊じゃないか!」
「はい?」
そんなことを言われたことがなくて、私は面食らう。何がどうしてそんなことに?
「そんなことはないと思いますが……」
「ううん、あるよ! やりたいことがないってことは、例えるなら今のリスリアーノは空の本棚の状態なんだ。何もないからからこそ、好きに色んな本を詰め込めるんだよ」
「仰っている意味がよくわかりません……」
アウグスト様が拳を握って力説するけど、理解が出来ない。
やりたいことがないというのは、単に空虚なだけだ。そしてそれはこれからも変わらないことだと思ってる。不変である以上、可能性が芽生える土壌もない。なのにどうしてアウグスト様はこんなに楽しそうな顔をしているのだろう。
「わかりにくかった? うーん、じゃあ言い方を変えると、リスリアーノは視野が広いってこと」
「視野が広い?」
「うん。俺とは正反対にね。俺って覚えてる限りでやりたいことがないって状態の時が人生で一度もなかったからさ。いつも何かに熱中しちゃう性質なんだ」
「そちらの方がよいことなのではないですか?」
少なくとも私よりは生産性はあるだろう。
「勿論。楽しいし俺は満足している。けれど、同時にもったいないとも思うんだよね。やりたいことに熱中しているってことは、他が見えてないってことだから。ひとつの宝物があったとして、そればかりをじっと見つめてて、その隣にもっと大きな宝物があることに気づかない──みたいなこともあるんじゃないかなーって」
「手に入れた鶏が卵を産む雌鳥と知らずに食べてしまった、みたいな話でしょうか」
「んー、ちょっと違うかなぁ」
目先の利益に気を取られて、もっと大きな利益を得る好機を逃すという話かと思ったがそうではないらしい。
育ってきた環境か性別の違いのせいかはわからないが、価値観の相違を感じる。特にアウグスト様は海外の生活も長いし、私とはかなり異なる視点を持ってそうだ。
「そうですか。では、私の視野が広いと評されたのは、やりたいことや見定めるべきものがないからこそ俯瞰して物事を眺めることが出来る、ということですか?」
「うん、そっちは合ってる。空を見ても綺麗な魚は見つけられないし、海を見ても珍しい鳥は見つけられない。けれど遠くから両方を見つめれば、何かを見つけられる可能性は二倍にも三倍にもなる。もしかしたら、百倍にもなるかも! それはとても凄いことだよ」
アウグスト様がコクコクと頷く。
初めて言われた。アウグスト様はひとつの物事に集中してしまう性質だから、俯瞰した視点を持つ私が物珍しいらしい。
「リスリアーノみたいな視点を持つ人が、どんなやりたいことを見つけるかすっごく興味ある。見つけたら、ぜひ教えてね」
楽しそうにアウグスト様が言うが、私としてはその期待には答えられそうにない。あまりがっかりさせないうちに、私は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ご期待には添えないかと」
「どうして?」
「私が自発的に何かを望むことはないからです。やりたいことを見つけるつもりも、探すつもりもないので」
思ったことをはっきりと言うと、アウグスト様は驚いた顔をした後、初めて険しい表情を浮かべた。
「それは良くない」
今までとは打って変わって、法廷で判決を下す裁判長のような断定的な物言い。何かアウグスト様の琴線に触れてしまったのだろうか。
「それは良くないよ」
「……」
余程大事なことなのか、言葉を重ねるアウグスト様にどう返せばいいのかわからず、私は何も答えなかった。
それを説明を求める無言の訴えと捉えたのか、アウグスト様は続けた。
「やりたいことがないのはいい。それはこれから先にやりたいことを見つける上では、むしろ利になることもあると思うし。けれど、見つけることをしないのはだめだ」
「何故ですか?」
「退屈だから」
「退……屈……はい?」
予想もしない理由に私はぽかんとしてしまった。
退屈だからだめ? いや、私の人生なんて大半の人間からしたら退屈なものだろうけれど。けれど、こんな風に悪いことのように言われることもないだろう。
「退屈なのはだめなのですか?」
「だめだね。大いにだめだ」
「そんなにだめですか……」
ここまではっきりと言われると本当にだめな気がしてくる。
別に退屈な人生も悪くはないと思うのだが、公爵令息に言われると改めておいた方がいいかもしれない。何が原因でフィルメンティ家に飛び火するかもわからないし。
「具体的には何がだめなのでしょうか?」
「だって、退屈は人を殺すから」
また何とも極端な答えがきた。
「退屈でも人は死なないと思いますけど」
「そりゃ実際には死なないよ」
アウグスト様がくすくすと笑う。勿論私だってアウグスト様が退屈が人の心臓を止めるという意味で言ったとは思っていない。
「でも、体よりも先に心が死ぬことは往々にしてあるよ」
「心身二元論ですか?」
「そんな難しい話じゃないよ。ただ、体は結局は器。その器を動かす指示を出すのは心だ。だから、心が死んでいたらそれはただの生きた死体と変わらないよ」
──もし、アウグスト様の言うことが正しいのなら、私は死体なのだろうか?
「はい?」
そんなことを言われたことがなくて、私は面食らう。何がどうしてそんなことに?
「そんなことはないと思いますが……」
「ううん、あるよ! やりたいことがないってことは、例えるなら今のリスリアーノは空の本棚の状態なんだ。何もないからからこそ、好きに色んな本を詰め込めるんだよ」
「仰っている意味がよくわかりません……」
アウグスト様が拳を握って力説するけど、理解が出来ない。
やりたいことがないというのは、単に空虚なだけだ。そしてそれはこれからも変わらないことだと思ってる。不変である以上、可能性が芽生える土壌もない。なのにどうしてアウグスト様はこんなに楽しそうな顔をしているのだろう。
「わかりにくかった? うーん、じゃあ言い方を変えると、リスリアーノは視野が広いってこと」
「視野が広い?」
「うん。俺とは正反対にね。俺って覚えてる限りでやりたいことがないって状態の時が人生で一度もなかったからさ。いつも何かに熱中しちゃう性質なんだ」
「そちらの方がよいことなのではないですか?」
少なくとも私よりは生産性はあるだろう。
「勿論。楽しいし俺は満足している。けれど、同時にもったいないとも思うんだよね。やりたいことに熱中しているってことは、他が見えてないってことだから。ひとつの宝物があったとして、そればかりをじっと見つめてて、その隣にもっと大きな宝物があることに気づかない──みたいなこともあるんじゃないかなーって」
「手に入れた鶏が卵を産む雌鳥と知らずに食べてしまった、みたいな話でしょうか」
「んー、ちょっと違うかなぁ」
目先の利益に気を取られて、もっと大きな利益を得る好機を逃すという話かと思ったがそうではないらしい。
育ってきた環境か性別の違いのせいかはわからないが、価値観の相違を感じる。特にアウグスト様は海外の生活も長いし、私とはかなり異なる視点を持ってそうだ。
「そうですか。では、私の視野が広いと評されたのは、やりたいことや見定めるべきものがないからこそ俯瞰して物事を眺めることが出来る、ということですか?」
「うん、そっちは合ってる。空を見ても綺麗な魚は見つけられないし、海を見ても珍しい鳥は見つけられない。けれど遠くから両方を見つめれば、何かを見つけられる可能性は二倍にも三倍にもなる。もしかしたら、百倍にもなるかも! それはとても凄いことだよ」
アウグスト様がコクコクと頷く。
初めて言われた。アウグスト様はひとつの物事に集中してしまう性質だから、俯瞰した視点を持つ私が物珍しいらしい。
「リスリアーノみたいな視点を持つ人が、どんなやりたいことを見つけるかすっごく興味ある。見つけたら、ぜひ教えてね」
楽しそうにアウグスト様が言うが、私としてはその期待には答えられそうにない。あまりがっかりさせないうちに、私は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ご期待には添えないかと」
「どうして?」
「私が自発的に何かを望むことはないからです。やりたいことを見つけるつもりも、探すつもりもないので」
思ったことをはっきりと言うと、アウグスト様は驚いた顔をした後、初めて険しい表情を浮かべた。
「それは良くない」
今までとは打って変わって、法廷で判決を下す裁判長のような断定的な物言い。何かアウグスト様の琴線に触れてしまったのだろうか。
「それは良くないよ」
「……」
余程大事なことなのか、言葉を重ねるアウグスト様にどう返せばいいのかわからず、私は何も答えなかった。
それを説明を求める無言の訴えと捉えたのか、アウグスト様は続けた。
「やりたいことがないのはいい。それはこれから先にやりたいことを見つける上では、むしろ利になることもあると思うし。けれど、見つけることをしないのはだめだ」
「何故ですか?」
「退屈だから」
「退……屈……はい?」
予想もしない理由に私はぽかんとしてしまった。
退屈だからだめ? いや、私の人生なんて大半の人間からしたら退屈なものだろうけれど。けれど、こんな風に悪いことのように言われることもないだろう。
「退屈なのはだめなのですか?」
「だめだね。大いにだめだ」
「そんなにだめですか……」
ここまではっきりと言われると本当にだめな気がしてくる。
別に退屈な人生も悪くはないと思うのだが、公爵令息に言われると改めておいた方がいいかもしれない。何が原因でフィルメンティ家に飛び火するかもわからないし。
「具体的には何がだめなのでしょうか?」
「だって、退屈は人を殺すから」
また何とも極端な答えがきた。
「退屈でも人は死なないと思いますけど」
「そりゃ実際には死なないよ」
アウグスト様がくすくすと笑う。勿論私だってアウグスト様が退屈が人の心臓を止めるという意味で言ったとは思っていない。
「でも、体よりも先に心が死ぬことは往々にしてあるよ」
「心身二元論ですか?」
「そんな難しい話じゃないよ。ただ、体は結局は器。その器を動かす指示を出すのは心だ。だから、心が死んでいたらそれはただの生きた死体と変わらないよ」
──もし、アウグスト様の言うことが正しいのなら、私は死体なのだろうか?
27
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
あなたの子ではありません。
沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。
セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。
「子は要らない」
そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。
それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。
そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。
離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。
しかし翌日、離縁は成立された。
アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。
セドリックと過ごした、あの夜の子だった。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
(完結)戦死したはずの愛しい婚約者が妻子を連れて戻って来ました。
青空一夏
恋愛
私は侯爵家の嫡男と婚約していた。でもこれは私が望んだことではなく、彼の方からの猛アタックだった。それでも私は彼と一緒にいるうちに彼を深く愛するようになった。
彼は戦地に赴きそこで戦死の通知が届き・・・・・・
これは死んだはずの婚約者が妻子を連れて戻って来たというお話。記憶喪失もの。ざまぁ、異世界中世ヨーロッパ風、ところどころ現代的表現ありのゆるふわ設定物語です。
おそらく5話程度のショートショートになる予定です。→すみません、短編に変更。5話で終われなさそうです。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる