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2.平常運転

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「おはよう、今日も皆元気だな」
「アンリ様、おはようございます」

「おはようございます。王子様、ランドール様。ところで、この叫喚地獄が元気な皆さんに見えるのですか? ひょっとしてモザイクの影響で視力に異常をきたしていらっしゃいますの?」

 話題の中心人物であるヴィクター王子様が登校してきた。護衛役であるランドール様も一緒だ。
 絹のような長めの金髪とアクアマリンのような美しく澄んだ水色の瞳、触るとすべすべで気持ちいい白い頬──一週間前までは当たり前のように目にしていたヴィクター王子様の端正なお顔は今、モザイクで覆われている。
 とは言え、元々全体的に色素の薄い方だったので、その色合いを混ぜてもそこまで酷いことにはならなかった。
 言ってみれば、これは綺麗なモザイク。
 顔に掛かるモザイクまで綺麗とは、流石はヴィクター王子様です!

「いや? というか、俺自身はそのモザイクを認識出来ないからな。視界は特に以前とは変わっていない」

 王子様のモザイクは、光の透過と反射を利用して作られた片方からは外が見え、からは鏡のようになる硝子のような仕組みをしているため、王子様の視点では視界が遮られるということはないそうだ。

「そういえばそうでしたね。あ、ところでお城の修繕作業はどれくらい終わりましたか? もう時期建国祭でしょう? 母が今年のパーティーの会場が変更になるかどうか気にしておりました」

 あの三女神がそれぞれ天井と壁と床を壊した場所は、毎年建国祭のパーティー会場に使われる場なので修繕作業の進行によっては今年は変更になるかもしれないから、その場合は移動が面倒ねと母がぼやいていたことを思い出し、王子様に訊ねてみた。

「ああ、幸い柱は無事だったし、見た目ほどは酷くない。とりあえず三ヶ所の穴は塞いだからもう一週間もあれば完璧に元通りになっているだろう」

「そうですか。なら、問題なさそうですね。お母様もお喜びになられます」

「夫人は乗り物酔いするからな。アンリの屋敷からでは王宮以外のパーティー会場に行く場合、馬車に乗らざるを得ないだろうし」

「荷物を任せた使用人だけを馬車に乗せて、自分は護衛数人と徒歩で王宮へ訪問する侯爵夫人というのもそれはそれで変ですけどね」

 馬車に乗るくらいなら魔導二輪車で行く! と豪語する母を思い浮かべ、ついつい苦笑を漏らしてしまう。

「教えていただき、ありがとうございます。王子様」
「どういたしまして」
「・・・・・・・・・・・・」
「アンリ?」
「あ、いえ。王子様、何かいいことありましたか?」
「何故、そう思うんだ?」
「王子様が笑っている気がしたんです」
「顔が見えないのに?」

 確かに、人の気持ちを汲み取るには表情を観察するのが一番だけど、表情からしか気持ちが分からない訳ではない。
 例えば、声音、手の動き、肩の上がり具合に細かな仕草。そういうのを一つ一つ拾い上げていけば、顔を見なくても、相手の気持ちは大体察することが出来る。特に王子様とは付き合いが長いから、ちょっとした動作からでも気持ちを読み取り易い。

「それはもう、何年お側にいると思ってるんですか?」
「そうだな。ああ、今日は朝からアンリに会えたからな。嬉しいよ」
「ふふっ、私もです」

 私たちが通うアル・アンナ学園は、学びたい者に知恵を与えんという信条の元、門戸を広く開いており、幼等部から大学院までの生徒総数六千人というマンモス校だ。
 そのため、同じ学園に通っていてもクラスが違う以上、朝から顔を合わせるのは約束でもしていないと難しい。
 けれど、不思議と私と王子様は朝からこうして会うことがよくある。

「っと、そろそろ授業が始まるな。じゃあ、ここで」
「はい」

 ここは生徒達が学内用の靴に履き替えたり、軽い身支度や談笑、勉強会をするための部屋が設えられた生徒のため正面校舎。
 私のクラスは第六校舎、王子様のクラスは第一校舎なのでここでお別れすることになる。
 手を振る王子様に私は会釈をした。

「いつも通りなのが逆におかしいと言いますか・・・・・・あれでアンリエッタ様、相思相愛じゃないとかおっしゃるんですから、筋金入りですわね」
「うーん、どっからどう見ても婚約破棄後とは思えない平常運転と二人の世界。女神様も残酷な真似をなされる」

 何故か、さっきまで王子様のモザイクを嘆いていた令嬢がランドール様と一緒に黄昏ていた。
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