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3.中庭ランチ

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「アンリ?」
「王子様。お弁当なんて珍しいですね」

 午前の授業が終わり、昼休憩に入った生徒たちは皆さん、それぞれ昼食を取るために食堂やカフェテラスへ足を向ける。

 中には私のようにお弁当を持参する方々もいるけど、王子様は昼食は食堂派だった筈。
 けれど、中庭で恐らく重箱を包んでいるであろう青い布を提げている王子様とここで会ったということは、私と同じく、天気がいいから中庭で食べようという発想に至ったというところだろうでしょうか?

「ん? ああ、これか。俺はここ暫く弁当だぞ。最近、何故か食堂が通夜みたいな空気だからな」
「それは・・・・・・いえ、そうなのですか」

 食堂がお通夜モードなのは、恐らく、王子様のお顔のモザイクを見て、皆さん落ち込んでしまったのでしょう。
 朝から王子様のお顔を見る前から泣いているご令嬢方もいましたし。
 とはいえ、王子様ご本人に自覚はないようですし、お伝えしても女神の呪いをどうこうすることも出来ません。ただ、王子様のお心を痛めるだけでしょう。
 なので、私はその件に関しては口を閉ざす。

「ところで、拝見したところ随分と量の多いお弁当ですね。王子様は育ち盛りの男性ですし、やはりそれくらいが適量なのですか?」

 話題を変えるためにふと沸いた疑問を王子様に訊いてみた。
 すると、王子様は表情は分からないけど、恐らく困った顔をしているのでしょう。
 肩を下げながら頬を掻かれました。

「あー、これか。いや、正直これを完食するのはキツい」
「まぁ、そうですの?」
「ああ。俺はもっと少量でいいと言っているのに、料理人が育ち盛りなんですからと。それでこの量だ。しかも、日増しに量もカロリーも増えている気がする・・・・・・味は文句なしなのだが・・・・・・なのだがな」

 太りそうだと王子様が溜め息を溢す。
 王子様のことだから、残さず全部食べているのでしょう。

「にしても、アンリはアンリでその量は少なすぎないか?」

 王子様が顎を引き、私の膝の上のお弁当箱へ視線を落とされました。
 確かに私のお弁当箱は小さい。私の両手よりも少しも大きいくらいでしょうか?
 中身はレタスとトマト、卵の二種類のサンドイッチと、ミニトマトとお弁当サイズのチーズ入りオムレツ、ほうれん草とコーンとベーコンのバター合え、ポテトサラダにデザートに可愛くラッピングされた琥珀糖。
 主に野菜が中心のメニューで、おかずはどれもちょっとずつ。
 昔から少食だったため、これだけでも満腹とはいかずとも、丁度いい八分目くらいにはなる。

「私はこれで足りますので」
「それにほとんど野菜ばかりじゃないか。もう少し肉を食った方がいいと思うぞ? あ、丁度いい。アンリ、少しこれを片付けるのを手伝ってくれないか?」

 そう言って王子様は私の隣に腰を下ろした。
 芝生に、直で。

「では、少し頂きます。ところで王子様、制服に草がついてしまいます。こちらへどうぞ」

 私はお弁当箱を膝に乗っけたまま、体を横へずらし、自分が座っていた敷物のスペースを空ける。本来は一人用ではあるが、二人ならギリギリ座れるだろう。

 私が勧めると、王子様も腰を浮かせて、お尻を払ってから敷物の上に座り直した。

「・・・・・・結構狭いな」
「まぁ、二人とも座れてますし、いいでしょう」

 何故か王子様がふいっと明後日の方を向く。
 お互いの背中をくっつけて座った方が、面積的にはいいのかもしれないけど、それだとお弁当の中身が見えないので、私たちはぴったりと横にくっついた状態だ。
 かなりの密着態勢なので、腕や腰辺りがくっついている。こうしてると、座高の違いがよくわかった。

「わぁ! 流石宮廷料理人数様のお手製お弁当ですね。とっても美味しそうです!」

 王子様が包みをほどき、お弁当蓋を開けた。
 中にはお肉、お魚、お野菜をふんだんに使った多種多様なおかず。
 揚げ物、焼いたもの、酢漬けに蒸したもの、煮込んだもの。
 主食のベーグルサンドも、トマト、レタス、卵、鳥、牛、ハム、オニオン、フルーツ等々。ざっと見ても十種類以上のベーグルがぎゅうぎゅうに詰まっている。
 なるほど・・・・・・確かにこれは王子様もお腹回りを気にされる筈ですわ。

「凄い量ですね」
「だから言ったろ?」

 王子様がお手上げと言わんばかりに肩を竦める。
 とは言え、何を食べましょうか? 王子様はお肉料理がお好きですけど、お肉の量も結構ありますね。
 ボリュームがありますから、やはりここはお肉料理を頂くべきでしょうか?

 中途半端に伸ばした手が王子様のお弁当箱の上をさ迷っている。
 ずっとこうしている訳にもいかないけど・・・・・・う~ん、どれにしましょう? 

「あはは、アンリ。そんなに悩まなくても好きなのを取っていいんだぞ?」
「あ、失礼しました! では、これを」

 うんうん悩んでいる姿をずっと見られていたことに気づいて、少し恥ずかしくなってしまう。
 私は慌てて、お弁当箱の端に挟まっていた紙ナプキンで適当にベーグルサンドを一つ引き抜いた。

「いただきます」

 はむっ。

 手にずっしりとくる重量感のあるベーグルサンドにかじりつく。
 具はオニオンソースとマスタードの絡まったチキンだった。
 柔らかくて弾力のある鳥の身と、オニオンとマスタードの香りが食欲を誘う。味もとっても美味しい。

「美味しいです」
「それはよかった」

 パンとお肉料理は片方だけでお腹いっぱいになってしまうので、お肉のサンドイッチを食べることはあまりないけど、こうして食べるとやっぱり美味しい。

 王子様もベーグルサンドを一つとり、口へ運ばれました。お顔のモザイクは口内にも対象のようです。
 私が分厚いベーグルサンドをちょびちょびと食べている間にも、王子様はパクパクパクとあっという間に一個平らげられて、何かに手を伸ばそうとして固まられました。

「しまった。水筒を忘れた」
「まぁ。でしたら、よろしければ私のはいかがですか? 中身は紅茶ですが」

 飲み物は学内で販売していたり、使用人を同伴させて用意させたりと生徒によって用意の仕方は様々だけど、私と王子様は専ら水筒派です。
 特に最近は蓋がカップになって、保温機能の向上した新作の水筒が流通しているため、学内でも水筒を持参する生徒は増えている。

 私はカップを捻って取り外し、こぽこぽと紅茶を注ぐ。
 淹れたてには敵わないけれど、透き通る赤い液体からは心落ち着く香りがふんわりと漂っている。

「・・・・・・」
「王子様?」

 カップを王子様に差し出すと、何故か王子様が氷のように固まってしまいました。

「王子様? 王子様ー」

 目の前で手のひらを左右に振ってみると、王子様ははっとして私とカップに交互に視線を向けられました。

「や、その、それ・・・・・・アンリも飲んだのか?」
「? ええ。私が持参したものですし。午前の小休憩とつい先程、王子様がいらっしゃる前に一杯ずつ」

 それがどうかしたのでしょうか?
 王子様は再び固まってしまわれました。

「あ、大丈夫ですよ。私、風邪などは引いておりません。居たって健康です!」

 回し飲みによる粘膜感染の心配をされているのかと思い、ぽんっと胸を叩いて私は言いました。

「ですが、王子様がどうしても気になるとおっしゃるのであれば、食堂でカップを借りて来ますが」
「あー、いや。うん、問題ない。水筒は教室に忘れてきただけだから。悪い取ってくる。何か他に気に入ったのがあったら食べてていいから」

 そう早口でおっしゃると、王子様は立ち上がって足早に教室に向かわれました。

「分かりました。お待ちしております」

 王子様の後ろ姿を見送る。
 相変わらず、モザイクのせいでお顔は見えない。

 けれど、心なしかモザイクの色が若干、ピンク色に変わったような・・・・・・? 気のせいでしょうか?
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