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第一章 魔王様、人間の王子に恋をする
第二話 蛇の鏡
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「蛇! いる? いやまぁ、年中引きこもりの貴方がいないわけないんだけど。ちょっといいかしら?」
ばんっと勢いよく扉を開けたイーラはそのままずかずかと部屋に入った。
この部屋には窓がなく、少し湿った雰囲気が漂っている。
床には緋色の絨毯が敷き詰められており、その上に黒い家具が置かれている。
部屋は薄暗く、明かりは漆黒の燭台に揺らめく小さな炎のみだった。
壁一面を占拠する黒檀の棚には何に使うのかいまいち分からない奇妙な形をした道具がずらりと並んでいる。その棚に沿って進むと奥に天蓋幕が垂れ下げられている。
イーラが入室すると同時に天蓋幕が揺れ、その奥から黒いローブに身を包んだ青年が顔を覗かせた。
「陛下ぁ? 何ですか、いきなり。あ、待って、やっぱ言わないで。どうせロクでもないことだろうから」
爬虫類のような細い瞳孔の金眼に白髪の蛇と呼ばれた青年は眠たげに目を擦ると再び寝床のある幕の中へ戻ろうとした。
「待って待って! 相談があるのよ。貴方の知恵を貸しなさい」
天蓋幕を大きく靡かせながらイーラは蛇を引っ張り出した。
「何なんですか」
蛇が面倒くさそうに胡乱な瞳でイーラに訊ねた。
「なんか簡単に威厳を出す方法ってない? カリスマオーラを出せる香水とか、後光が差す装飾品とか。そんな魔法具一つくらいあるでしょ? ちょーだい」
イーラがお小遣いをねだる子供のように手を差し出す。蛇は半眼で、
「ありませんよ、んなもん」
ばっさり否定して、欠伸を一つ。そして今度こそ寝床に戻ろうとする。
「待って待って! 待ってってば!」
「痛っ!」
イーラが蛇を逃がすまいと首根っこを引っ掴んでそのまま床に叩きつけた。叩きつけられた蛇は痛みを訴えた。しかし、イーラは構わず捲し立てる。
「一緒に威厳を見せる方法考えてよ! 貴方、私の参謀でしょ!?」
「えー。そういうことなら吸血鬼さんに相談して下さいよ」
魔王城において軍師の役割を持つ蛇は上半身を起こすと適当に言った。それを聞いたイーラは頬を膨らませる。
「相談したわよ! したけど! クラウスったら絶対無理って鼻で笑ったのよ? 私ご主人様なのに! はんって! はんって!」
きーっと悔しそうに喚くイーラの隣で蛇は耳を塞いでいる。クラウスに馬鹿にされてご立腹のイーラはぷんすかしながら蛇の腕を掴んで揺すってくる。
「陛下、揺らさないで」
「ねーえー、なんかないの? 威厳が身につく方法。このままポンコツ魔王扱いはいや~」
「やめて、へーか。寝起きに高速揺さぶりはしんどい……」
蒼い顔をした蛇を見て、流石にまずいと思い、イーラは手を放した。だるそうにぐったりした蛇を放置して今度は棚を漁り出す。
「へーか? 何してるんですか」
「ん~? なんかいいものないかと思って。あ、これなぁに? ちっちゃくてピンク色でかわいい~。どうやって使うの?」
「あ、それは──」
蛇が言いかけた瞬間、イーラがピンクの小さな筒についたルビーに触れるとカチリという音がし、空洞になっていた部分が広がり、まるで魚の口のようにイーラの頭を飲み込んだ。
「!!!?!!!? ん?! ん! んんんんん~~~~~!!!??」
急に視界が真っ暗になったイーラはパニックになり、頭をぶんぶん振った。
「相手を窒息させる系の魔法道具です。陛下、それもがくほど締め付けてきますよ。ストップストップ。動かないで」
蛇が冷静に説明するも、聞こえていない。蛇が言った通り、筒はぎゅっと締まり、首元を締めつけてくる。
これはヤバいと思ったイーラは両腕にありったけの魔力を込めて、筒を思いっきり引き抜いた。勢い余って手からすっぽ抜けた筒は目にも止まらぬ早さで飛んでいき、棚に激突、破壊。
無惨な姿になった棚とそこに並べられていた魔法道具を見て、気まずそうに蛇を見た。
蛇は特に焦った様子も怒った様子も見せずに、ただあーあと呟いた。
「まーたポンコツ伝説更新しましたね、陛下。諸々の修理費ざっと金貨二百枚ってとこですかね。陛下から吸血鬼さんに言っといて下さい」
「うぅ~……またクラウスに怒られる~」
「自業自得です。勝手に棚の物に触っちゃ駄目っていっておいたでしょう」
「むー」
蛇の言うことは至極最もなのでイーラは押し黙った。そのまましゅんっと落ち込み、その場でしゃがんで丸まる。
すると丁度イーラの脇に立て掛けてあった大きな丸い鏡が視界に入った。
「蛇、蛇。これなぁに? 大きな鏡。これも魔法道具なの?」
「ん? ああ、それは人間界の様子を探る時に使うんですよ。これは指定した場所のリアルタイムの映像を映すことができるんです」
蛇の説明を聞くとイーラはまじまじと鏡を眺めた。
「つまり、覗きアイテムってこと? 蛇、これで女湯覗いてるの? 犯罪よ?」
「何がどうしてそんな発想になったんです? 別に女湯なんて覗いてませんよ」
「じゃあ男湯を覗いてるの? え。蛇ってそっちだったの? いや、まぁいいけど」
「いや、男の裸にも興味ありませんよ。俺いくつだと思ってるんですか。そもそももうそんな歳じゃありませんって」
呆れながら蛇が突っ込むとイーラは半眼で言った。
「えー……私達にとって年齢なんてあってないようなものだし、体自体は健康で健全な男の子でしょ」
「そりゃそうですけど……だから違いますって。これは人間達の動向を探るための道具ですよ。急に兵隊引き連れて攻め入られたら困るでしょ」
「まぁ、そうだけど」
イーラはまだ鏡を眺めている。付与された魔法が発動していない状態の鏡はただイーラの顔を映すだけだ。
「久々に人間界を見てみたいな。ねぇ、これどうやって使うのー?」
スイッチを探すようにぺたぺたと鏡に触り捲るイーラを蛇が止める。
「陛下。それ精密で壊れやすいから乱暴にしないで。今やってあげますから」
そう言って鏡の下に取りつけられたエメラルドに触れ、操作する。
「場所は……まぁ、王宮辺りでいいですかね。じゃあ発動しますよ、陛下」
「わーい! 早く早く~」
『鏡よ、現世を映し出せ』
蛇が短い呪文を唱えると、鏡面が水のように波紋を立て、やがて別の場所を映し出す。
鏡に映し出されたのは、美しい金糸の髪に空色の瞳をした青年だった。その顔立ちは息を飲む程に美しい。
まるで、芸術の神の最高傑作のような美貌に無垢な笑みを浮かべる青年を見て、イーラは思わず固まった。暫くは呼吸も忘れたように微動だにしなかったイーラだが、蛇に
「陛下? 大丈夫ですか?」
と訊ねられ、ようやく言葉を発した。その声は感動の震えと砂糖のような甘さを孕んでいた。
「……綺麗」
ばんっと勢いよく扉を開けたイーラはそのままずかずかと部屋に入った。
この部屋には窓がなく、少し湿った雰囲気が漂っている。
床には緋色の絨毯が敷き詰められており、その上に黒い家具が置かれている。
部屋は薄暗く、明かりは漆黒の燭台に揺らめく小さな炎のみだった。
壁一面を占拠する黒檀の棚には何に使うのかいまいち分からない奇妙な形をした道具がずらりと並んでいる。その棚に沿って進むと奥に天蓋幕が垂れ下げられている。
イーラが入室すると同時に天蓋幕が揺れ、その奥から黒いローブに身を包んだ青年が顔を覗かせた。
「陛下ぁ? 何ですか、いきなり。あ、待って、やっぱ言わないで。どうせロクでもないことだろうから」
爬虫類のような細い瞳孔の金眼に白髪の蛇と呼ばれた青年は眠たげに目を擦ると再び寝床のある幕の中へ戻ろうとした。
「待って待って! 相談があるのよ。貴方の知恵を貸しなさい」
天蓋幕を大きく靡かせながらイーラは蛇を引っ張り出した。
「何なんですか」
蛇が面倒くさそうに胡乱な瞳でイーラに訊ねた。
「なんか簡単に威厳を出す方法ってない? カリスマオーラを出せる香水とか、後光が差す装飾品とか。そんな魔法具一つくらいあるでしょ? ちょーだい」
イーラがお小遣いをねだる子供のように手を差し出す。蛇は半眼で、
「ありませんよ、んなもん」
ばっさり否定して、欠伸を一つ。そして今度こそ寝床に戻ろうとする。
「待って待って! 待ってってば!」
「痛っ!」
イーラが蛇を逃がすまいと首根っこを引っ掴んでそのまま床に叩きつけた。叩きつけられた蛇は痛みを訴えた。しかし、イーラは構わず捲し立てる。
「一緒に威厳を見せる方法考えてよ! 貴方、私の参謀でしょ!?」
「えー。そういうことなら吸血鬼さんに相談して下さいよ」
魔王城において軍師の役割を持つ蛇は上半身を起こすと適当に言った。それを聞いたイーラは頬を膨らませる。
「相談したわよ! したけど! クラウスったら絶対無理って鼻で笑ったのよ? 私ご主人様なのに! はんって! はんって!」
きーっと悔しそうに喚くイーラの隣で蛇は耳を塞いでいる。クラウスに馬鹿にされてご立腹のイーラはぷんすかしながら蛇の腕を掴んで揺すってくる。
「陛下、揺らさないで」
「ねーえー、なんかないの? 威厳が身につく方法。このままポンコツ魔王扱いはいや~」
「やめて、へーか。寝起きに高速揺さぶりはしんどい……」
蒼い顔をした蛇を見て、流石にまずいと思い、イーラは手を放した。だるそうにぐったりした蛇を放置して今度は棚を漁り出す。
「へーか? 何してるんですか」
「ん~? なんかいいものないかと思って。あ、これなぁに? ちっちゃくてピンク色でかわいい~。どうやって使うの?」
「あ、それは──」
蛇が言いかけた瞬間、イーラがピンクの小さな筒についたルビーに触れるとカチリという音がし、空洞になっていた部分が広がり、まるで魚の口のようにイーラの頭を飲み込んだ。
「!!!?!!!? ん?! ん! んんんんん~~~~~!!!??」
急に視界が真っ暗になったイーラはパニックになり、頭をぶんぶん振った。
「相手を窒息させる系の魔法道具です。陛下、それもがくほど締め付けてきますよ。ストップストップ。動かないで」
蛇が冷静に説明するも、聞こえていない。蛇が言った通り、筒はぎゅっと締まり、首元を締めつけてくる。
これはヤバいと思ったイーラは両腕にありったけの魔力を込めて、筒を思いっきり引き抜いた。勢い余って手からすっぽ抜けた筒は目にも止まらぬ早さで飛んでいき、棚に激突、破壊。
無惨な姿になった棚とそこに並べられていた魔法道具を見て、気まずそうに蛇を見た。
蛇は特に焦った様子も怒った様子も見せずに、ただあーあと呟いた。
「まーたポンコツ伝説更新しましたね、陛下。諸々の修理費ざっと金貨二百枚ってとこですかね。陛下から吸血鬼さんに言っといて下さい」
「うぅ~……またクラウスに怒られる~」
「自業自得です。勝手に棚の物に触っちゃ駄目っていっておいたでしょう」
「むー」
蛇の言うことは至極最もなのでイーラは押し黙った。そのまましゅんっと落ち込み、その場でしゃがんで丸まる。
すると丁度イーラの脇に立て掛けてあった大きな丸い鏡が視界に入った。
「蛇、蛇。これなぁに? 大きな鏡。これも魔法道具なの?」
「ん? ああ、それは人間界の様子を探る時に使うんですよ。これは指定した場所のリアルタイムの映像を映すことができるんです」
蛇の説明を聞くとイーラはまじまじと鏡を眺めた。
「つまり、覗きアイテムってこと? 蛇、これで女湯覗いてるの? 犯罪よ?」
「何がどうしてそんな発想になったんです? 別に女湯なんて覗いてませんよ」
「じゃあ男湯を覗いてるの? え。蛇ってそっちだったの? いや、まぁいいけど」
「いや、男の裸にも興味ありませんよ。俺いくつだと思ってるんですか。そもそももうそんな歳じゃありませんって」
呆れながら蛇が突っ込むとイーラは半眼で言った。
「えー……私達にとって年齢なんてあってないようなものだし、体自体は健康で健全な男の子でしょ」
「そりゃそうですけど……だから違いますって。これは人間達の動向を探るための道具ですよ。急に兵隊引き連れて攻め入られたら困るでしょ」
「まぁ、そうだけど」
イーラはまだ鏡を眺めている。付与された魔法が発動していない状態の鏡はただイーラの顔を映すだけだ。
「久々に人間界を見てみたいな。ねぇ、これどうやって使うのー?」
スイッチを探すようにぺたぺたと鏡に触り捲るイーラを蛇が止める。
「陛下。それ精密で壊れやすいから乱暴にしないで。今やってあげますから」
そう言って鏡の下に取りつけられたエメラルドに触れ、操作する。
「場所は……まぁ、王宮辺りでいいですかね。じゃあ発動しますよ、陛下」
「わーい! 早く早く~」
『鏡よ、現世を映し出せ』
蛇が短い呪文を唱えると、鏡面が水のように波紋を立て、やがて別の場所を映し出す。
鏡に映し出されたのは、美しい金糸の髪に空色の瞳をした青年だった。その顔立ちは息を飲む程に美しい。
まるで、芸術の神の最高傑作のような美貌に無垢な笑みを浮かべる青年を見て、イーラは思わず固まった。暫くは呼吸も忘れたように微動だにしなかったイーラだが、蛇に
「陛下? 大丈夫ですか?」
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