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第一章 魔王様、人間の王子に恋をする

第一話 最強? ポンコツ? 魔王様!

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 一年を通して暗闇に覆われた夜の森の奥に佇む城。
 そこはあまねく魔族を統べる魔王の居城である。
 城の主である魔王・イーラは黒のレースがあしらわれた臙脂色のドレスに身を包み、魔族達の待つ大広間へ続く階段を優雅に降りようとした瞬間──ぐきっ!
 右足がヤバい音を立てた。

「え? あ、あ! きゃ、ああぁあああ────っ!」

 足を捻ったイーラはそのままバランスを崩し、階段を成す術なく転がり落ちていった。
 一番下まで転げ落ち、床に突っ伏した君主に魔族達は呆然。
 しーんと静まり返った気まずい空間の中で一人の男が素早くイーラに駆け寄った。イーラの側近であるクラウスである。

「陛下。いつまで床にキスをしているつもりなのですか? 皆が困惑しております故、とっとと起きてくださいませ」
「クラウス……それが階段から転げ落ちた主君に対して言う言葉?」

 クラウスの冷淡な言葉にイーラは突っ伏した体勢のまま言い返した。

「はぁ。では言い直しましょうか? 背が低いことを気になされて慣れない高いヒールを履いて足を挫いて転ぶという見事な自滅を演じられた陛下。大丈夫でございますか? 立てますか?」
「もっとひどい!」

 イーラは炎のように赤く波打つ髪を振り乱しながら顔を上げた。深紅の瞳には涙が浮かんでいる。
 配下の前でコンプレックスを暴露するというクラウスのあんまりな物言いにいじけたのか、顔をあげはしたものの未だに起き上がろうとはしない。

「陛下、起きてくださいませ」

 クラウスが再度言う。

「いーやー。もういいもん。会議なんて知らないもん。このまま起きないで寝てやる~!」
「いい加減にしないと噛みつきますよ?」

 クラウスがドスの効いた声で言う。その口元からは鋭い牙が覗いている。
 艶やかな漆黒の髪と血のような赤い瞳。生気の感じられない白い肌。クラウスは魔物の中でも人間によく知られた吸血鬼だ。
 ちなみに吸血鬼は血を飲むために獲物に牙を立てる際に痛みを感じないように麻酔の役目を果たす魔力を注ぐことができる。これをしないと獲物は痛みによって苦しみ、血の味を変えてしまう。甘い血を好み、苦味を嫌う吸血鬼達は噛みつく際は必ずこれをする。この行程を省いて噛みつかれようものなら、その痛みは想像を絶するものとなり、いかな人間、魔族であろうと悶え苦しむことになる。
 そのことを熟知しているイーラは青ざめ、観念したようにゆらりと起き上がった。
 そして一連の流れを見ていたであろう魔族達に目を向けると、魔族達は一斉に明後日の方を向き、何も見ていませんよアピールをしてくる。
 その気遣いがただただ悲しい。

「こほん」

 イーラは今までの失敗をなかったことにするように咳払いをして、奥の玉座に腰掛けた。
 そして、予め用意していた書類を読み上げる。

「えー、本日の予定は、人参、馬鈴薯、玉葱、那須──って何これ!?」

 途中で内容がおかしいことに気づいて声を上げる。

「あ、陛下。それは私が夕飯用に書いておいたカレーの材料のメモです。間違えられたのですね」
「なんで夕飯の買い出しメモが私の執務机の上にあるの!? てゆーか、カレーに那須入れないでって何度も言ってるでしょ!」
「カレーと言えば那須でしょう」
「那須と言えば切り目を入れて焼いて醤油をつけて食べるのが一番でしょ! とにかく那須はダメ!」

 アットホームな口論を始めた二人に魔族達は再び困惑。しかし、魔族のツートップ相手に口を挟める者はおらず、会議は全く進まない。

「ああ、またか……」

 誰かがぽつりと呟いた。
 そう。こんな光景は珍しいことではないのだ。

 魔王・イーラ。小柄で少女のような可憐な姿を纏う彼女は歴代の魔王の中でも最強と謳われる魔王だ。
 その魔力はどの魔物をも凌駕し、大陸で彼女の名を知らない者は愚か、天界にまで名が知れ渡る程である。
 イーラが魔王を襲名した時、魔族達はイーラがその魔力を持って何を成すかに興味津々だった。
 しかし、蓋を開けてみれば呆然。ある意味吃驚仰天だった。

 イーラは魔力は群を抜いていたが、それと同じくらいポンコツだったのだ。
 寝惚けて城の一部を吹き飛ばしたり、夜中に手洗いに向かい、月明かりで浮かび上がった自分の影をお化けと勘違いし、本気で攻撃をして、騒音を立てたりと、イーラのポンコツ伝説は上げ出したらキリがない。
 最初は次はどんなとんでもないミスをするのかと戦々恐々していた魔族達もやがて、順応し、今やイーラのポンコツっぷりを見ても動じなくなった。

 イーラはそのポンコツっぷりで親しみやすい魔王として定着したが、代わりに魔王の威厳が皆無になった。
 本人はそれを気にしており、なんとか威厳を示そうと考え、自分を大きく見せようと思いつき、身長を嵩増ししようと高いヒールを履いてみたが見事に裏目に出てさっきの悲劇に繋がった。

(うーん……最初から私を嘗めくさっているクラウスはいいとして──いや、よくないけど──このまま『ポンコツ魔王』のイメージがつくのはよろしくないわ。なんとかして魔王の威厳を示す方法はないかしら? なるべくお手軽で楽チンなやつ)

 すでに手遅れな程、ポンコツのイメージがついてしまっていることに気づいていないイーラはクラウスに手渡された正真正銘の書類に目を通しながらそんなことを思案していた。
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