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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

知的令嬢≠脳筋令嬢

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 気づかれないように、そっと目の前に座っているリンス嬢を盗み見る。
 こうして見ると美人だよなぁ。

 リンス・シュナイザー。
 レイセン王国の貴族の中でも侯爵のまとめ役であるシュナイザー筆頭侯爵家の娘。
 家柄や年齢などで十三歳の時にギーシャとの婚約が決まった──というのは、この世界でも一緒だった。

 ただ、私やマリス嬢と同じ転生者であるため、そのキャラクターは当然ゲームとは異なる。

『祝愛のマナ』におけるリンス・シュナイザーはギーシャルートでヒロインの邪魔をする悪役令嬢だ。
 それもかなり厄介な。

 私の持つゲームのリンスのイメージは、一途で努力家な賢女であり、傲慢で嫉妬深い烈女という感じだ。
 婚約者であるギーシャに対する愛は本物であるものの、苛烈な性格からギーシャに近づく者全てを排除しようとし、また自分より下の者は利用するための駒としてしか見ていなかった。
 そんな過激で豪速球な性格の悪役令嬢と、思考が読みにくいおっとりふわふわ系王子は明らかに会話が噛み合っておらず、婚約者に対する戸惑いをギーシャが口にする話もあった。

 自分の愛する婚約者の近くにいるヒロインをリンスは当然快くは思わず、その知略を持ってヒロインを追い詰め排除しようとするのがゲームのリンスの仕事だった。

 決して自ら手を下すことはせずに、周囲の人間を利用し、時には切り捨てる。周到な手口にヒロインはどんどん追い詰められていった。
 そしてヒロインが精神的に参って倒れてしまったことで、ギーシャはようやくヒロインの周辺の事情に気づき調査を始める。
 リンスは自分が首謀者だとは気づかれないように手を打っていたが、最後の最後に利用していた人間に裏切られ、全ての罪が白日の下に曝されてしまうというのが話の顛末だ。

 侯爵令嬢とは言え、魔法管理局の庇護を受けるヒロインにした仕打ちは侯爵家でも庇いきれず、リンスはその生涯を国の隅にある幽閉塔で終えることとなった。

 更に皮肉なことに、ギーシャはこれによってヒロインに対する恋心を自覚し、二人はめでたくハッピーエンドを迎えることになる。

 リンスは美人で聡明な女性だったのだから、もっと別の手段を選んでいれば、もっと周囲の人々を大切にしていれば別のエンディングもあっただろうに。
 プレイ後は悪役に勝ったっていう爽快感よりも、少しリンスが寂しい人のように思えたな。

 でも、ギーシャルートはゲームないでも糖度高めで平和なルートってされてるけど、単体で見るとこれもかなりヤバイよね?

 けど、それよりも──ぶっちゃけ、今目の前にいる転生者のリンス嬢の方がヤバい気がするんだよなぁ。
 ゲームでは知能犯キャラだったのに、今の私のイメージは完全に武闘派キャラに塗り替えられてしまっている。

 いや、にしても本当に美人だな!
 ゲームでは艶やかな黒髪とされていたけど、実際は深緑のサラサラロング。肌もすべすべで、モデルさんみたいに高身長。
 ウエストなんて、コルセットなんていらないんじゃないのってくらい細いし、そして何より──

「あの・・・・・・何か?」
「はっ! いえ! メロン食べたいなーって思って」
「メロンの時期にはまだ早いと思いますが」
「そうですねー」

 あっぶな! 不躾に見すぎた。
 だってリンス嬢って、あれだよ。テンプレな擬音が似合いそうなナイスバディなんだもん。
 ていうか、こうやって真正面から見て気づいたけど、お腹回りはゲームの体型より細いんじゃ? 鍛えてるって言ってたもんね。その影響?
 単にスリムなんじゃなくて、こう引き締まってる感じ。

「リンス嬢ってやっぱ、前世で格闘技とかやってたんですか? 空手とか、柔道とか」
「・・・・・・」

 あ、そう言えば、マリス嬢もリンス嬢も前世については話したくないんだっけ。やらかしたかも。
 リンス嬢はじっとこちらを見ている。
 こちらは若干気まずかったが、暫くしてリンス嬢が答えた。

「格闘技といいますか・・・・・・前世は代々武術を継承する家系だったもので」
「武術・・・・・・ですか?」
「はい。完全に実践向けだったので、種別とかはなくて・・・・・・色々仕込まれましたけど、近接格闘や槍術が得意でしたね」
「ああ。昨日使ってましたもんね」

 リンス嬢が槍でイクスを地面に叩きつけたのを思い出す。私のいた場所からははっきりと見えなかったけど、あんな勢いよくイクスが落ちてきたんだもん。きっと凄かったんだろうな。

「はい。リンスになってから槍に触れたのは初めてだったので、少々不安もありましたが、ちゃんと使いこなせました」
「えっ!? そうだったんですか?」

 てっきり、ずっと訓練していたのかと思ったのだけど。

「武具を持つのには母がいい顔をしなくて」
「ああ、なるほど」

 確かに。貴族令嬢が武器を手にすることはない。護身のためなら、普通に魔法を使えばいいだけだから、武器の使い方を習うよりも、魔法の訓練を受けるのが普通だろう。

「やっぱり、娘さんが心配なんじゃないですか?」
「そうなんでしょうか?」
「何か気になることでも?」
「いえ。母は私が私より弱い人間に護衛してもらうつもりはないと、護衛候補を全員倒してからというもの、私に護衛をつけるために刺客を仕向けてくるようになったので・・・・・・私は鍛練の一貫になって一向に構わないのですが、その度に父に泣かれてしまい、何かがおかしいな、と」
「うん。おかしいですね。護衛候補を護衛対象に仕向けるって本末転倒では?」

 うん。もはや、困惑を通り越して安心感すら覚える。
 そして、私の中でのリンス・シュナイザーのラベルは知的な令嬢から脳筋令嬢に張り替えられた。
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