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木上の恋バナ②

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「え!? ──ひゃあっ!!?」

「く、クリスおねぇちゃん! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫!」

 昨日のこともあったからか、リアちゃんからの質問に大袈裟に驚いてしまい、危うく木の上から落ちかけた。
 この高さでも頭から真っ逆さまに落っこちれば怪我は避けられない。
 ぞっとして木の枝をぎゅっと掴んで、安全を確かめると、すぅっと息を整えてから話に戻った。

「えーと、ヴィクトが好きって? そりゃまぁ、幼なじみだもの。好きは好きよ」

「そうじゃなくて、リアみたいな好きと同じ好き?」

「う、うーん・・・・・・」

 返答に困る。
 リアちゃんのヴィクトに対する好きって、そうゆう好き、よね?
 ヴィクトに花冠を贈っていた時を思い返す。
 あのリアちゃんはまさしく、恋する乙女だった。
 つまり、リアちゃんは私にヴィクトに対する恋愛感情があるかどうかを問うているのよね???
 そんなの──いや、待って! 何で私、返答に困ってるの!? こんなんじゃまるで── 

「う゛ーっ」

「クリスおねぇちゃん? どうしたの?」

「いや、ちょっとね。思考の迷宮に片足突っ込みかけて・・・・・・」

「言ってることがよくわからないよ・・・・・・」

 ああぁ、幼子を困惑させてしまった。
 とりあえず、よくない。良からぬ方向に向かってますぞ、私!
 何かよくわからないけど、何かよくわからないまま軌道修正を試みる。

「リアちゃん、お姉ちゃんにはね、婚約者──将来結婚する約束をしてる人がいるの。だから、他の人を好きになったりしないわ」

 そう、私にはオーフェルがいる。
 例え初恋だと思っても、それはそれ、これはこれ。
 ヴィクトにそんな感情を抱いたりしない。それは間違いだから。
 だから、この話はここでおしまい──

「じゃあ、クリスおねぇちゃんはその人のことが好きなの?」

「ん゛っ」

 変な声が出た。
 どうしよう。首肯し難い。
 オーフェルのことを好きかどうかと訊かれて、婚約者ならば嘘でも頷くべきだが、それでもそれは耐え難かったのだ。

「どうなの?」

「──あー、好き、ではないかな」

 どうしてもオーフェルのことが許せず、嘘でも好きとは言いたくなかった私は、正直に答えてしまった。

「好きじゃない人と結婚するの?」

「そう、なるかなぁ?」

「結婚は好きな人とするんだってお母さんとお父さん言ってたよ」

「そう、だね・・・・・・」

 リアちゃんから繰り出される正論の数々に、私はたじたじになってしまう。
 好きな人同士で結婚する。平民ならば、それが普通で当たり前のことなのだろう。
 それは少し羨ましくもある。貴族を羨む平民は多くいるけれど、彼らの方が未来の幅は広い。それこそ、本気で稼いで稼いで稼ぎまくれば、爵位を買って貴族になることさえ出来るのだから。
 逆に貴族は一定の安定した生活と権限と引き換えに、終始家に奉仕するという義務が生まれたてその瞬間から枷のように与えられる。男児は長男ならば当主に。次男や三男は軍人や官吏や聖職者に。女児はそのほとんどが家のための政略結婚で親に決められた相手の家へ嫁ぐ。稀に私のように男児がいないため、婿養子をとる人もいる。
 そんな風にして、人の社会は成り立っているのだ。
 けれど、そんなことは小さな子には教えたくないなぁ・・・・・・。

「けど、お姉ちゃんはやっぱり、その人と結婚すると思うよ」

 したくない、したくない、したくない。
 けれど、あぁ、やっぱりしないといけない。
 本心と長年作り上げた貴族としての矜持がせめぎ合う。
 貴族の娘として、男子のいない伯爵家の長女として。
 責務は果たさないと。
 義務を果たせと、幻聴さえするような気がする。
 それはもはや私の深層心理に根づいた刷り込みだった。
 きっと、私はその時とっても良くない、不安を掻き立てるような顔をしていたのだろう。
 私の顔を見たリアちゃんは、泣きそうな顔になって、その小さな両手で私の腕に抱きついてきた。

「リアちゃん? どうしたの?」

「あのね、ヴィクトおにぃちゃん、言ってた。本当につらいことはやらなくていいって。クリスおねぇちゃんも、つらいこと、我慢しなくていいんだよ?」

「ヴィクトが──」

 リアちゃんの口から放たれた言葉なのに、ヴィクトに言われたような気がした。
 そうだ。ヴィクトはずっとそう言ってた。口では言ってないけど。
 代わりに、結婚しなくてもいい言った。
 わざわざこんな王都から遠く離れた辺境伯領まで連れてきて、帰らなくていいと、逃げてもいいと教えてくれていた。
 正しいとは言い難い。けれど、それが泣いていた私に対するヴィクトなりの優しさだった。
 ──あれ? あれあれ? あれあれあれあれ────────?
 ふと、胸がどっくんと大きく鳴った。
 だって、え? だって、あれはあくまでであって、終わったことのはずで──
 なのにどうして、こんなに頬が熱いんだろう?

「リアちゃん」

「なぁに?」

 そっと自分の頬を両手で包み込む。やっぱり火傷しそうなくらい熱い。

「あのね」

 声に出したら、きっと確信に変わってしまう。
 けれど、どうしても飲み込めない。
 風船が空へ飛ぶように、どうしても抗えない。

「わ、わたし・・・・・・ヴィクト、の、こと・・・・・・やっぱり、好き、かも・・・・・・」

「愛してる」の好きで。

 そう伝えると、リアちゃんは自分の思った通りと笑顔になった。

「じゃあ、私たち、恋のライバルだね!」
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