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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

四きょうだい

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「ミリア、おかえり」
「あ、エルクお兄様。ただいま帰りました」

 伏し目がちな赤というよりは鳶色に近い瞳が魅力的な細身の男性。
 次兄であるエルクお兄様も出迎えてくれた。
 両腕を広げて待ち構えていたので、私もぎゅっと抱きついてハグをした。

「ミリアちゃん~、お帰りなさーい♪」
「ユリアお姉様もただいまです」

 少し癖のある私とは正反対の真っ直ぐな髪と、丁度私とアルクお兄様の中間色くらいの色味の強いピンクの瞳をした美人さん──ユリアお姉様も兄弟妹の輪に加わり、私はお姉様ともハグをした。
 このハグは、メイアーツの親子、兄弟姉妹でいつも行われる行為だ。
 元々、何年経ってもラブラブ夫婦なお父様とお母様がことあるごとにハグをしていたため、それを見て育ったアルクお兄様にハグ癖がついたそうで、私が産まれた時には家族間での当たり前な行為になっていたそうだ。
 しかし、今日はアルクお兄様のハグを避けてしまったので、アルクお兄様はすっかり拗ねてしまった。

「エルクやユリアとはするのに、俺とはしてくれないの?」
「いや、私とアルクお兄様の体格や体重の違い考えて下さい。アルクお兄様の体格であの勢いでハグされたら私、転倒してしまいます」

 まだ背中の痛みが完全に引いたわけではないので、うっかり転んで打ち付けるなんて真似は御免被ります。もしそうなったら、鬼になったカルム先生の雷が落ちかねませんし。

「なので、普通にしてくれるなら構いませんよ。アルクお兄様。ただいま帰りました」

 そう言って、アルクお兄様に腕を広げて歩み寄る。

「おかえりー!」

 すると、アルクお兄様はぎゅっと力一杯抱き締めてくれた。いや、ちょっと力強すぎない?

「アルクお兄様、痛い痛いー!」




 食事は出来る限り皆で一緒にするのがメイアーツ家のルールです。
 なので、お母様の仕事が落ち着くまで、私たち兄弟姉妹はよく溜まり場にしている屋敷の一室──私はきょうだいルームと呼んでいる──で皆でお喋りをすることにした。

「あ、そういやミリア。テルファに会ったんだって?」
「はい。道に迷ったところを助けていただいて──ティーカップを押し付け──いえ、頂きました」

 アルクお兄様とテルファ様は一歳違いで、フレイズ学園の高等部ではアルクお兄様が訳あって一年留年したから、二人は同級生だったんだよね。

「どうだった? 相変わらず嫌な奴だったろ?」

 私の隣に座って抱きついてきているアルクお兄様が、笑顔でとんでもないことを言い出した。

「アルクお兄様、いくら従弟とはいえ、その発言は不敬という前に失礼では。本人が訊かれたら──」
「大丈夫。俺、テルファにもお前性格悪いなっていつも言ってるから」
「何も大丈夫じゃない!」

 え、何? アルクお兄様とテルファ様って仲悪かったっけ?
 私は上三人の兄姉と少し年が離れてて、特にアルクお兄様とは年齢に開きがあるから、家の外でのアルクお兄様のことって本人から訊いたことくらいしか知らないんだよなぁ。

「そう言えば、最近はあまりテルファ様の所行かないよね。アルク兄さん。何かあったの?」

 私の後ろでソファの背凭れに肘を預けているエルクお兄様がアルクお兄様に訊ねた。

「んー? 別に。俺もテルファももう成人してるんだし、いつも一緒って訳じゃないだろ」
「ふぅん? てっきり二人は大人になっても一緒だと思ったけど」
「ねぇねぇ、ミリアちゃん。明日のパーティーのドレスはもう決めてるの?」

 アルクお兄様とは逆隣に座って、私の腕をぎゅっと組んでいるユリアお姉様が新しい話題を振ってきた。

「ドレスなら、三ヶ月も前から、お母様とお姉様が選んで下さったじゃないですか」

 そして私は延々と着せ替え人形にされましたよね。
 ドレスって着替えるのが大変だし、ずっとコルセットつけてて苦しいし、疲れて最後の方の記憶飛んでたから、結局お姉様たちがどんなドレス選んだか知ったのパーティー当日でしたけど。

「・・・・・・え? まさかミリアちゃん、前と同じドレスを着ていくの?」
「はい。幸い、どこも汚れたり、破れたりはしてなかったので問題ないかと」
「問題大アリよ!」

 ユリアお姉様の顔がぐいっと迫ってくる。おおう、美人さんの鬼気迫る顔は怖い!

「そんな短期間に同じドレスなんて有り得ないわ! いいこと? ミリアちゃん。社交の場においてドレスとは家の懐事情や着ている人間の情報収集能力を誇示する場──女にとっての戦場でもあるのよ!」
「せ、戦場?」

 ユリアお姉様の物騒な言葉に戦く。

「いかに最先端の流行を取り入れ、どう使うか。特に身分の高い女性はそれこそ、自身で新しい流行を生み出すことだって出来てしまうほどの影響力を持っているの」
「お母様やお姉様みたいにですか?」
「そうね。特に服装や装飾は身分の高い女性を真似するって言うのが主流だし。ミリアちゃんだって色んな人から注目されてるわよ。それが煩わしいから社交界にほとんど顔を出さないのでしょう?」

 バレバレよっとお姉様に頬をつんつんとつつかれる。

「うっ! だって、面倒なんですもん・・・・・・」

 何せ、実家が王族の次に力のある公爵家。
 メイアーツ家は筆頭公爵ではないものの、代々積み重ねてきた功績がある公爵家の中でも古参と呼べる家だ。
 その上、叔父が国王陛下。王様がブラコンってことは周知の事実。貴族の中では王子王女や王妃様たちより、お父様に媚びた方が得とか密やかに言い合う人たちもいるくらいだ。
 とは言え、お父様は基本聖羽宮から出てこられないし、体が弱いから誰とでも交流できる訳ではない。そうなると、自然と子供である私たち四きょうだいにごますりが集中するわけで──うん、面倒くさい。

 そもそも、王様は基本ブラコンだけど、公私は分けるタイプだし、目に余る公事に私情とか挟んだらお父様に窘められるからそこら辺はちゃんと人を見てる。
 王宮に務めるのがどんな人間か把握するために、身分や役職を問わずに気軽に謁見出来るシステムだって作られているのだ。
 つまり、出世したければ、媚びるより一生懸命働いて成果を出せってことですよ。基本実力主義なんですから。

「だからっていつまでもはサボれないのよ?」
「大事な式典や親しい人が主催のパーティーには出席してますよ」
「それは当たり前。責務や通すべき筋があるもの。大事なのはよく知らない人。知らないを知らないままにしておくといつか足元を掬われるわ。会うだけでも人となりは多少は分かるんだから」
「う~」

 パーティー自体は嫌いじゃない。ご飯美味しいし、珍しいものが見れたりするし。
 ただ、知らない人に拘束されるのって好きじゃない。
 そういうのが苦手って訳じゃない。むしろ、やり過ごすのは得意な方だ。だからって好んで絡まれに行こうとは思わない。それだけ。

 お姉様、ごめんなさい。お姉様の言葉は正しいと思いますが、私は限界ギリギリまでは逃げたいのです。

「あ、そうそう。エルクお兄様、これなんですけど」
「露骨に話題変えたな」
「もう、ミリアちゃん!」

 両サイドからアルクお兄様とユリアお姉様の声がしたけど、私は聞き流してエルクお兄様に今朝渡された例の魔法道具を返した。あ、でもこれって。

「壊れてるってことは使ったんだね。何があったの?」

 魔法の反動で壊れてしまった例の懐中電灯型の魔法道具を見て、エルクお兄様は訊ねてきた。
 まぁ、そうなりますよね。
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