上 下
4 / 11

第四話 頭を抱えたくなる話

しおりを挟む
「・・・・・・えっと、はい。もし婚約破棄の運びになりましたら、フォルシュタイン家から弁護士の方と相談し次第、慰謝料の請求をさせて頂くと思いますが──」

 一瞬、思考がフリーズしてしまいましたが、流石に聞き間違いでしょうと思い、私はそう言いました。
 私ったら、耳がどうかしてしまったのでしょうか。アリンス様の言葉がフォルシュタイン家がホーロップ侯爵家慰謝料を請求するのではなく、ホーロップ侯爵家からフォルシュタイン家に慰謝料を請求するような言い方に聞こえてしまうなんて・・・・・・いくらなんでも、そんなめちゃくちゃなお話はありませんよね。フォルシュタイン領に戻ったら、掛かりつけのお医者様に診察して頂くべきかもしれません。

「? 何を言っているんだ?」

「はい?」

 アリンス様が眉間に皺を寄せて、訝しげに私を見ています。
 あ、これ話が噛み合っていませんね。
 そう気づいたものの、どこが噛み合っていないのかが、分かりません。さっきのは聞き間違いの筈ですし──

「エレノーア、それでは文脈がおかしいだろう。何故、ホーロップ家が慰謝料を請求するというのに、それではフォルシュタイン伯爵家が慰謝料を請求するようではないか」

「ん゛っ!!?」

 思わず変な声が出てしまいました!
 だって、アリンス様がおっしゃったことって、今私がアリンス様に思っていたことと同じなんですもの!
 って、そうじゃありません! うん、大切なのはそこではありません!

「何故、フォルシュタイン家が慰謝料を!?」

 つい声を荒げていましましたが、大目に見て頂きたく思います。
 だって、どう見ても非はホーロップ侯爵家、というよりアリンス様にあるというのは火を見るよりも明らかですのに、フォルシュタイン家に慰謝料請求出来ると本気でお思いなのでしょうか?

「当然だろう。フォルシュタイン伯爵家から婚約破棄を申し入れるのであれば、慰謝料はフォルシュタイン伯爵家が支払うべきだ。時間を掛けて進めた話をいきなりもう止めると言うのだから、負債は当然言い出した側が負うべきだろう」

 ──と、アリンス様はさも当然のようにおっしゃいましたが──それはどう考えてもおかしいです!
 とは、すぐには思えませんでした。何故なら──

「? ? ? ? ?」

 私はあまりの意味不明さに戦々恐々となってしまい、頭の上でピヨピヨとひよこさんが駆け回っている声を聞きながら、今度こそ完全にフリーズしてしまったからです。

「まぁ、フォルシュタイン伯爵家と破談になれば、もうロイダに盗人のようにこそこそしなくてはならないような肩身の狭い思いをさせずに済むしな。婚約破棄の申し入れの際は俺からも父上に口添えしてやろう。あまりフォルシュタイン伯爵家を責めないでやってくれ、と。ああ、礼はいらないぞ」

「流石はアリンス様! 寛大で素敵ですぅ!」

「・・・・・・・・・・・・」

 新手の三文芝居ですか?
 誰ですか、こんなふざけた脚本書いたのは。こんなの幕が降りる前に大ブーイング待ったなしですよ。チケット代の返金求めて観客が徒党を組んで裁判起こすレベルです。
 え? 何ですか、これ? え、何?

「おっと、そろそろ会場に戻らないとな」

「そうですわねぇ」

「ああ、今日はいい夜だ。エレノーア、お前も早めに戻るといい。閉会までに戻らないと無断で帰ったと思われて他の貴族の心証を悪くするぞ」

「まぁ、女側から婚約破棄を申し入れるような勇気あるエレノーア様であれば、そんなこと気にされないのかもしれませんねぇ」

 呆然と立ち尽くす私をそのままに、お二人はそう言って、寄り添い合いながら夜会会場へ戻って行かれました。

 それから暫く。

「────はっ!」

 私はようやく意識を再浮上させたものの、同時に膝から力が抜けてふらついてしまいました。
 正直、このままその場に座り込んでしまいたかったのですが、今日着ているドレスが汚れの目立ち安い薄水色のシフォンドレスで、更に先日の雨でまだ地面がほんのりと湿っていることもあり、何とかぐっと足に力を入れてヒールの踵を土に沈め堪えました。

「えっと・・・・・・んっと・・・・・・うーん?」

 私は首を傾げて、両手の人差し指でこめかみを挟み、最後には顔を覆いました。

 ──意味不明過ぎてまっっったくついて行けません!

 それが一連のやり取りに対する心の底から沸いた感想でした。

 アリンス様はロイダ様と不貞を働いてらして、それをお認めになって、そうなった以上婚約破棄の話が上がる可能性もあって、そうなれば慰謝料についての話し合いも必要。ここまではおかしくないです。うん、問題ないです。
 それで、何故慰謝料を請求するのがホーロップ侯爵家だと思ってるんでしょうか、あのお方。
 勿論、一般的には契約を破棄する際には申し出た側がそれによって生じた損害を補うために金銭をお支払いするものですが、それは申し込まれた側に問題がなかった場合です。
 今回の話なら、先に不貞を行ったアリンス様とそのご実家のホーロップ侯爵家に慰謝料を支払う義務がある筈です。間違ってもフォルシュタイン家が支払う理由はない筈・・・・・・。

「困りました。これはちょっと、うん凄く困りました」

 とりあえず、夜会が終わり次第お父様にお手紙を書きましょう。
 それから、ホテルの宿泊日数を伸ばして貰えるように交渉して──後は後は。

「う~~~~ん・・・・・・」

 ああ、もの凄く目が回りそうです。
 お父様にお話が伝わるまでにアリンス様たちが大人しくしてくださっているかどうかも不安です。あの様子では、ホーロップ侯爵様に正しくお話が伝わるかどうか・・・・・・。

 頭がとても重くて痛いですが、ずっとこの場にいる訳にも行きません。アリンス様とは会場顔を合わせるでしょうけど、人前でこのような醜聞になる御話なんて出来ませんし──あああ! どうしたら良いのでしょう!?

「と、とにかく会場に戻りましょう。夜会が終わるまでまだ時間はあります。私に出来ることを考えましょう」

 私は頭を働かせ、試行錯誤しながら城内へと続く道へと歩を進めました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました

奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」  妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。 「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」 「ど、どうも……」  ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。 「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」 「分かりましたわ」  こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...