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3.好奇心は隣の猫を暴く

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「今のはどういう──」

「すみません。なんでもありません。忘れてください」

 アウグスト様が言い終える前に私は早口でその問いを封殺しようと試みた。

「ごめんね。聞こえちゃったし、気になる。事情を教えて貰えないかな?」

「面白い話でもありませんので。お耳汚しになるだけです。どうかお忘れください」

「……」

 どうやら私の一言はアウグスト様の要らぬ関心を引き寄せてしまったようだ。なんたる失態。
 とは言え、教えてと言われてはい、わかりましたと説明出来るような簡単な話でも楽しい話でもない。なんとかやり過ごそうと愛想笑いのひとつでも浮かべようとしてみたが、いつも通り表情筋がぴくりとも動かない。私の筋肉の癖に私に従わないとは何事か。
 アウグスト様は目を伏せて何やら考える仕草をしている。さっきまでの笑顔とは打って変わって険しい表情だ。
 暫くして、アウグスト様は伏し目がちに目を開き、視線を落としたまま慎重に言葉を選ぶようにして言った。

「あのね、俺って人よりちょっと好奇心が強いみたいなんだよね。知りたいって思ったら自分でも止まれなくなっちゃうの。五年前もそれで遊学に行くことを決めたし。だから、ここで君から話を聞けなかったら多分、勝手に調べちゃうと思う」

 申し訳なさそうに説明するアウグスト様に悪意の色は見られない。多分、本当にそういう性分なのだろう。ならば、どうしたものか。
 私の婚約者のは、知っている人間なら知っている。
 アウグスト様なら調べるのも容易いだろう。公爵家の令息から知りたいと訊かれれば、大抵の人間ならば口紐も緩めてしまうだろうし。
 こんな些事に公爵令息の大切な時間を使わせる訳にはいかない。
 私は観念すると、重々前置きをして婚約事情を話すことにした。

「聞いても本当につまらない話ですよ。聞き終えたらどうか忘れてください」

 折れた私にアウグスト様は一瞬ぱっと明るい顔をしたが、内容が内容だけに不謹慎と思ったのかすぐに表情を引き締めた。

「ありがとう。なんだかごめんね?」

 謝るくらいなら引いて欲しいというのが本音だが、アウグスト様の瞳には好奇心という光が輝いているものの、真剣にこちらに耳を傾けている。
 好奇心は猫をも殺すって言葉があったっけ。あれは過ぎた興味は自身の身を滅ぼすって意味だったけど、この場合の猫は私かしら?
 ぼんやりとそう考えながら私はまず婚約に至った経緯けいいを話し始めた。

「私の婚約は母が決めたものなのです。フィルメンティ家は伯爵家なのですが、母は侯爵家の生まれで──その、まぁ、苛烈な人でした……」

「苛烈?」

 想像がつかないのか、アウグスト様が首を傾げる。

「苛烈というのは信じられないくらい激しいとかそういう意味合いの言葉です」

「あ、それは知ってる。大丈夫」

「そうですか。海外での生活が長かったので、てっきり──」

「普段使ったりはしないけど、意味はわかるよ。ただ身近にそういう人がいないから想像しにくいだけで」

「私も母以外で母のような人は見たことありませんね」

 まぁ、あんな人がぽんぽんいても困る。実際のところ、私の母は苛烈という言葉で表すには足りないけど。

「なんと言いますか、男性の権力欲と女性の虚栄心を一緒の鍋で煮込んで出来たものを詰め込んだような人だったので。実家より家格が下の伯爵家に嫁がされたのが不満だったのか、私の婚約者には侯爵家以上の相手を求めたんです。丁度、母の遠縁の侯爵家に同い年の男児がいて、互いが五歳になった時には婚約が成立しておりました」

 その際にもかなり揉めたせいで、母はフィルメンティ家に敵も多かった。後の父との関係を考えると、とどめとなったのはこの一件だろう。

「母は本当に気性の激しい人で、私も婚約者も意見したりすることは出来なくて母の望むままに婚約者の関係を諾々と受け入れていました──当時はまだ弟も生まれてないので、私は誰かと結婚しなくちゃいけないのは当たり前のことだと思ってて、相手は誰がいいとかはなかったんですけど、婚約者の方は成長するにつれ色々と不満を抱くようになったようです。
 それでも私の母に逆らうことは出来なかったようですけど」

 母は間違いなく難のある人だったけど、その手腕は本物だった。もし男性に生まれていたら、伯父を押し退けて侯爵家を継いでいたかもしれないくらい。
 嫁いだ後も実家でもフィルメンティ家でも大きな力を握っていて、婚約者が下手に逆らったら廃嫡させるくらいのことはしたかもしれない。遠縁とはいえ、他家の後継者事情に──と思われるかもしれないが、それが出来る人だった。
 だからこそ、婚約者が私との婚約に不満を抱いていても表面上は恙無く関係を続けてこられたと言える。けれど、その関係もある日あっさりと崩れ落ちた。

「なんだか凄いお母さんなんだね」

「良くも悪くも、ですね」

 今思い出してみても、すぐに母の良かった点が出てこない。そもそもあの人は私に関心がなかったから、母から私へ用がある時以外に話した記憶すらない。
 だからだろう。母がいなくなっても、特に悲しいと思わなかったのは。

「お母さんのことはわかったけど、ならどうしてなの? そういう事情ならむしろ結婚しないなんてことになったら大変なんじゃない?」

 アウグスト様の疑問は最もだ。母であれば私が結婚しないなんてことは許さないし、今の私が置かれている立場も許さないだろう。今も母がいたらの話だが。

「色んなことが変わり始めたのは七年前ですね。
 ──その年の秋に母が亡くなったんです」
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