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第一章 魔王様、人間の王子に恋をする
第三話 ブルーネの天使
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「陛下? へーか?」
「……………………」
「ダメだこりゃ。完全に聞こえてない」
食い入るように鏡に映る青年を眺めているイーラを見て、蛇は嘆息した。
どうやらイーラは鏡の青年が気に入ったらしい。うっとりとした表情はまるで恋する人間の少女のようだ。
暫くじっとしていたイーラだが、ようやくはっとして蛇を見るなり、その肩を大はしゃぎでバシバシと叩く。
「蛇! 蛇蛇蛇! この天使みたいに綺麗な男の子は誰!? 名前は? 名前はなんていうの??」
「痛っ! いたたたっ、ちょ、陛下。叩かないで下さいよ」
蛇が肩を擦りながらイーラと距離を取る。
「後、天使みたいなんて褒め言葉使わないで下さいよ。アンタ一応魔王なんだから」
「だって、だってだって! とっても綺麗なんだもの。はぁ~天界の馬鹿天使たちよりもこの子の方が天使と呼ぶに相応しいわ。金色の髪に青い瞳。人の子の絵本に出てくる王子様みたい!」
「みたいも何も実際に王子様ですよ、その人」
「へ?」
ぽかんとするイーラに蛇が鏡に映る青年について教える。
「ギルベルト・テル・ブルーネ。この森のすぐ近くにある魔法大国ブルーネの第一王子ですよ」
「ブルーネの……そういえば、王宮辺りを映すって言ってたわね」
「ええ。これはブルーネの王宮……ミロー宮殿の中ですね」
ギルベルトの背後には美しい城の内装が見える。
「へぇ……にしても王子様かぁ。どうりで気品のある顔立ちだと思ったのよ」
王宮自体には興味のないらしいイーラは再びギルベルトの観察に戻った。
蛇も後ろから覗き込む。
「まぁ、陛下の天使みたいという言葉は言い得て妙ですけどね。ギルベルト王子はその美貌もさることながら、国民思いで努力家な心優しい王子と評判みたいですからね。その外見と内面からブルーネの天使と呼ばれているそうですよ」
「そうなの。素敵ね~。なんていうか、内面の美しさが滲み出てる感じがするわ~。はぁ~、一度でいいからお話してみたい」
夢見る表情で願望を口にするイーラ。あったこともない人間に対して何故そこまで熱中できるんだと疑問に思いながらも、蛇は冷静に突っ込んだ。
「いやいや、無理でしょ。ブルーネは魔族と何度も争ってきた国の一つですよ。そんなとこの王子に魔王がひょこひょこ会いに行ったら、全面戦争待ったなしですよ」
「えー。でもブルーネと最後に戦争したのって百年以上前よ? 私も暫く魔界からでてないし。私の顔を知ってる人なんていないわ。ちょっとくらいならバレないでしょ?」
「バレます」
バレなきゃいいでしょ? という視線を送ってくるイーラをばっさりと切り捨てる。
「なんでよ!」
イーラが不満げに声を荒げた。
「このギルベルト王子は天使の加護持ちですから」
天使の加護とは極稀に生まれる神の寵児に与えられる守護。神の寵児は世に生まれ出でた時から守護天使が側におり、邪悪なものから遠ざけられ、守られている。この邪悪なものとは病や事故、そして魔族を指す。
「陛下が近づいた時点で100パーセント気づかれます。ブルーネにバレても面倒ですが、天使はもっと厄介です。知ってるでしょ?」
「まぁ、天使とやり合ったこともあるしね。厄介ではあるし、勝てはしないけれど私なら負けもしないわよ」
自信満々に胸を反らすイーラはニコニコしながら鼻歌混じりにギルベルトの名を口ずさんだ。
「ギルベルト……♪ そっかぁ、ギルベルト君っていうんだぁ。ふふっ格好いい。綺麗で格好いいなんて素敵ね♪ ふふーん♪」
すっかり自分の世界に入ってしまったイーラをどうするか。このまま部屋から放り出すかと蛇が思案していると、扉からノック音がした。
「どーぞー」
蛇がおざなりに入室の許可をすると、ノックの主が部屋に入ってくる。入ってきたのは漆黒の髪と赤い瞳の青年──クラウスだった。
「失礼する。蛇、陛下がこちらに──ああ、やはりいらっしゃいましたか……蛇、どうして陛下は鼻歌を歌いながら小躍りしてるんだ」
「んー? 頭の中が春だからだよ~」
主の行動の意図が読めないクラウスが蛇に訊ねる。主君であるイーラには慇懃無礼ではあるが敬語を使うクラウスだが、蛇に掛ける言葉は大分砕かれている。部屋に籠りきりとはいえ、参謀を務める蛇とクラウスは旧知の間柄というのもあってか気の置けない雰囲気がある。蛇も蛇でイーラに対する口調とは別の口調で呑気に答えた。
「春? 確かに陛下の脳内は万年春のように花畑だが、いつもはこんな旋毛から花が生えてきそうな程ではないぞ」
「あはは! 吸血鬼さんは相変わらず陛下に対する扱いが酷いね~。まぁ、俺も人のこと言えないけど~」
クラウスの主君に対する暴言を苦笑気味に受け流した蛇は事の経緯を話し始めた。
「陛下、鏡に映った天使の加護持ちのブルーネ王国の王子様が気に入っちゃったみたいだよ」
困ったねぇと呟く蛇。クラウスは蛇の話を聞いて鏡を見てから、今だくるくると回っているイーラを見て、蛇に視線を戻した。それから眉間に皺を寄せて、一言。
「はぁ?」
「……………………」
「ダメだこりゃ。完全に聞こえてない」
食い入るように鏡に映る青年を眺めているイーラを見て、蛇は嘆息した。
どうやらイーラは鏡の青年が気に入ったらしい。うっとりとした表情はまるで恋する人間の少女のようだ。
暫くじっとしていたイーラだが、ようやくはっとして蛇を見るなり、その肩を大はしゃぎでバシバシと叩く。
「蛇! 蛇蛇蛇! この天使みたいに綺麗な男の子は誰!? 名前は? 名前はなんていうの??」
「痛っ! いたたたっ、ちょ、陛下。叩かないで下さいよ」
蛇が肩を擦りながらイーラと距離を取る。
「後、天使みたいなんて褒め言葉使わないで下さいよ。アンタ一応魔王なんだから」
「だって、だってだって! とっても綺麗なんだもの。はぁ~天界の馬鹿天使たちよりもこの子の方が天使と呼ぶに相応しいわ。金色の髪に青い瞳。人の子の絵本に出てくる王子様みたい!」
「みたいも何も実際に王子様ですよ、その人」
「へ?」
ぽかんとするイーラに蛇が鏡に映る青年について教える。
「ギルベルト・テル・ブルーネ。この森のすぐ近くにある魔法大国ブルーネの第一王子ですよ」
「ブルーネの……そういえば、王宮辺りを映すって言ってたわね」
「ええ。これはブルーネの王宮……ミロー宮殿の中ですね」
ギルベルトの背後には美しい城の内装が見える。
「へぇ……にしても王子様かぁ。どうりで気品のある顔立ちだと思ったのよ」
王宮自体には興味のないらしいイーラは再びギルベルトの観察に戻った。
蛇も後ろから覗き込む。
「まぁ、陛下の天使みたいという言葉は言い得て妙ですけどね。ギルベルト王子はその美貌もさることながら、国民思いで努力家な心優しい王子と評判みたいですからね。その外見と内面からブルーネの天使と呼ばれているそうですよ」
「そうなの。素敵ね~。なんていうか、内面の美しさが滲み出てる感じがするわ~。はぁ~、一度でいいからお話してみたい」
夢見る表情で願望を口にするイーラ。あったこともない人間に対して何故そこまで熱中できるんだと疑問に思いながらも、蛇は冷静に突っ込んだ。
「いやいや、無理でしょ。ブルーネは魔族と何度も争ってきた国の一つですよ。そんなとこの王子に魔王がひょこひょこ会いに行ったら、全面戦争待ったなしですよ」
「えー。でもブルーネと最後に戦争したのって百年以上前よ? 私も暫く魔界からでてないし。私の顔を知ってる人なんていないわ。ちょっとくらいならバレないでしょ?」
「バレます」
バレなきゃいいでしょ? という視線を送ってくるイーラをばっさりと切り捨てる。
「なんでよ!」
イーラが不満げに声を荒げた。
「このギルベルト王子は天使の加護持ちですから」
天使の加護とは極稀に生まれる神の寵児に与えられる守護。神の寵児は世に生まれ出でた時から守護天使が側におり、邪悪なものから遠ざけられ、守られている。この邪悪なものとは病や事故、そして魔族を指す。
「陛下が近づいた時点で100パーセント気づかれます。ブルーネにバレても面倒ですが、天使はもっと厄介です。知ってるでしょ?」
「まぁ、天使とやり合ったこともあるしね。厄介ではあるし、勝てはしないけれど私なら負けもしないわよ」
自信満々に胸を反らすイーラはニコニコしながら鼻歌混じりにギルベルトの名を口ずさんだ。
「ギルベルト……♪ そっかぁ、ギルベルト君っていうんだぁ。ふふっ格好いい。綺麗で格好いいなんて素敵ね♪ ふふーん♪」
すっかり自分の世界に入ってしまったイーラをどうするか。このまま部屋から放り出すかと蛇が思案していると、扉からノック音がした。
「どーぞー」
蛇がおざなりに入室の許可をすると、ノックの主が部屋に入ってくる。入ってきたのは漆黒の髪と赤い瞳の青年──クラウスだった。
「失礼する。蛇、陛下がこちらに──ああ、やはりいらっしゃいましたか……蛇、どうして陛下は鼻歌を歌いながら小躍りしてるんだ」
「んー? 頭の中が春だからだよ~」
主の行動の意図が読めないクラウスが蛇に訊ねる。主君であるイーラには慇懃無礼ではあるが敬語を使うクラウスだが、蛇に掛ける言葉は大分砕かれている。部屋に籠りきりとはいえ、参謀を務める蛇とクラウスは旧知の間柄というのもあってか気の置けない雰囲気がある。蛇も蛇でイーラに対する口調とは別の口調で呑気に答えた。
「春? 確かに陛下の脳内は万年春のように花畑だが、いつもはこんな旋毛から花が生えてきそうな程ではないぞ」
「あはは! 吸血鬼さんは相変わらず陛下に対する扱いが酷いね~。まぁ、俺も人のこと言えないけど~」
クラウスの主君に対する暴言を苦笑気味に受け流した蛇は事の経緯を話し始めた。
「陛下、鏡に映った天使の加護持ちのブルーネ王国の王子様が気に入っちゃったみたいだよ」
困ったねぇと呟く蛇。クラウスは蛇の話を聞いて鏡を見てから、今だくるくると回っているイーラを見て、蛇に視線を戻した。それから眉間に皺を寄せて、一言。
「はぁ?」
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